小説 『牛氏』 第一部
86:左平(仮名)2003/10/05(日) 23:01AAS
四十三、

「殿。何か物音がしませんでしたか?」
盈が半身を起こし、小声でそう聞いてきた。大型の獣だとすれば、横になったままでは危険である。
「あぁ、聞こえた。だが、そう大きい音ではなかったな。我々の身が危ないというわけでもなさそうだ」
眠気のせいもあったが、牛輔は割と冷静にそう判断した。
「えぇ。ですが、妙に気になるのです」
「うむ。そなたが気になるというのであれば、私も気になるな。焦る事はなかろうが、ちょっと様子を探るか」
二人はゆっくりと立ち上がった。
周囲には草が生い茂っているので、余り急に動くと目立ってしまう。二人は慎重に、草をかき分けつつ進んだ。
「盈。何か見えたか?こちらには何もいないぞ」
「いえ、何も…。いや、ちょっと待ってください」
「なにっ?どうした!」
「お静かに!聞こえてはまずいですよ!」
盈は小声でそう制した。こういう場面では、主といえども言うべき事は言わねばならない。
「あっ、あぁ…。で、何か見えたのか?」
「はい。あちらを…」
盈が指さしたその方向にいたのは…

「!」「!」
声は出さなかったが、二人とも、驚きを禁じ得なかった。あれは、賈ク【言+羽】ではないか!
こんな所で、一体何をしているのであろうか。
「あいつ、ここに来ていたのか…」
「どうも、ここには何度も来ている様ですねぇ…」
「そなたにはそう見えるか」
「はい」
「なぜそう思う?」
「いや、何となくとしか」
「そうか。まぁ良い。何をしようとしているのか探るのが先だ」
「そうですね」
二人は賈ク【言+羽】の様子を凝視した。ここから伺う限りでは、誰かと待ち合わせているというのではなさそうだ。しかし、何かを探している様にも見える。二人は首をひねった。その意図が全く見えないのである。
「あいつの意図するところが、どうも分からんな…」
「殿。孝廉という方々は、ああいうものなのですか?」
「私に聞かれてもなぁ。なってもいないものの事は分からんよ。どうしてそう思うんだ?」
「あの、腰にぶら下げた袋は一体…」
ふと気づくと、空に数羽の鳥が飛んでいるのが見えた。賈ク【言+羽】は、しばしその鳥を見つめていた。
二人も、つられて鳥の方を見つめた。

「シュッ!」
不意に、何かを切り裂く様な音がした。と思うと、次の瞬間、一羽の鳥が地面に落ちていくのが見えた。
「ん?何が起こったんだ?」
「いえ、私にもさっぱり」
一瞬の出来事に、二人ともわけが分からぬまま呆然としていた。しかし、次の瞬間、先ほどと同じ音がしたかと思うと、また一羽、鳥が落ちていった。
「一体何が…」
一羽なら、急な発作とか一陣の突風とでも説明できるだろうが、二羽続いてとなると、偶然とは考えにくい。しかし、一体何が起こったのであろうか?まるで見当がつかない。
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