小説 『牛氏』 第一部
41:左平(仮名)2003/05/04(日) 02:19
「ん? なんだ、伯扶か」
そっ、その声は! 
「ち、義父上ではありませんか! こんな夜更けに何をしておられるのですか!」
「あぁ、ちょっとな」
そういう董卓の顔は、いつもとは少し違って見えた。そこはかとなく厳粛さが感じられるのである。これから凱旋する将には見えない。

省31
42:左平(仮名)2003/05/05(月) 21:21
二十一、

話?一体、どの様な話があるというのだろうか。羌族は文字を持たぬはず。口伝で何かしらの説話があるにせよ、これといった話があるとは考えにくいが…。
「そなた、羌族とはいかなるものだと思う?」
えっ?いかなるものか? 牛輔には、その問いの意味が分からなかった。
「いかなるものと急におっしゃられても…。我ら漢人にとっては、しばしば叛乱を起こす厄介な存在としか思えませんが…」
省40
43:左平(仮名)2003/05/05(月) 21:24
「そなたがこの話を信じぬのは、漢人の文字を重く見て羌族の口伝を軽んじるからであろう。まぁ、それならばそれで良い。しかしな、それならばなぜ『羌』と『姜』の字の類似をも軽んじる?」
「それは…」
そう言われると、何とも言い様がない。
「まぁ、どこまで事実かは分からぬがな。だが…」
董卓の表情が、また変わった。その顔には、紛れもない哀しみの色が浮かんでいた。

省37
44:左平(仮名)2003/05/11(日) 22:51
二十二、

「義父上…」
「ん?どうかしたか?」
「もしや…泣いておられるのですか?」
「さぁ、どうであろうな…。少なくとも、わしは哭するという事はせぬ」
省37
45:左平(仮名)2003/05/11(日) 22:53
確かに、今の漢朝は乱れている。数々の怪異現象、相次ぐ天災、中央の政変、地方での叛乱…。この国の事を愁う心有る者ならば、何らかの行動に出たくもなるであろう。
(今上陛下【霊帝】は、まだお若い。成長なさり、光武皇帝の如き英明さを発揮していただければ…)
かすかではあるが、今はそれに希望をつなぐしかあるまい。


そんな事を考えているうちに、あたりが少しずつ明るくなってきた。夜明けである。やがて、東から日が昇るのが見え始めた。
省40
46:左平(仮名)2003/05/18(日) 21:19
二十三、

年が明けて、正月。
「あぁ、正月だ。新たな年が始まったんだな」
牛輔は、昇る朝日を眺めながら、そんな事を呟いた。もう二十回以上も経験したはずの正月が、妙に新鮮なものに感じられたのである。
(そぅか…。去年の今頃と今とでは、何もかも違うんだったな。正月も、違ってて当たり前か)
省33
47:左平(仮名)2003/05/18(日) 21:22
数日後。董卓とその家族が訪れ、一族が揃った頃、姜は産室に入った。庶民の場合は、産婦が一人で身の回りの処理をする事もあった様だが、地方豪族たる牛氏の妻ともなれば、そういう事はなかったであろう。とはいえ、産みの苦しみ自体は、どうする事もできない。
(無事に産まれてくれよ)
もう、気が気ではない。夫である牛輔は、席が温まる暇もなく、立ったり座ったりを繰り返せば、父の董卓も、落ち着いている様に見せてはいるものの、時々せわしなく体を揺らしている。
こういう時には、男達は何の役にも立たない。その能力とはかかわりなく。
「伯扶殿、その様にそわそわなさっていても何にもなりませんよ」
さすがに何度も出産を経験している義母の瑠は落ち着いている。
省30
48:左平(仮名)2003/05/25(日) 21:25
二十四、

「伯扶よ。どっちが先に入る?」
「えっ?そっ、それは…」
二人とも、早く赤子の顔を見たいのではあるが、どこかためらいがある。

省40
49:左平(仮名)2003/05/25(日) 21:28
「…そなた、赤子がどこから産まれるか知っておるか?」
「えっ?」
「知らぬか」
「はぁ…」
「ここだよ」
そう言って董卓が指し示したのは、自分の股間であった。
省33
50:左平(仮名)2003/06/01(日) 22:55
二十五、

二人は、産室に向かった。
先ほど、あれほどためらわれたのは何だったのだろうかというほど、今度はすんなりと入れた。
産室は、どこか異質な雰囲気を漂わせている。室そのものには、何も特別な装飾などは施されてはいないのだが、どうもそういう気がしてならない。
(どうしてだろうか?)
省42
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