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小説 『牛氏』 第一部
57:左平(仮名)2003/06/22(日) 21:36AAS
「どうした?驚いておるのか?」
「驚きますよ!来られるのでしたら連絡くらいしてください!何の支度もできないではありませんか!」
「ほほう。わしが来た事自体は大した驚きではなさそうだな」
「義父上ではありませんか。来られる事には驚きませんよ」
「それを聞いて、ちと安心したよ」
「は?」
省36
58:左平(仮名)2003/06/29(日) 13:40AAS
二十九、
この軍団は、長年にわたって董卓自らが育ててきたもの。それを、一時的に、娘婿にとはいえ、他人に渡すとは…。自分が信頼されている事は嬉しいが、若干の戸惑いもある。義父の真意はどこにあるのだろうか。
「私でよろしいのですか?第一、勝、いや、伯捷殿がおられるではありませんか」
「確かに。いずれは、勝に継がせるつもりではあるがな。ただ…」
「ただ?」
省39
59:左平(仮名)2003/06/29(日) 13:43AAS
「初めてお目にかかります。私は、姓名を李カク【イ+鶴−鳥】、字は稚然と申します。北地郡の出です。どうぞよろしく」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ」
字があるという事は、それなりの家の出であろう。その字が稚然という事は、兄弟が多いのだろうか(長幼の序列を示すのに伯仲叔季という字がよく用いられるが、稚というのはそのまた後に用いられる事がある。したがって、彼には四人以上の兄がいた可能性がある。実際、史書にも兄がいた事は記されている)。
挨拶の仕方もきちんとしているし、変に肩肘張ったところはない。頭の方も、まずまずといったところか。なかなか、頼りになりそうである。
続いて、二人目の男が口を開いた。
省35
60:左平(仮名)2003/07/06(日) 21:15AAS
三十、
「さて、最後はそなただな」
笑い終わった董卓は、もう一人の男に声をかけた。
「えぇ」
男は、愛想なしに一言そう答えた。先の二人に比べると、いささかもの堅い感じがする。我が強そうだ。悪い男ではなさそうだが、いささか扱いにくそうにも見える。
省35
61:左平(仮名)2003/07/06(日) 21:17AAS
「私の生まれ育った武威郡という所は、都からみれは、いよいよもって辺境の地です。それゆえ、周りには羌族が多くおります。いや、羌族の中に漢人が点在しているという具合です」
「ふむ。そうであろうな」
「私も、幼い頃から羌族とよく遊んだものです。我が一族の中には、羌族と姻戚である者も多くおります。彼らには、我が一族が漢人であるという意識が薄いのです」
「そうか。…そういえば、羌族には字という考え方がないな」
「そうです。それゆえ、私が字をつけるのはまずいのです」
「そこが分からないのだが。どうして字をつけるのがまずいんだい?」
省29
62:左平(仮名)2003/07/13(日) 19:31AAS
三十一、
(ほほぅ…。さっそく、いい機会が訪れたな)
董卓にとっては、願ってもない状況であった。自分の眼前で、牛輔の、将としての力量をみられる機会が転がり込んできたのである。
いつもなら、「賊が現われた!」となれば真っ先に腰を上げる彼が、今日は動かない。動きたくはあるのだが、ここはこらえた。ここで自分から動いては、牛輔の力量をみる事はできない。
(さて、伯扶はどう反応するかな?)
省36
63:左平(仮名)2003/07/13(日) 19:33AAS
しばらくして、盈が戻ってきた。まだ、こちらの支度もできていないというのに、もう偵察を終えたのであろうか。
「ずいぶん早いな」
「そうですか?きちんと賊は探ってまいりましたよ」
「そうか。ならばよい。して、賊の状況は?」
「はい。数は二、三百といったところです。やつら、どうやらテイ【氏+_】族ですね」
「テイ【氏+_】族?」
省33
64:左平(仮名)2003/07/20(日) 20:55AAS
三十二、
(ここは…一体…。俺は、どうしたのだろうか…)
男は、微かな意識の中、その記憶を辿っていた。自分の身に何が起こったのか、まだ把握できていなかったのである。
(頭が…痛い…。腕が…動かない…。足も…。目も…見えない…こ、これは…)
(俺は…死んだのか…。いや、頭が痛むという事は、生きているという事ではないのか…)
省34
65:左平(仮名)2003/07/20(日) 20:58AAS
「おい、こいつ、目を覚ましたらしいぜ」
男の声が聞こえた。どうやら、賊の一味らしい。やや独特の訛りが感じられる。
(そうか、テイ【氏+_】族か)
漢人ではないらしい。この事に、何か意味を見出せないだろうか。もっとも、そんな事を考える間もなかった。
「起きたんなら、こっちに来な」
賊は、男の体をつかみ、軽々と持ち上げると、そのまま仲間のところに向かった。
省37
66:左平(仮名)2003/07/27(日) 21:48AAS
三十三、
(んっ?まさか、また賊か?いや違う。あの旗印は…「牛」?一体どこの軍だ?…あっ、後ろに「董」の旗印も…。そうか、これが董氏の軍団か…)
ともかく、味方には違いない。そう思うと、安心感と、疲労と、空腹とがあいまって、急に目眩がした。
「おい、どうした!しっかりせい!」
男の姿に気付いた兵達が駆け寄り、肩を貸した。
省45
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