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小説 『牛氏』 第一部
36:左平(仮名)2003/04/20(日) 20:27
十八、
部隊は、戦いの地に近付きつつあった。既に、吹く風は冷たくなりつつある。冬が近いのである。
果てしなく広がる平原にあるのは、ただ、僅かな灌木と枯草ばかり。いかにも、荒涼とした風景である。
(なにゆえ、羌族の叛乱は止まぬのか)
よくは分からないが、この風景に、その答えがある様に思われる。
董卓のもとに、鮮卑についての知らせが届いた。今のところ、これといった動きはないらしいので、直ちに涼州が脅威にさらされるという事はない。あとは、やがて眼前に見えるであろう、羌族のみである。
やがて、偵察に出ていた者達が帰ってきた。
「千は越えているかと思われます。なにぶん遠くからでしたのでよくは分かりませんが…。砂埃の立ちようからして、そう考えられます」
「いや、せいぜい五、六百といったところです。私は、確かにこの目で敵兵を見ました。間違いございません」
「多くは騎兵でした。かなりの精鋭かと思われます」
「将らしき者は見当たりませんでした。個々の敵は精鋭でも、まとまりは悪いはずです」
「この先には、なだらかな丘がある程度です」
予想通り、彼らの報告は、実に多種多様なものであった。一部、相反するものもある。
「ふむ。そうなると…」
董卓は、顔を上げ、天を仰いだ。天を見つめながら、彼は、報告を分析し、然るべき判断を下すのである。
しばらくその状態が続き、しばし目を閉じた後、かっと目を見開き、大声で叫んだ。
「皆の者! 戦いはすぐそこだぞ!」
兵達に、一斉に緊張が走る。董卓の脇にいた牛輔も、思わず体がびくっとした。
「敵はこの先数里! 数は数百!」
「隊列を整えよ! 小高い丘を目印に進め! 長兵、最前列へ! 弩兵はその後ろにつけ! 騎兵は後列につくのだ!」
ひとたび動き始めたかと思うと、次々と指示が下される。兵達の動きが、慌しくなった。だが、その動きに目立った乱れは見られない。皆、将の指示に従い的確に動いているのである。
その動作の見事さに、牛輔はしばしみとれていた。将たる者は、かくありたいものである。
やがて、小高い丘が見えた。ここを少し過ぎ、丘を背にする形で布陣を進めていく。陣形が整う頃、徐々にではあるが、敵の姿が見え始めた。
ほぼ、報告のとおりである。その数、数百といったところであろうか。こちらは千数百というところであるから、数の上では優勢である。その一方で、個々の武勇という点では羌族の方が上回るであろうから、あとは、戦い方次第である。
幸い、こちらの方が位置的には高みを占めている。突撃するにせよ、陣を構築するにせよ、見上げて戦うよりも見下ろして戦う方が何かとやり易いし、力学的にも有利である(例えばボ−ルを投げ下ろすのと投げ上げるのと、どちらがより速いだろうか?)
平原に、双方が対峙する形となった。双方の距離が百歩(一歩=約1,4m)余りまで詰まったその時、喚声とともに、羌族の騎兵が一斉に突撃を開始した。
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