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小説 『牛氏』 第一部
46:左平(仮名) 2003/05/18(日) 21:19 二十三、 年が明けて、正月。 「あぁ、正月だ。新たな年が始まったんだな」 牛輔は、昇る朝日を眺めながら、そんな事を呟いた。もう二十回以上も経験したはずの正月が、妙に新鮮なものに感じられたのである。 (そぅか…。去年の今頃と今とでは、何もかも違うんだったな。正月も、違ってて当たり前か) あらためて、結婚の持つ意味の大きさを思う。 「あなた− 早くいらして下さいよ」 姜が呼んでいる。彼女がいるだけで、世の中が明るく見えるのであるから、不思議なものだ。 「あぁ、すぐ行くよ」 現代の我々は、正月とは掛け値なしにめでたいものとして捉えている節があるが、古代の人々にとってはそうとばかりはいかなかった。 数え年という概念もそうであろうし、なにしろ、いろいろ煩雑な儀礼がある。ご馳走を食べつつ、ただただのんびりと過ごすというわけにはいかない。 ここ牛家も例外ではなかった。なにしろ、主人夫婦がまだまだ若いのに加え、家人達も皆不慣れである。年末年始はひどく慌しいものとなった。 そんな騒ぎがひと段落する頃には、姜の腹はますます大きくなっていた。来るべき授乳を控え、胸の膨らみも大きくなっているのであるが、腹の膨らみ具合が余りに大きいので、それが目につかない。 確実に母親になる日が近付いているというのに、胸の膨らみが意識されない為、かえって幼く感じられるというのも、どこか不思議なものである。 「それにしても、こうも大きくなるものかなぁ」 牛輔は、姜の腹を撫でながらそう呟いた。男にとって、妊娠・出産というのは、どうにもよく分からないものである。 「そうですねぇ。何をするにも大変です」 「だろうな。腹で足元が見えないからな。そういえば、もう少しで生まれるんだったよな」 「えぇ。あと数日の様です」 「義父上へは連絡したかい?」 「はい。先ほど」 「姓は異なるとはいえ、初孫だからな。さぞや喜ばれるであろう」 「えぇ」 姜の顔には、愛する夫の子を産む事に対する喜びがある。それは、牛輔にとっても喜ばしい事であるが、彼にはまだ不安があった。 なにしろ、牛輔の母は、彼を産んですぐに亡くなってしまったのである。今もそうであるが、衛生状態・栄養状態が(現代と比べて)劣悪だった当時においては、出産とは大きな危険を伴うものであった。 (どうか、母子ともに健やかである様に) そう、祈らずにはいられなかった。
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