小説 『牛氏』 第一部
57:左平(仮名)2003/06/22(日) 21:36
「どうした?驚いておるのか?」
「驚きますよ!来られるのでしたら連絡くらいしてください!何の支度もできないではありませんか!」
「ほほう。わしが来た事自体は大した驚きではなさそうだな」
「義父上ではありませんか。来られる事には驚きませんよ」
「それを聞いて、ちと安心したよ」
「は?」
「堂へ行こう。実は、そなたに重要な話があるのだ」
「重要な、ですか…」
(はて、何の事だろうか。羌族の叛乱ではないのは確かだが…。まさか鮮卑?しかし、いくら何でも、并州を無視してここ涼州を攻めるとは考えにくいが…)
自分なりに持っている情報を整理するが、思い当たるふしはない。

「まぁ座れ」
「はい」
「わしの言う、重要な話とは何だと思う?」
「う−ん…。羌族も鮮卑も、今のところ目立った動きはありませんから、戦いという事ではなさそうですが…。私にはさっぱり見当がつきません。一体、いかがなさったのですか?」
「ははは…。『重要な話』というのは悪い話ばかりではないのだぞ」
「えっ?」
「そなたも、その様子では気苦労が多いだろうな。だが、その心構えは悪くない」
「おっしゃる事の意味が分かりませんが…」
「実はな、わしはこのほど、并州は広武県の令となったのだ」

董卓、牛輔の出身地が涼州である事は前述したが、并州はその東隣である。その中心地は晋陽といい、春秋時代からその名が知られているが、そのさらに北に、雁門(広武)という邑がある。董卓は、そこの県令になったのである。
広武という県の規模はよく分からないが、中程度の県の令でも六百石の官(大きい県の令だと千石の官)というから、前職の郎中(比三百石の官)よりも俸禄は高い。俸禄が高いという事一つとっても、董卓の地位が上がった事が伺える。

「令という事は…昇任ではございませんか! 義父上、おめでとうございます!」
「うむ。ただ、一つ問題がある」
「何でしょうか?」
「県令になるという事は、その地に赴任せねばならぬという事でもある。広武県は并州の中でも北方に位置するだけに、ここにちょくちょく立ち寄るというわけにはいかぬ」
「そうですね。と、なりますと…」
「そう、我が軍団をどうするかという問題が生じるのだ」
「いったん解散して、義父上の復帰を待つというわけには…」
「そうはいかん。兵というものは、いったんなまってしまうと、なかなか元には戻らんものだからな」
「確かに」
「そこで、だ。しばらくの間、そなたに我が軍団を託そうと思うのだ」
「なんと!」
牛輔は、驚きを禁じ得なかった。
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