小説 『牛氏』 第一部
80:左平(仮名)2003/09/14(日) 22:19AAS
四十、

それから数ヶ月が経った。
さすがに孝廉に推挙されたというだけの事はある。数人の属官を与えられ、輜重の管理及び各種報告の整理作成に励む賈ク【言+羽】の仕事ぶりは、並外れたものがあった。

「ふむふむ…」
省38
81:左平(仮名)2003/09/14(日) 22:20AAS
(あいつ、また落ち込んでるのか?)
牛輔も、その様子には薄々気付いてはいたが、声をかけるのはためらわれた。その原因は、だいたい見当がつくからである。
(もう少し、様子を見ないとな)
ただ、しばらくすると、どうやら落ち着きを取り戻した様に見えた。
落ち着きを取り戻したのであれば、それで良い。それ以上は気にとめる事もなかったのであるが…

省15
82:左平(仮名)2003/09/21(日) 22:51AAS
四十一、

「ん?文和がしょっちゅう遠駆けに出ているというのか?」
「はい。時には、帰りが翌朝になる事もあります」
「そうか」
「そうか、で済む事なのですか、これが。配下の一人が勝手に外出しているのですよ!」
省34
83:左平(仮名)2003/09/21(日) 22:54AAS
「姜。ちょっと出かけてくるよ」
「はい。どちらへお出かけですか?」
「どことも言えんのだ。私にもよく分からんのだから」
さらりとそう言ったのが、かえって彼女の癇に障った様である。
「分からないって、あなたご自身の事ですよ。…まさか!わたしに言えない様な所じゃないでしょうね!」
蓋を産んでからというもの、姜もそれなりに母親らしい落ち着きを持ちつつある。とはいえ、こういうところは、まだまだ嫁いできた当時のままだ。普段はそれが愛嬌なのであるが、この時ばかりはちょっとやりにくい。
省30
84:左平(仮名)2003/09/28(日) 22:12AAS
四十二、

門が開いた。ほぼ同時に、全速で二騎が駆け抜けていった。牛輔と盈である。
「殿!どちらへ!」
あまりの急ぎ様をみた門番が、思わずそう呼びかける。何か重大な事があったのだろうか。そう思うのも無理はない。
「どことは言えんが、日没までには帰る!私が帰るのを待っておれよ!」
省41
85:左平(仮名)2003/09/28(日) 22:13AAS
さして大きな林ではなかったが、思ったとおり、泉があった。泉には、清澄な水がたたえられている。
(そういえば、こういう所で父上と母上が会われたんだったな…)
前述のとおり、牛輔には母の記憶はない。しかし、緑と静寂に包まれたこの場所に、どこか懐かしいものを感じずにはいられなかった。
「盈よ。私は、ここで産まれたのかも知れぬな」
何の気なしにではあるが、そんな言葉が出てきた。別段深い意味はないのだが、盈には甚だ意外な言葉である。
「えっ?殿は牛氏のご嫡子ではないのですか?なにゆえ、この林で産まれたなどと…」
省20
86:左平(仮名)2003/10/05(日) 23:01AAS
四十三、

「殿。何か物音がしませんでしたか?」
盈が半身を起こし、小声でそう聞いてきた。大型の獣だとすれば、横になったままでは危険である。
「あぁ、聞こえた。だが、そう大きい音ではなかったな。我々の身が危ないというわけでもなさそうだ」
眠気のせいもあったが、牛輔は割と冷静にそう判断した。
省45
87:左平(仮名)2003/10/05(日) 23:04AAS
二人は、賈ク【言+羽】と鳥の、どちらを見れば良いのかと一瞬迷った。しかし、迷う必要はなかった。
「殿!あれを!」
「あ!あれは!」
二人とも、思わず声をあげていた。後で考えると、よく気づかれなかったものである。
賈ク【言+羽】は、片手を腰の袋に入れ、中から二、三個の石ころを取り出していたのである。
しばらくその感触を確かめ、じっくりと鳥の行方を見定めたかと思うと、腕を巧みに折り曲げ、手首に捻りをかけて、その石ころを鳥に向かって投げた。
省40
88:左平(仮名)2003/10/12(日) 23:33AAS
四十四、

翌日、賈ク【言+羽】と盈が戻ってきた。幸い、二人であの様子を見ていた事は気づかれなかった様だ。
「盈よ。どうであった?」
「はい。あれからずっと見ていたのですが、他には妙なところはございませんでした」
「そうか…。ともあれ、一安心だな」
省41
89:左平(仮名)2003/10/12(日) 23:35AAS
「ですが、義父上も私も、漢朝の人間であり、羌族とはしばしば戦っております」
「そう。その、羌族の血によって、わしの地位はますます上がりつつある…」
董卓の眉間に深い皺が寄った。彼には、明らかに羌族に対する同情がある。にもかかわらず、漢朝に仕えている以上、否応なしにこういう現実に向き合わねばならない。豪壮と言われる董卓の内面にある、この苦悩のほどは、余人にはなかなか理解できまい。
(かく言う私にも、一体どの程度分かっているのであろうか…)
義父に対する敬意があるが故に、何と言えば良いのか迷うところである。
「だが、他に手段がないのだ」
省18
1-AA