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小説 『牛氏』 第一部
83:左平(仮名) 2003/09/21(日) 22:54 「姜。ちょっと出かけてくるよ」 「はい。どちらへお出かけですか?」 「どことも言えんのだ。私にもよく分からんのだから」 さらりとそう言ったのが、かえって彼女の癇に障った様である。 「分からないって、あなたご自身の事ですよ。…まさか!わたしに言えない様な所じゃないでしょうね!」 蓋を産んでからというもの、姜もそれなりに母親らしい落ち着きを持ちつつある。とはいえ、こういうところは、まだまだ嫁いできた当時のままだ。普段はそれが愛嬌なのであるが、この時ばかりはちょっとやりにくい。 「違うって。ぶらりと出てくるだけだからどこに行くか分からないって事だよ。日没までには帰るし、そなたが勘繰る様な所へは行かぬ。誓ってもよい」 「本当ですね?」 「ああ」 「約束ですよっ」 「ああ。分かったからそんなにうらめしい顔をしないでくれよ」 (まさか、文和の様子を探ってくるなんて言えんしなぁ…) いくら妻とはいえ、話せない事もある。 幸い、姜はそのあたりのわきまえは持っている様なので、その点は一安心なのではあるが…。変にやきもちを焼かれるとちょっと後が怖いので、事後処理はきちんとしておかねばならない。 (文和の様子はどうあれ、今日は日没までには帰らんとな…。あと、今夜はたっぷりと相手してやらんと…) そんな事を考えると、妙に気恥ずかしくなる。何を考えてるんだ、一体。これは遊びではないというのに。 「殿。文和殿が出られましたぞ」 盈が密かに報告してくる。盈の真剣な様子を見ると、ふっと気が引き締まった。 「うむ。で、どちらに向かった?」 「西の方に」 「西の方か…。ここより西となると…。どこぞの邑に寄るというわけでもなさそうだな…」 「そうなのです。邑に寄るというのでしたら、誰かに会うとも考えられるのですが…」 「ふむ。確かに気になるな。これは、私一人では難しいやも知れぬな。盈よ。そなた、ついて来てはくれぬか?」 「えっ?私がですか?」 「そうだ。そなたとなら、文和を見失ったり道に迷ったり事もあるまい。それに、武術の腕もありそうだしな」 「まぁ…できるだけの事はいたしますが…」 「なら、話は早い。そなたも馬を用意しろ」 「はい」 盈も、外出の支度を始めた。彼の支度はすぐに終わり、二人はそれぞれの馬に乗った。
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