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小説 『牛氏』 第一部
37:左平(仮名) 2003/04/20(日) 20:30 乾燥したこの地では、少し動いただけでも砂埃が上がる。彼らの突撃を見ていると、なるほど、数百の敵が千以上に見えたのもうなづける。馬術ひとつとっても、遊牧の民である彼らの方が上である。 「長兵! 構え−っ! 弩兵! 矢をつがえよ!」 董卓の号令のもと、各々の兵士が動く。ほどなく、両者が激突した。 前列に並んだ長兵が、突進する敵に向かって一斉に戈を振り下ろした。単純な攻撃ではあるが、首筋に刃が突き刺されば直ちに致命傷となるし、これだけの重量物が頭に直撃したなら、死にはしなくても気絶する。これによって少なからぬ敵が打ち倒された。だが、多くはそれをかいくぐり、兵を蹴散らしていく。 騎兵と歩兵とでは、明らかに歩兵の方が分が悪い。騎兵の方が速いし、何より、練度が違うからである。 当時、鐙はまだ発明されていない。その為、馬を使う騎兵は、必ずそれ相当の訓練を積んでいる。それに対し、歩兵は、一般から集められた戦の素人である。こちらの歩兵が一度戈を振り下ろす間に、敵の騎兵は突撃をかけ何回も戟を振り回せるのである。 「郎中殿!このままでは!」 実戦は初めての牛輔にも、緊迫しているのが分かる。 「分かっておる! 撃て−っ!!」 直ちに、弩から次々に矢が放たれた。それは、単に敵を倒すだけではない。雨あられの様に矢を射掛ける事で敵と長兵との距離を開け、長兵による再度の攻撃を容易にするのである。敵の突進によって一度は乱れた長兵が、これにより、やや落ち着きを取り戻した。 一方で、長兵が最前列に立つ事で、弩兵が矢をつがえる為の時間を稼ぐ。長兵に多少の犠牲を強いるとはいえ、実に理に叶った配置といえる。 (さすがは義父上。これならば、勝利は確実だ…) 少し余裕を覚えた牛輔は、ふとある事に気付いた。風が、こちらから敵方に向かって吹いているのである。 (これは! あたりは平原だし、火をかければ…) 楽勝であろう。それに、こちらの犠牲者も少なくてすむはずである。 「郎中殿! 火を用いましょう! 今なら風向きもよろしいかと!」 「火か…。ならぬ!」 「えっ!? なぜでございますか?」 さっきの話しぶりからして、董卓は十分に兵法を心得ている。今こそ、火計を仕掛けるのに絶好の機会のはずである。 (なぜ、義父上は火計をなさらないのか?) 牛輔は、困惑した。
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