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小説 『牛氏』 第一部
121:左平(仮名) 2004/05/03(月) 23:34
トリカブトの毒は、調合の仕方によって様々な姿を示すといわれている。この時段ケイ【ヒ+火+頁】が求めたのは、言うまでもなく即効性であった。致死量の数倍の附子を飲み下したので、即座にその効果が現れ始める。
「ぐぐぐぐぐ…」
「ん?何だ…?」
陽球達が、牢獄から漏れる呻き声に気付いて振り返ると、段ケイ【ヒ+火+頁】は立ち上がり、凄まじい形相でこちらを睨みつけていた。
「なっ、何だ?」
(まさか、気が狂ったか?…いや、あの足元の粉末は…!!)
「紀明殿!附子を飲まれたのか!」
「そうだ…そなた、王中常侍もろとも、わしを殺すつもりであったろう…違うか?」
「だ、だからといって自ら附子を飲むとは…何を考えておられる…」
「そなたからすれば、わしは憎い敵であろう…それ故、わしを殺そうとするのは分かる…だが…そなたの思い通りにはさせんぞ…」
「…」
「わしは潔白だ…それ故、自らの最期は自ら決めさせてもらった…それぐらい良かろう…」
「見ておくが良い…この段紀明の最期を、な…。その目にしかと刻み込むが良い…」
(何を言っておる!この様な形で死なせてたまるものか!わしの気が済まぬわ!)
「おい!直ちに飲み下した附子を吐かせろ!」
「もう遅い…附子というのは、すみやかに効くからな…」
附子が効いてくると、(神経を冒す為に)普通は飲み込めないほどの唾液が出るとともに、立っている事もできなくなるという。しかし、段ケイ【ヒ+火+頁】は、壁にもたれかかりながらも辛うじて立ち続け、陽球達をじっと睨み続けた。
その気迫に押され、属官達は−陽球自身もだが−しばしの間、冷や汗を出すばかりで動く事ができなかった。
やがて−段ケイ【ヒ+火+頁】の瞳から、光が消えた。
「死んだか」
「恐らく…」
彼らの腰が引けていたのも無理もない。段ケイ【ヒ+火+頁】は、目を見開き、立ったまま死んでいたのである。
「立往生」という言葉はご存知であろう。この言葉自体は、源義経の配下・武蔵坊弁慶の最期の様から生まれたもので、いささか伝説めいてはいるが、生理現象としては有り得ない話ではない。
激しい筋肉疲労、精神的衝撃などを受けて死に至った場合、死の直後にほぼ全身の筋肉が硬直する事があるという。この時の段ケイ【ヒ+火+頁】の死に様も、まさにそれであった。
「な、何をぼんやりしておるか!とっとと屍をあらためぬかっ!」
「はっ!」
「た、確かに、死んでおります…」
死体は見慣れているはずの属官達が、まだ怯えていた。それほどまでに、その形相は凄まじかったのである。
「そうか…ならばさっさとその旨上奏せねばならぬな」
「どう書けばよろしいのでしょうか」
「獄中にて詰問していたところ、罪を認め鴆毒をあおって死んだ。そう書いておけ」
「えっ?しかしそれでは…」
「いいからそう書け!」
「はっ、はい!」
(まったく…わしとて、士大夫に対する礼儀くらいわきまえておるというに…)
思わぬ抵抗を受けた陽球は、その後しばらく不機嫌であった。
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