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小説 『牛氏』 第一部
22:左平(仮名) 2003/03/02(日) 18:25 十一、 牛氏の邸宅に、数人の男達が訪れた。多くの戦場を踏んできたのであろうか。その顔つき・体つきは、精悍そのものであった。その中でも、ひときわ体格の大きい男が、門番に話しかけてきた。 「ご主人はおられるかな?」 「えっ? 失礼ですが、どちら様でしょうか。今日は、お客様が来られるとは聞いておりませんが…」 「おっと、これは失礼した。あらかじめ連絡しておくべきであったな。すまぬが、おられるのであったら、董卓、字仲潁が参ったと伝えて下さらぬか」 「はい…。しばしお待ちいただけますか?」 「なに、董郎中殿がお見えだと?」 董卓の急な来訪を聞き、牛朗は驚いた。一体何の用件であろうか。 (まぁ、姜殿の様子を見に来られたのであろうが…) 何も聞いてないから、はっきりしたところは分からない。ともあれ、来られたのであれば、無碍に追い返すわけにもいくまい。 「はい。いかがいたしましょうか」 「どうするも何も、董家と我が家とは、今や縁戚であるぞ。すぐにお通ししろ」 「はい」 「それと、酒肴も忘れるなよ」 「はい」 その時、牛輔は自室におり、一人書を読んでいた。読み始めてからだいぶ経つのであるが、まだ終わりそうにない。 (う−む…難しいな…。でも、理解しないと…) 数文字読んでは首をひねり、しばらくしてうなる。その繰り返しであった。なかなか頭に入らない。 この時代を生きた名族の嫡男であれば、基礎的な教養として五経(詩経、書経、易経、春秋、礼記。もともとは六経であったが、楽経は早くに亡失した)を読むのは当然の事であった。当然、彼もそのくらいの教養は積んでいる。その彼をして「難しい」と言わしめたもの。それは、兵書であった。 この当時、いくつかの兵書があった。有名なものに、「孫子」(この頃には「孫武兵法」「孫ピン【月賓】兵法」があった。現在、我々が「孫子」と呼んでいるのは、「孫武兵法」の方である)「呉子」「司馬法」「六韜」「三略」「尉繚子」「李衛公問対」がある。 董卓の娘婿となる以上、戦いに出る事も多かろう。それは、かねてより覚悟していたが、親迎の儀礼の時、彼に会った事で、その確信は深まった。 (戦いに出たとしても、恐らく武勇では役に立てまい。だとすれば、何で役に立てるか。あまり自信はないが…智をもってお役に立つよりほかないな) そう考えると、五経のみの知識では心もとない。戦場にあって役に立つ知識といえば、何と言っても兵書であろう。そう思って読み始めたのである。 必要に迫られての読書であるだけに、熱が入る。だが、実戦の経験はないだけに、どうしても不安が残るのも、また事実であった。 ところで、姜はどうしているのであろうか。彼女はというと、姑につき従い、婦人のすべき仕事(彼女たちは豪族の妻であるので、自身が炊事・洗濯などの家事をするわけではない。しかし、家人の仕事ぶりを監督したり、家の祭祀を行うという重要な役割がある)について学んでいるところである。 態度・もの覚えは、まずまずの様である。何より、嫌味がなく、素直であるのが良い。この分なら、良い婦人になれるであろう。 父母共に健在で、牛輔自身は無官であるのだから、今のところは何もする事はなさそうなものだが、そうもいかない。新婚夫婦だからといって、四六時中いちゃついているわけではないのである。
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