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小説 『牛氏』 第一部
44:左平(仮名)2003/05/11(日) 22:51
二十二、
「義父上…」
「ん?どうかしたか?」
「もしや…泣いておられるのですか?」
「さぁ、どうであろうな…。少なくとも、わしは哭するという事はせぬ」
「…?」
(誄は読むが哭する事はしない…?一体、どういう事なんだろうか?ますます義父上の考えが分からなくなってきた…)
牛輔には、もはや聞き様がなかった。何をどう聞けば良いのかがさっぱり分からないのである。
「そなたには分からぬであろうな。なにゆえに、人一倍羌族に同情するこのわしが羌族と戦うのかが」
「確かに」
「人には理解されぬやも知れぬが…わしの中には、ある思いがある」
「どの様な思いがあるというのですか?」
「羌族は、様々な場面において、漢人に蔑まれておる。だが、わずかではあるが、漢人と対等に扱われる時がある。そういう事だ」
「漢人と対等に扱われる時? そんな時があるのですか?」
「分からぬか。ほれ、つい数刻前の…」
「…あっ!」
確かに、そうだ。戦いの場においては、漢人も羌族も関係ない。ともに死力を尽くして戦うのみである。
「ただ戦いの場においてのみ、羌族は漢人と対等になる。勝者には栄光、敗者には死…。そういう場を持たせてやる為に、わしはあいつらと戦っておるつもりだ」
「では、あの時火を用いなかったのも、その為だと…」
「そうだ」
「ですが、火計というのは、兵書にも載っているれっきとした戦法ですぞ。特に卑劣というものではございません。あえてその手段を封じるというのはどうも分かりません」
「そう、戦法を論ずるのであればその通りだ。だがな、わしにはできぬ」
「なぜですか?」
「わしは、『この手で』あいつらを死なせてやりたいのだ。悲惨な奴僕としてではなく、誇りある戦士としてな」
「…」
「火を用いれば、確かにもっと楽に勝つ事ができよう。しかしそれでは、あいつらを、あたかも草木の如く焼き払ってしまう事になる。それは、奴僕として死ぬよりも、もっと悲惨ではないか?」
「戦いで死なせてやるのが情け…。羌族には、それしか望みがないのですか…」
「今のところはな。誄は読むが哭しないというのも、同じ理由だ。哭すれば、あいつらとは敵同士にならなくなってしまう。今は『敵』としてしか接する事はできぬ」
「…」
牛輔の心の中に、ある危惧の念が生じた。
(義父上は、漢朝に対し良からぬ思いを抱いておられるのであろうか…)
そうであるなら、いつの日か、漢朝に対し叛旗を翻すかも知れない。そうなった時、自分はどうすればいいのだろうか。反逆者となるのはまっぴらだが、義父の人となりを知った以上、見殺しにするなどという事はできない。第一、自分はこの人の娘婿なのである。関わらずに済むわけがない。
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