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小説 『牛氏』 第一部
133:左平(仮名) 2004/11/23(火) 22:34 「皆の者、首尾はどうだ?」 一段落ついたところで、董卓は、そう聞いてまわった。長時間駆け回り獲物と格闘した為、さすがに皆の呼吸は荒いものの、総じて機嫌の良さそうな顔をしている。今日の狩りは、成功裏に終わったと言えそうだ。 「殿、ご覧下され。この通りです」 家人の一人が、満面の笑みを浮かべて獲物を差し出した。 「うむ。それは何より…」 そこまで言いかけたところで、董卓の脳裏に、ある記憶が浮かんできた。 (そういえば、いつか、この様な事があったなぁ…) それは、董卓が段ケイ【ヒ+火+頁】の推挙によって、三公の掾(属官)に任官した頃の事である。 任官の祝いも兼ねて、段ケイ【ヒ+火+頁】とともに狩りに出た事があった。その日も、今日と同様晴天に恵まれ、獲物も多かった。 ともに涼州の出身で、勇将。なおかつ、若き日には遊侠を自任していたという様に、その経歴に共通点が多いという事もあってか、二人はどこか気が合った。 段公は、自分の事を高く評価していた。董卓はそう信じていた。それは、決して妄想ではない。そうでなければ、段公ともあろうお方が、あの様な言葉を口にするはずもないからだ。 「公よ、いかがですか」 「ほほぅ、なかなかやるな。わしの目に狂いは無かった。嬉しいぞ」 「過分なまでのご褒詞を賜りまして、董仲穎、これほど嬉しい事はございません」 「なになに、ちっとも過分ではないぞ。…わしはむやみに人を褒めたりはせん。本心からそなたの力量を買っておるからこそ、こう言っておるのだ」 あの日、段公に褒められた事が心底嬉しかった。あの日の自分は、今のこの男の様に、満面の笑みを浮かべていたのであろうか。 「若い頃のわしと比べてもいささかも劣らん。いや、武芸についてはまさっておるかな」 「ご謙遜を。公はまだまだ壮健にあらせられるかと存じますが」 「わしももう年だからな、さすがに無理はきかん。もう前線に立つ事はなかろう」 「そうなのですか…。しかし、公でしたら、きっと三公の位にまで昇られるかと存じます」 「ふむ、そうかな。まぁ、それはそれだ。仲穎よ」 「はい」 「頼むぞ」 「は?何を…」 「これからの辺境の守りを、だ。わしがいなくなったとなると、また賊どもが暴れるやも知れんからな。その時、漢を守るのはそなただ」 「は、はい!」 「その事を忘れるでないぞ。良いな」 「董仲穎、そのお言葉を決して忘れませぬ」 「うむ」 その時の段公の顔には、何とも言えないほどの笑みが浮かんでいた。 あの日、皆上機嫌だった。あの日…。もう決して戻ってはこないあの日…。
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