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小説 『牛氏』 第一部
10:左平(仮名)2003/01/19(日) 21:37AAS
五、
「琳さん…」
「はい」
「私と…ずっとこうして頂けますか」
「それは…夫婦になろう、という事ですか?」
「…そうです…」
「わたしも…そうなりたいです。ですが…」
「ですが?」
「あなたは、隴西の牛氏の方ですよね?」
「えぇ…」
「わたしは、羌族の女です。それも、お分かりですか?」
「羊を連れていたから、何となくはそうかなと思いましたが…」
「あなた方隴西の牛氏と、わたし達羌族との事はご存知ですよね?」
「えぇ。承知しております。でも…この気持ちに嘘偽りはありません。あなたを知った以上、他の女と夫婦となる事は考えられません」
「わたしもです。どうしましょうか…」
「旬日(十日)、待っていただけませんか?」
「一体、どうなさるのですか?」
「何とか、一族の者と話をつけてみます。…旬日の後、またここで」
「はい」
二人にとっては、生涯で長い十日間となった。どちらの一族も、この結婚には大反対であったからである。その説得は、骨が折れるものとなった。
牛朗は、琳が羌族である事を隠しつつ話したのであるが、それでも困難であった。隴西の名門・牛氏としては、然るべき名家から妻を迎えるべきであるというのが当然とされていたからである。野で知り合った女など、どう見ても庶民の娘であろう。家格が合わぬと言われれば、それを論破するのは難しい。
琳の方は、なお困難であったろう。なにしろ、相手は漢人、それも牛氏の男である。羌族の敵と言っても過言ではない一族の男。どうしてそんな男と、と責め立てられたらしい。
しかし、障害が大きい故、想いはますます強くなっていく。そして、その日が来た。
結局、一族の説得はうまくいかなかった。琳の方はどうだったろうか。彼女を待ちながら、彼は、ある決心を固めていた。
琳が姿を見せた。いまひとつ、表情が冴えない。彼女の方も、説得は失敗したという事か。
「琳さん、いかがでしたか?」
「…」
言葉はなかった。
「そうですか…。こうなれば、非常の手段しかありますまい」
「非常の手段?」
「えぇ…。こうするのです!」
牛朗は、そう言うなり、いきなり琳を抱きしめた。そして、彼女が戸惑うのも構わず、強引に唇を押し当てた。初めは戸惑っていた琳であったが、すぐに受け入れた。
二人はしばらく抱き合っていた。
「ねぇ。さっきおっしゃった『非常の手段』っていうのは、一体…?」
「説得して認めてもらえないのなら、強引に認めさせようって事ですよ。私達がいま何をしたかは、分かるよね?」
「えぇ。朗さんったら、強引なんですもの」
そうは言いながらも、嬉しそうである。こうなる事は、彼女も望んでいたのだから。
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