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小説 『牛氏』 第一部
82:左平(仮名) 2003/09/21(日) 22:51 四十一、 「ん?文和がしょっちゅう遠駆けに出ているというのか?」 「はい。時には、帰りが翌朝になる事もあります」 「そうか」 「そうか、で済む事なのですか、これが。配下の一人が勝手に外出しているのですよ!」 普段は温厚な盈が、少し昂奮している様だ。確かに、監督不行き届きとみられてもおかしくはない事なのであるから、主を思えばこういう態度になるのも無理はない。 「良いのだ。私が『時間が空けば、そなたの好きな様に使っても良い』と言ったのだからな。それに、文和は仕事をおろそかにしておるわけではなかろう?」 「それはそうなのですが…」 盈にしては、どうも、歯切れが悪い。 「何だ?まだ何かあるのか?」 「それならそれで、なぜ朝帰りなどなさるのかが引っかかるのですが…」 「そうか?外に惚れた女の一人でもいるのではないか?あいつも、私とは同年代だ。時に、女を抱きたくてならぬ事があるのだろう。そう気にするものでも…」 そう言いかけると、盈は、急に語気を強めた。 「衣服に異様な乱れがあってもですか!」 これには、少々驚いた。どうしたんだ、一体。 「異様な乱れ?一日中着続ければ衣服はおのずと乱れるではないか。それに、いったん脱いだりしてもやはり乱れるもの。何が異様だというのだ?」 「あれは、単に一日着続けたとか一度脱いだという程度の乱れではございません。そういう時の文和殿の衣服は、どう考えても、屋外で一晩を過ごしたとしか考え様のないほどに汚れておるのです」 「ふむ…」 なるほど、確かに異様ではある。女に逢うというのであれば、屋外に一晩中いるとは考えにくい。 (しかし、なにゆえに?) そのあたりが、どうも分からない。ただ、放置しておけば、自分にとっても、周りにとっても、よろしからぬ影響を与えてしまいそうではある。 (ともかく、調べてみねばな…) 「分かった。今度文和が遠駆けに出た時には知らせてくれ。後をつけてみよう。…よいか、この事は、くれぐれも内密にな。よいな」 「はっ!」 数日後−。 「盈よ。文和の様子はどうだ?」 「はい。この何日かは、あまり出られませんし、出られても日没までには帰ってきておられます。朝帰りをなさるのは、だいたい旬日(十日間)に一回程度ですから…今日、明日にもそうなさるのではないかと思われます」 「そうか。では盈よ。馬を用意しておいてくれ。私も遠駆けするとしよう」 「はっ」 そう言い渡すと、牛輔は外出の支度を始めた。ここのところ、賈ク【言+羽】と共にずっと文書の処理に追われていたから、久しぶりの外出である。
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