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小説 『牛氏』 第一部
30:左平(仮名) 2003/03/30(日) 21:37 十五、 その日から、引越しの作業が始まった。牛氏にとっては、かつて羌族の叛乱の際に避難した時以来の、大規模な引越しであった。 なにしろ、姜を迎える際に持ち込まれた家財道具に加え、牛輔の身の回りの品、さらに、夫婦と共に移る家人達の持ち物もあるのだ。仕分けをし、車に積み込むだけでも一仕事である。 「これはこっち!それはあっちだ!それは…って、こりゃ持ってくもんじゃねぇだろうが!」 「あ−っ!それ、あたしの−!返してよ−!」 「これは…。こんなところにあったのか…」 「おい、ぐずぐずするな!さっさと運べ!後がつかえてるんだ!」 「へっ、へい!」 「まったく!今時の若いやつらは…」 作業を仕切る年長の家人が愚痴をこぼす。長らく牛輔の世話にあたってきた彼であるが、今回の引越しには同行しない。これが、牛輔の為にする最後の仕事である。 「まぁまぁ、そう怒るなよ。あいつらも、よその屋敷に移るってんで舞い上がってるんだろうからさ」 「若様、そうはおっしゃいますがね。あんなざまじゃ、牛氏の家人として恥ずかしいじゃありませんか。それにしても…。どうして若いのばかり選ばれたんですか?私ら年寄りはお嫌いですか?」 今回、牛輔夫妻に数人の家人が従う事になったが、その殆どは、牛輔と同年代の若者であった。牛氏と董氏とではしきたり等が違うだろうから、適応しやすい若者の方が良いと考えての判断である。また、若い主に年長の家人だと、守り役をつけられている様で、格好悪いという事もある。 「いや、そういうわけじゃないんだ。向こうには、董氏の家人がいるだろ?私は、いずれ牛氏を継ぐにしても、董氏の婿だ。婿がぞろぞろと家人を連れて来て、あまりでかい顔をするわけにはいかんだろ?」 「まぁ、そうなんですが…」 「そなた達の事を、嫌ったりするものか。…今まで、私の為によく働いてくれたな。感謝しておるよ。父上を、母上を、弟達を、よろしく頼むぞ」 「はい…」 「おいおい、泣くなよ。何も永久の別れというわけでもあるまいに。これから移る董氏の別邸というのは、この近くだ。来たくなったら、いつ来ても良いのだぞ」 「よろしいのですか?」 「あぁ」 全ての作業が終わったのは、数日後の事であった。 董氏の別邸には、親迎の儀礼の際に一度来ているものの、じっくりと内部を見たわけではない。あらためて見ると、想像以上に大きいのが分かる。 (別邸でこれだからな…) 特に豪奢なつくりというわけではないが、実用本位に作られたこの邸宅は、なかなか快適である。中でも、姜の居室は、女の寝起きする所らしく、こまやかな気配りが行き届いている。 (こういうところにも、義父上の人となりが表れているという事か…) こうして、新たな生活が始まった。 牛輔は、まだ牛氏の跡目を継いではいない。さすがに、子が生まれていない段階で跡を継ぐのは時期尚早という事で、父には現段階での隠居を思い留まってもらったのである。
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