短編(?)です。
2: 左平(仮名)2005/01/01(土) 02:37
ふと気付くと、何やら足音が聞こえた。と思うと戸が開けられ、そこには息を切らした少年が立っていた。嫡子の楷である。
「父上!しっかりしてくだされ!」
彼には、今までひそひそ話をしていた家臣達の様な不快さは感じない。彼はただひたすらに父親の身を案じている。その純粋さこそ、男が愛でるものである。
「その声は…楷か…」
いまは、声を出すのも辛い。しかし、楷の哀しげな顔は見たくない。何とか力を振り絞って声を出した。

「はい!父上、もうしばらくのご辛抱です。ただいま典医を呼びましたゆえ、気をしっかりとお持ちくだされ」
「そうか…」
我が子が衷心から自分の身を案じてくれていることは嬉しい。しかし、典医が間に合ったところで、無駄であろう。
なぜか、男にはそう思えてならなかった。
自分の体の事は自分が一番よく分かっているなどと言うつもりはない。しかし、自分の命は、もうここらへんでおしまいではないのか。どうもそんな気がしてならないのである。
(まぁ、武人として腕を振るう事も無いだろうしな。長生きしてもしょうがないか。楷ももう童子ではないし、おれが死んだとしても何とかなろう。陛下にとっても甥にあたるのだし…)
(ただ…。三十年余りも生きてきて、為しえた事はこの程度か、とも思う。武人として名を挙げんと欲したが、手柄らしい手柄といえば、五年前の烏丸討伐くらいだしな。先帝…いや、父上から見て、おれはどうだったのであろうか…)

そんな事を考えながら、男の意識は徐々に混濁していった。気分は悪くない。いや、むしろ心地よいくらいである。
(死ぬ間際というのは、こういうものか。何か、初めてではない様な気がするな。なぜだろうか…)
(ああ、あれは亡き長兄…。懐かしいなぁ。そう、おれが武人たろうとしたのは、ちょうどあの頃の事だった…)
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