小説 『牛氏』 第一部
67:左平(仮名)2003/07/27(日) 21:51
(ふむ。盈の報告はだいたい合っているな。こちらは千程度だから…勝つ事自体は、さほど難しくはない)
「女子供の姿は?」
「見てはおりません。とはいえ、賊がテイ【氏+_】族となると、家族の者もおるやも知れず、いないと断言する事もできません」

(ふむ…。そうなると、いささか考えねばならぬな)
賊に対しては、いささかも容赦するつもりはない。だが、いるかも知れない人質や女子供に危害が及ぶのは避けたいところである。敵の虚を衝き、速攻で片をつけねばならないのである。
(となると…。夜襲しかないか)
「者ども!馬に枚【ばい:声をあげない様にする為に口にくわえる木片】を銜【ふく】ませよ!」
それを聞いた将兵からは、戸惑いの声が挙がった。数でまさるこちらが、なにゆえ夜襲などせねばならぬのか。そういう不満感が見え隠れする。
「賊は、人質をとっておるやも知れぬのだぞ!そなた達は人質の安否が気にならぬのか!それに、敵は何の抵抗もできない者を襲うという卑劣な輩!堂々と戦う必要などない!」
今の牛輔では、義父・董卓の様にその威厳で将兵を押し切る事はできない。となれば、その意図を説明し、納得してもらうしかないのである。
「分かりました!」
李カク【イ+鶴−鳥】達がそう叫んだ事で、一応将兵の不満は納まった。
ただ、そうは言っても、心底ではまだ不満があろう。ここは、完璧な勝利を得る必要がある。
牛輔は、盈達に命じさらに偵察を進めさせ、賊の隠れ家の詳細を探った。

その夜。
かすかな星明りのもと、牛輔は、董卓と向き合っていた。敵に気付かれてはならないので、火は使えない。目の前にいるのに、どこか、幻に向かって語りかけている様な感じがする。
「明日の夜明け前に、奇襲をかけようと思います」
「そうか」
「これでよろしいでしょうか?」
「そなたが良いと思って決断を下したのであろう?わしがとやかく言う事はない」
「はい。ですが…」
「そうか。まだ自信がないのか。で、わしのお墨付きが欲しいと」
「…」
確かに、その通りではある。しかし、はい、そうなんですとはさすがに言いづらい。
「辛いか?だがな、長というものはそういうものだ。…まぁ、いずれ慣れる」
「そういうものでしょうか…」
「そういうものだ」

少し眠ろうとしたが、どうにも寝付けなかった。東の空が白む前に夜襲である。寝過ごすわけにはいかないと思ううち、いつしか、その時が来た。
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