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小説 『牛氏』 第一部
14:左平(仮名) 2003/02/02(日) 22:44 七、 それからしばらくの時が流れ、季節は夏になろうとしていた。 牛輔の心の中にはなおも戸惑いがあったが、既に決まった話である。 (まぁ、董郎中殿は董郎中殿。娘さんは娘さんだ。性格・容貌ともそっくりという事はなかろう…) そう、前向きに考えるしかない。 当時の正式な結婚は、六礼と呼ばれる儀礼を踏まえて行う必要があった。もちろん、誰もがそういう手続を踏まえたというわけではないだろうが、これは、豪族同士の正式な縁談である。当然、そういった手続が為された事であろう。 それぞれの儀礼の名と内容は、以下の様になっている。 納采(男子側から結婚を申し込んだ後、礼物を女子の家に贈る)、問名(男の方から使者を送って相手の女の生母の姓名を尋ねる礼)、納吉(婿側で、嫁に迎える女子の良否を占い、吉兆を得れば女子の家に報告する)、納徴(納吉の後、婚約成立の証拠として、女子の家に礼物を贈る)、請期(結婚式の日取りを取り決める事。男の方で占って吉日を選び、その日を女の方に申し込むが、儀礼上、女側に決めてもらうという形式をとる)、親迎(婿が自ら嫁の実家に行って迎えの挨拶をする儀式)。 この時、既に請期までは済んでおり、あとは親迎を行うのみであった。婿となる牛輔は、この時初めて岳父・董卓と妻となる女性・董姜に会う事になる。 その、親迎の日の朝である。牛輔は父の居室に呼ばれた。 「父上、輔です。お呼びでしょうか」 「うむ。まぁ、入れ」 「はい。失礼します」 牛輔と父は、向かい合って座った。こうして二人で話すのは、縁談を聞いた時以来である。何かあったのだろうか。見当もつかない。 「輔よ。今宵、いよいよ親迎だな」 「はい」 「これで、名実ともに牛・董両家は縁続きになる。董郎中殿は、名将である。董家は、今後ますます栄えるであろう。そなたは、その娘婿となるわけだ」 「はい。そうですね」 特に、とりとめのない話なのか。しかし、父ともあろうお人が、そういう話をされるとも思えないが…。 「そなたは、今後、我が家の一員であるのに加え、董家の一員ともみられる事になる。それは、つまり、両家に対し責任を持つという事だ。両家の名に恥じぬ様に振る舞ってもらいたい」 「はい。分かっております」 「それで、というわけではないが…。それに先立ち、そなたに話しておきたい事がある」 「何でしょうか?」 父は、何を言おうとしているのであろうか。彼には、まださっぱり分からない。 「そなた、自分の名をどう思っている?」 「は?」 いきなり、何を言い出すのだろうか。この名は、父がつけたものであるはず。良いも悪いも、もう二十年以上も付き合ってきた名である。今まで意識する事もなかったが…。 「私の名は輔ですね。いえ、別にどうという事もありませんが…。いかがなさったのですか?」 「いやな。なぜわしがそなたに輔という名をつけたか、という事だよ」 「はぁ…」 「この話は、ちと長くなるぞ」
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