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小説 『牛氏』 第一部
102:左平(仮名) 2003/11/30(日) 22:51 五十一、 「おっと、一刻も早く姜をねぎらってやらんと」 そう思い返した牛輔は、ゆっくりと立ち上がった。自分としては、一家の主らしくすっくと立ち上がりたいところなのであるが、なにせ、眠い。思う様には体が動かないのである。 足元に多少のふらつきを見せつつ、産室に向かう。 近づくにつれ、出産に伴う独特のにおいがする。血やら胎盤やら羊水といった様々なものから生じるそのにおいは、決して良いにおいというわけではないが、妻への想いの故か、母子ともに健やかであるという安堵感のためか、不思議と意識する事もない。 「姜。入るよ」 そう一声かけ、一呼吸おいてから、産室に入った。初めてではないのだが、男が産室に入るのには、多少の覚悟がいる。 そこには、お産を終えたばかりの姜が横たわっていた。難産であったらしく、顔はやつれ、髪もひどく乱れている。呼吸も荒い。その姿を見るにつけ、牛輔は何とも言い難い気持ちになった。そんな気持ちが顔にも表れ、笑顔とも泣き顔ともつかない、不思議な表情になる。 「よくやったぞ。本当に」 そう優しく声をかけ、彼女に寄り添うと、首筋に手を回し、頬をすり合わせた。そんな夫のねぎらいを受け、疲労の極にある姜の顔に、笑みが見えた。まだ意識は朦朧としているものの、その笑顔は心からのものである。 「あぁ、あなた…。ごらんください。ほら、男の子ですよ」 そう言われて振り返ると、産湯につかり、むつきにくるまれた赤子がいるのが見える。赤子は、あの時の蓋に比べるとやや小さい様に思えるが、泣き声は大きく、盛んに手足を動かすその姿は元気いっぱいである。むつきをめくり、股間を見ると、男である事を示す『もの』もついている。なるほど、確かに男の子だ。 「そうか。そなたの言ったとおりになったのだな」 「はい…。名前は…いかがいたしますか…」 「明日、この子の名前を話す。楽しみにしておいてくれ。ゆっくり休もう」 「はい」 翌朝− 牛輔は、嫡男の蓋と向かい合って座っていた。普段は仲の良い親子であるが、この場については、やや改まった雰囲気が漂う。 「蓋よ」 「はい」 「来てもらったのはほかでもない。昨日産まれた、そなたの弟の名を告げるためだ」 「はい」 「この子の名は−『鈞』。牛鈞だ。よいな」 「鈞、ですか…。わたしの名の『蓋』と何らかの関連があるのですね」 「そうだ。そなたの名は天蓋、すなわち天にちなんでおり、この子の名は鈞臺、すなわち夏の御世の人々が考えた地の中心である鈞臺にちなんでいる。どうだ?」 「素晴らしい名です。わたし達兄弟がその様な名をいただいて良いのかと思うくらいに」 「うむ。この何に込めた私の想いを、無駄にせぬ様に努めるのだぞ」 「はい。わかりました」 「それとな。実は、そなた達の字も考えたのだ。実際に字を用いるのは、まだだいぶ先の事だか…」 「字ですか?それは、一体どの様な字なのですか?」 「聞きたいか?」 「それはもう」
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