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小説 『牛氏』 第一部
84:左平(仮名) 2003/09/28(日) 22:12 四十二、 門が開いた。ほぼ同時に、全速で二騎が駆け抜けていった。牛輔と盈である。 「殿!どちらへ!」 あまりの急ぎ様をみた門番が、思わずそう呼びかける。何か重大な事があったのだろうか。そう思うのも無理はない。 「どことは言えんが、日没までには帰る!私が帰るのを待っておれよ!」 「はっ、はいっ!」 砂塵を立てつつ、二騎は平原を駆ける。 「文和は西に向かったのであったな!」 「はいっ!まだ出られたばかりですから、十分に追いつけるはずです!」 「うむ!向こうに気づかれてはならぬのであるが、何か手はないか!」 「ございません!」 ともに馬上にあるせいか、二人ともやけに声が大きくなる。それにしても、「(手が)ございません!」とこうもあっさりと言い切る事もなかろうに。 「…おい、それはまずいだろうが」 思わず興奮から醒めた牛輔は、そう言うと馬を停めた。慌てて盈も馬を停める。 「まぁ、そうなのですが…このだだっ広い平原を行くのですよ。隠れ様もありませんよ」 「うぅむ…そこなんだよな…」 先ほどまでの全力疾走から一変、二人はしばしその場にたたずんでいた。 「…まぁ、何だ」 しばらくの沈黙の後、牛輔はおもむろに口を開いた。 「何も今日でなくてはならんというものでもないのだしな…。盈よ」 「はい」 「文和が何をしているのかは探らねばならぬが、焦る事はなかろう?」 「そうですね。私も、何ら確証をつかんでおりませんし…」 「それに、余りぴりぴりしてると、文和に見つかった際に、かえって怪しまれてしまう」 「確かに」 「…そうだ。今日は、私が自身の気晴らしの為に遠駆けをしているという事にしよう。それで文和に会ったら会ったでよし。会わないなら会わない時だ。盈よ。そなたも、今日一日は務めを忘れて楽しむがよい」 「はい。では、お言葉に甘えて」 「よし、決まりだ。思いっきり駆けようではないか」 「はい!」 「よ−し、いくぞ−」 二騎は、再び猛烈に駆け始めた。馬術自体は盈の方が上回っているが、競争しているわけではないので、ほぼ併走の状態である。 (こんな風に、何も考えずにただ駆ける事って、そんなにないな…) ふっとそんな事を思った。牛氏の嫡男として、また董氏の軍団の幹部として、常に責任ある立場にいる彼にとっては、珍しいひとときであるには違いない。 心身とも、すこぶる爽快であった。体にあたる風が、滑らかで心地よい。 しばらく駆けていると、林が見えてきた。このあたりに林があるという事は、地下水が湧き出ているのであろう。となれば、泉の一つもあるのではないか。少し喉の渇きを覚えたところである。ちょうど良い。 「盈よ。あの林で一休みしようではないか」 「そうですね。そうしましょう」
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