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小説 『牛氏』 第一部
27:左平(仮名) 2003/03/16(日) 21:39 董氏の別邸に移るという事は、何を意味するか。それくらいは、別段深く考えずとも分かる。姓は牛のままであるにしても、事実上、董氏の人間になるという事だ。 父は返事をしなかったと言う。結論を出すのを自分達に任せたという事だが、本心ではどうお考えなのだろうか。私の事をどう思っておられるのか。そのあたりの事を考えると、気持ちがもやもやする。こんな事なら、父から答えてもらい、「こういう事になった」と結果だけ告げらける方が気楽である。 (それなら、義父上がおっしゃる様に董氏の別邸に移った方が良いか…) 移ったなら移ったで、その前途は、決して楽なものではあるまい。しかし、このままもやもやとした日々を過ごすよりはましであろう。 冷静を装ってはいるが、心のどこかで投げやりになっているのが分かる。だが、ひとたび気持ちがそうなってしまった以上、自分ではどうにもならない。 (やはり、輔の心中に疑念が生じているか…。このままでは、いかなる結論を出すにせよ、輔にとってはよろしくないな。なれば…) 父の目は、牛輔の動揺を正しく捉えていた。その上で、とるべき方策を考え、一つの答えを導き出した。 「輔よ」 「はい」 「わしはな、そなたがいかなる結論を出すにせよ、これを機に、隠居する事にしたよ」 「えっ!?なぜですか?」 突然の事に、牛輔は驚いた。父はまだ若く、これといって病に罹っているわけでもない。隠居する理由が見当たらないのである。 「そなたも結婚した。その様子だと、じきに子にも恵まれよう。…わしも、もう古い世代になっておるという事だよ。これは、良い機会だ」 「しっ、しかし…。それでは、私がここを出た場合、いかがなさるのですか?この家は弟が継ぐにせよ、まだ若過ぎますし…」 「おいおい。この家を継ぐのは、嫡男であるそなただぞ」 「えっ?」 「分からぬか。これからは、そなたが牛氏の当主という事だ。よって、そなたのいるところが牛氏の本宅という事になる」 「…」 牛輔は、無言のまま父の居室を後にした。 (父上は、どうして今隠居するなどとおっしゃったのか…) それが何を意味するのか。よくよく考える必要がありそうだ。 自室に戻った後も、牛輔は黙りこんだままであった。 明日、回答を出すとは言ったが、彼の中では、既に一応の結論は出ていた。董氏の別邸に移る。その事については、迷いはない。その覚悟はできているつもりである。 だが。父の真意を捉えられない事には、どうもすっきりとしない。それが何であるかを考えている間に、いつしか外は暗くなっていた。
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