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小説 『牛氏』 第一部
42:左平(仮名) 2003/05/05(月) 21:21 二十一、 話?一体、どの様な話があるというのだろうか。羌族は文字を持たぬはず。口伝で何かしらの説話があるにせよ、これといった話があるとは考えにくいが…。 「そなた、羌族とはいかなるものだと思う?」 えっ?いかなるものか? 牛輔には、その問いの意味が分からなかった。 「いかなるものと急におっしゃられても…。我ら漢人にとっては、しばしば叛乱を起こす厄介な存在としか思えませんが…」 「そう思うか」 「それ以外、どうとらえればよろしいのでしょうか? 私には分かりかねます」 「分からぬか。ならば聞こう。『羌』という字はどの様な字だ?」 字の事を聞いてどうしようというのだろうか? ますますわけが分からない。 「えぇっと…。確か、『羊』と『人』が組み合わさった感じの字ですね」 「そうだ。では、我が娘にして、そなたの妻の名は何という?」 「『姜』です。しかし、それがどうかしたのですか?」 「何か気付かぬか?」 「えっ?」 「まだ気付かぬか。『羌』と『姜』という字は似ておるであろう」 「そういえば、確かに」 「いや、もともと同じ起源を持つ字かも知れぬな。…『姜』姓といえば、有名な人物がいるであろう」 「太公望、ですね」 太公望呂尚−。多少なりとも経書・史書を読んでいる者であれば、その名は必ず知っているであろう有名人である。周の文王に見出された彼は、殷周革命の立役者の一人として活躍した(あとの二人は、周公旦と召公セキ【大の左右の脇に百】)。兵法にも秀でていたとされ、漢の高祖・劉邦の謀臣として活躍した張良が黄石公なる人物から授かったという兵書の著者に擬せられている。 「そうだ。そして、彼を始祖とする国が斉(西周・春秋期。戦国期の斉は田氏の国)だ。それは、そなたも知っておろう」 「はい。春秋五覇の一人・桓公を生んだ斉ですね」 「そればかりではないぞ」 董卓の話はなおも続く。 「その太公望が仕えた周の始祖の名は后稷というが、その母の名は姜ゲン【女+原】といって、姜姓の女なのだ。また、武王の正婦にして成王の母である邑姜もまた、姜姓の女だ」 「となると…。周をはじめとする姫姓の国と斉には、姜姓の血が流れていると…」 「その姜姓と羌族が、字と同様、もとは同じ起源を持つとしたらどうだ?」 「えっ!」 信じ難い事である。義父は、あの太公望と羌族が同族だというのであろうか。牛輔には、字以外、両者のつながりなどこれっぽっちも見出だせないのであるが。 「驚くのも無理はないな。わしも、聞いた当初は信じられなかったからな」 「では、義父上は、今はこの様な話を信じておられるというのですか!」 「そうだ」 「そんな! その様な戯言を信じられて…」 「なぜ戯言と言える?」 そう言う董卓の顔には、凄みがあった。その顔は、戦いの時とはまた違う様だ。何がどう違うのかはよく分からないのだが。
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