小説 『牛氏』 第一部
95:左平(仮名)2003/11/02(日) 21:46AAS
賈ク【言+羽】の話が進むに連れ、兵達の顔に恐怖の色が浮かんだ。
説明によると、この策の実行にあたっては、夜陰に乗じて敵のすぐ脇をすり抜け、囲みの外に出る必要があるというのである。いくらなんでも、そんな事ができるのであろうか…。
(これだけの軍勢がいるってのに、どうしてまたそんな危険な賭けを…)
皆、不審に思った。正攻法でかかっていけば勝てるはずであるのに、こんな事をする必要があるのかと。
「怖いか。まぁ、無理もないだろうな。私も怖いからな」
「じ、じゃどうして…」
省31
96:左平(仮名)2003/11/09(日) 23:58AAS
四十八、

どのくらい経ったであろうか。敵兵の気配が消えた。
(どうやら、囲みの外に出たか)
そう思った賈ク【言+羽】は、隣の兵に、松明に火をつける様指示した。もちろん、敵に見えない様に工夫を凝らしたものを使う。
そうして、さらに進んだ。この策は、単に囲みの外に出るだけではなく、一定の距離をおく必要があるのである。
省44
97:左平(仮名)2003/11/09(日) 23:58AAS
(あの砂埃は…。間違いない。文和からの合図だ)
不安の中目を覚ました牛輔は、それを見ていささか落ち着きを取り戻した。策はうまくいっている様だ。これなら勝てる。
「者ども!頭上に盾をかざしつつ、全速で進め−っ!!」
その号令とともに、一斉に全軍が動き始めた。

「なっ、何だ?連中、急に動き出しやがったぞ」
省41
98:左平(仮名)2003/11/16(日) 22:20AAS
四十九、

「文和よ、よくぞやってくれた。そなたがいなければ、この勝利はなかったぞ」
戦の後、牛輔が最初にしたのは、賈ク【言+羽】を厚く賞する事であった。あの陽動部隊の活躍にはめざましいものがあったから、彼が賞

される事については、全く異論は出なかった。
省58
99:左平(仮名)2003/11/16(日) 22:22AAS
それからほどなく、義弟・勝のもとから一通の知らせが届いた。
「で、知らせには何と書かれてるんだい?」
「はい。無事に産まれ、母子共に至って健やかであるとの事です。女の子だそうで」
「それはよかった。で、名前は?」
「白、としたそうです」
「白?」
省20
100:左平(仮名)2003/11/24(月) 22:52AAS
五十、

そんな中、年が改まった。

室から外を見ると、地には、雪が積もっている。空は、さっきまでの曇り空が嘘の様に晴れ渡り、日の光が燦々と降り注いでいる。日の光が雪に反射され、きらきらと光る様は、何ともいえず美しいものである。
(伯捷が子の名に『白』とつけたのも、分からないではないな…。この、光の織り成す景色の美しさたるや、何物にも代え難い、崇高なものさえ感じさせるのだからな)
省38
101:左平(仮名)2003/11/24(月) 22:53AAS
はい。それは知ってます。でもぉ…。どうして、わたし達が母上のところに行ってはいけないのですかぁ?」
「それはな…」
(出産というものがどれほど壮絶なものか、口で話しても分かるのだろうか…。とはいえ、直に見せるのも何だしな…)
なかなか、うまい具合に説明できるものではない。
「ねぇ〜、どうしてぇ〜?」
「と、とにかく、だ。いま、母上は大変なところなのだ。そして、こればかりは、私も、そなた達も、何もしてやれないのだよ」
省27
102:左平(仮名)2003/11/30(日) 22:51AAS
五十一、

「おっと、一刻も早く姜をねぎらってやらんと」
そう思い返した牛輔は、ゆっくりと立ち上がった。自分としては、一家の主らしくすっくと立ち上がりたいところなのであるが、なにせ、眠い。思う様には体が動かないのである。
足元に多少のふらつきを見せつつ、産室に向かう。

省36
103:左平(仮名)2003/11/30(日) 22:53AAS
「では、話しておこう。まず、そなたの字は『伯陽』だ」
「『伯陽』、ですか?それには、一体どの様な意味があるのでしょうか」
「『伯』という字はそなたも承知しておろう。これには、三つの意味を込めている」
「三つの意味、ですか」
「そうだ。まず、『おさ(長)』という意味。そなたはこの家の大事な跡取りだからな。字にもそれを示しているのだ」
「はい。父上の字もそうなんですよね」
省42
104:左平(仮名)2004/01/01(木) 00:15AAS
五十二、

牛輔にとってみれば、この頃は、おおむね幸せな時期であった。
羌族との戦いがしばしばあったので平穏とは言い難いものの、これまでのところ大きな犠牲もなく済んでいるし、何より、姜をはじめとする家族にも恵まれている。
父も弟達も至って健やかであるし、義父・董卓も順調に位階を進めており、刺史や郡太守といった地位も考えられるところまできていた。
これならば、次代を担うであろう勝は、より高い位に就けるはずである。そう、牛輔の願い通り、全てがうまくいっていたのである。
省30
1-AA