小説 『牛氏』 第一部
114:左平(仮名)2004/03/07(日) 23:16
五十七、

四月。朔に日食があった。 日食は、往々にして不吉な前兆とされるが、もうこの頃になると、少々の怪異などは珍しくもないという感さえある。何しろ、先月も京兆で地震があったばかりなのだから。
ただ、それを、いささか違う思いで見上げる者達がいた。陽球達である。
「あれを見よ。一度は日が消えてしまうが、また再び現れてくる様を。これは吉兆ぞ。我らの働きによって、宦官という闇を除き、漢朝に光を呼び戻すのだ」
先に話し合われた謀を実行する時が、近づきつつあった。

「どうだ?」
「まだ動きはない。…んっ?あの車…。間違いない、王甫のものだ」
「そうか。どちらに向かった?」
「邸宅の方だ」
「そうか…。間違いない。休沐だな」
「と、なれば…」
「あぁ。明日こそが…」
「おっと。それはこれからの話だ。急ぎ、方正殿にお知らせしろ」
「分かってるよ。じゃ、また後でな」

車中の王甫は、そんな事など気付くはずもない。久方ぶりの休沐をどう過ごすか、それで頭が一杯になっていたのである。
「あぁ、全く…。それにしても、四月になったばかりだと言うに、暑くなったものよのぉ。行水でもするかな」
手で顔を扇ぎながら、そんな事を呟いていた。

「そうか、王甫めは休沐に入ったか」
「はい。車が確かに邸宅に向かって行きました。間違いなく、休沐に入ったものと思われます」
機は熟した。今こそ決起の時である。恐れる事はない。大義はこちらにある。
「行くぞ、支度をせよ。上奏するとともに、直ちに王甫どもの捕縛にかかる。遮る者があれば、殺しても構わぬ。良いな」
「はっ!」
(王甫よ。これで貴様も終わりだ。せいぜい今のうちに休沐を楽しむのだな)
そう思うと、思わず陽球の口元が緩んだ。

王甫邸−
「ご主人はご在宅かな?」
「はて、どちら様でしょうか?本日、面会なさる方がおられるとはうかがっておりませんが」
「予定などあるはずもなかろう。…司隷校尉の陽方正である!おとなしく致せ!」
「はっ?一体何事…」
「どけいっ!」
取次ぎの男を荒々しく突き倒すや否や、陽球とその配下はずかずかと王甫邸内に入り込んだ。それは、王甫達の逮捕と同時に、京兆で発覚した、銭七千万にものぼる不正摘発の為の家宅捜索であった。
「なっ、何をなさいますか!それは殿のお気に入りの…」
「やかましいっ!口を挟むな!いい加減にせんと斬るぞ!」
「ひっ!」
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