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小説 『牛氏』 第一部
122: 左平(仮名) 2004/05/24(月) 00:01
六十一、
一方、その頃−
(殿!しばしお待ち下され!必ず、必ず…)
家人達は、かつて主の段ケイ【ヒ+火+頁】が推挙した者達のところに、次々と走り込んでいった。言うまでもなく、主を救うべく支援を求める為である。
省32
123:左平(仮名) 2004/05/24(月) 00:03
「誰かおらぬか!直ちに参内するぞ!」
「はっ!」
大急ぎで車が用意され、董旻は、とるものもとりあえず乗り込んだ。翌日になるのを待ってなどおれない。日没前に宮中に入らなければならないのである。
(この様な状況において、何を為せばよいか…)
宮中に向かう車中にあって、董旻はしばし目を閉じ、考え込んだ。この様な重大事において、兄の意思を待たずに判断を下すのは、ほとんど初めてなのである。
彼自身、段公が捕えられたという知らせに動転している。このまま参内したのではうまくものが言えないであろう。何としても、それまでに心を落ち着かせなければならないのである。
省30
124:左平(仮名) 2004/06/13(日) 23:53
六十二、
使者が董卓の在所に着いたのは、出立してからだいぶ経ってからの事であった。いかに急いでも、ここまではやはり遠い。もっとも、公式の第一報が届いたのはそれよりもさらに後だったのだが。
「大事であるっ!至急、殿にお取次ぎ願いたいっ!」
使者の、そして馬の息遣いは荒かった。顔は蒼ざめ、今にも倒れかねないほどである。ただ事ではないのは、事情を知らない者にも一目で分かった。
「しばし待っておれ。すぐに殿に取り次ぐ」
省34
125:左平(仮名) 2004/06/13(日) 23:55
「では話すぞ。よいな、一語一句、書き漏らしてはならぬぞ」
「…はい」
皆、神妙な面持ちである。董卓が「〜してはならぬ」と言った場合、それを守れなかったら後が怖いし、何より、あの董卓自身の神妙さをみると、とてもだらけてなどはおれない。
時は初夏。少し暑いくらいであるが、みな、汗も出ないくらいに緊張していた。
「段公は…鄭の共叔・段(春秋初期の覇者・鄭の荘公の同母弟)を遠祖とし、西域都護・(会)宗の従曾孫であらせられます…」
省18
126:左平(仮名) 2004/07/12(月) 00:14
六十三、
董卓の話はかなり長いものとなったが、属官達は、その言葉を漏らさず書き留めた。続いては、その編集である。
「ここの言い方はこれでよいのか?上奏文として問題はないか?」
彼にしては、珍しく文面にこだわりを見せる。普段なら「まぁ、こんなものでよかろう」の一言で終わるところなのに。
省28
127:左平(仮名) 2004/07/12(月) 00:16
少し気分が落ち着いたせいか、行きに比べると馬の脚が速く感じられた。ふと気がつくと、董旻邸が見える。もう少しだ。
しかし、出立した時と、何か雰囲気が違う。邸の周辺にどこか淀んだ気が纏わりついている様だ。いったい、どういう事だろうか。
(まさか…)
嫌な予感がするが、そう感じるとますます物事が悪い方向に進む様な気がする。彼は、つとめて明るく振る舞おうとした。
「殿の上奏文を持って、ただいま戻りました!門を開けてくだされ!」
くたくたに疲れきってはいたが、あらん限りの力を振り絞って声を発した。
省37
128:左平(仮名) 2004/09/05(日) 23:28
六十四、
翌朝−。
「どうだ、眠れたか」
そう聞く者自身、まだ夢うつつの中にいる感がある。あれ以来、邸内の者は皆よく眠れていないのである。
省34
129:左平(仮名) 2004/09/05(日) 23:30
「では…行ってくるな」
「ああ。あと、これを殿に」
「何だ、これは?」
「先ほど、段公の家人から受け取ったんだ。なんでも、公が毒をあおられる前に書かれたものの一部との事だ」
「そうか…これが、段公の絶筆という事か…」
考えれば考えるほど、気が重いつとめである。だが、行かねばならない。
省27
130:左平(仮名) 2004/10/11(月) 01:16
六十五、
その数日後。都から公式の使者がやって来た。
それは、王甫達の失脚、それに巻き込まれる形での段ケイ【ヒ+火+頁】の自死、そして…董卓自身が、段ケイ【ヒ+火+頁】に連座し、西域戊己校尉から罷免される旨を告げるものであった。もちろんと言うべきか、次の官位についての言及はなかった。
自身の罷免自体には、さしたる驚きはなかった。そもそも、公式の使者が着く以前にこの情報を入手していたのだから、一応の覚悟はできている。だが、分かってはいても、董卓の心身への衝撃は大きいものがあった。
あの日以来、どうも体の調子が思わしくない。今までこれといった病になった事のない彼にとっては、あらゆる意味で、どこか重苦しい日々が続いていたのである。
省24
131: 左平(仮名) 2004/10/11(月) 01:16
「ねぇ、あなた。いったいいかがなさったのですか?ここのところ随分ごぶさたですし、室からもあまりお出にならないし…」
謹慎?し始めてから数日が経ったある日、瑠がそう切り出してきた。もう二十年以上も連れ添ってきた妻でさえ、今回の彼の沈黙に対する戸惑いは隠せないのである。
「瑠か。いや、それがな…。どういうわけか、何もする気が起こらんのだよ」
そう答える董卓の声は、相変わらず張りが乏しい。気のせいか、顔色もすぐれない様に見える。
「何もする気がしない?どういう事ですか?」
「それはわしにもよく分からんのだ。普段なら、こんないい天気だ、狩りにでも出るか、それでもって、鹿の一頭も仕留めてやるか、と張り切るところなのだがなぁ…」
省32
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