短編(?)です。
12:左平(仮名) 2005/01/02(日) 20:19AAS
「では、『徳』というのは?」
「ありていに申せば、『この将に従えば戦いに勝ち、生還できるかどうか。そして、褒賞にあずかる事ができるかどうか』という事です」
「戦いに勝てるかどうかというのは、結局はその将器に帰するものではありませんか?」
「そうですね。その通りです。ただ、私の申し上げます『徳』というのは、単に兵略の才のみを指すのではありません」
「と言いますと?」
「なるほど、『威』と兵略の才をもってすれば、眼前の戦いに勝つ事はできましょう。しかし、それが戦いの全てではございません」
省17
13:左平(仮名) 2005/01/02(日) 20:20AAS
七、

(おれが将たる事を意識し始めたのは、この時だったのかも知れない。考えてみれば、父上の子である以上、一介の武人というだけでは済まないからな)

冒突の話を聞いた彰は、しばらく考え込んだ。父にはなく、自分にはあるこの武勇を、いかにして『威』に転ずるか。また、どうすれば『徳』を得られるか。
それには、更なる鍛錬と経験を積むしかないというのは分かった。その為には、今後、従軍できる機会を無駄なくおのれの血肉とせねばなるまい。また、より一層武術を磨き、誰からも侮りを受けない、揺るぎないものにする必要もある。
省17
14:左平(仮名)2005/01/02(日) 20:20AAS
「いえ、正室になどど厚かましい事は申しません。側室、いや婢女でよろしいのです」
「それはいいのですが…どうしてまたその様な話を」
「実は…我ら父子と飛燕の母は、かの董卓の乱の時に生き別れてしまいましてな」
「そういう事があったのですか」
「ええ。恐らくはあの混乱の中で死んだのでしょうが…まだ未練がございまして、今も探しておるのです。とはいえ、辺境にあってはあても無く…。ですが、今や漢朝の第一人者であられる殿の御許でしたら、何かしら手がかりが得られるかも、とそう思いまして」
「将になりたがらなかったというのはそういうわけですか」
省21
15:左平(仮名)2005/01/02(日) 20:21AAS
八、

「若様、父上。用意ができました」
「では若殿。参りましょう」
「えっ、どちらに?」
「この料理の支度は野外でするものですからね。ちょっと外に」
省24
16:左平(仮名)2005/01/02(日) 20:22AAS
冒突は、その後も驚くほどの手際の良さで羊を解体していき、日がすっかり暮れる前に料理はできあがった。

「ほら、できましたぞ。若殿、さあ、たくさん召し上がってくだされ」
「じゃ、いただくよ」

(あの時の羊、野趣にあふれてけっこう美味かったなぁ。しかし、俺にはあの技が頭から離れなかった。どうすればあんな事ができるのかと、しばらくの間、そればかり考えてた)
省20
17:左平(仮名) 2005/01/02(日) 20:22AAS
九、

「えい!」
「なんの!」

虚空を切り裂く音がしたかと思うと、凄まじい打ち合いが演じられる。彰と冒突の武術の鍛錬は、日を追うごとに激しさを増していった。
省22
18:左平(仮名)2005/01/02(日) 20:23AAS
「まず、羊を仰向けに倒します」
「うん」
「次に、手に持った小刀で、羊の脇腹をすっと切り、そこから手を差し込みます」
「そう、そこまではあの時見えたんだ。その続きがどうなってるのかが分からない」
「腹の中には、肋骨の他に、心臓や肺腑を守る為の膜がありますから、手でそれを破り、さらに奥まで突っ込みます」
「そう言えば、手首どころか肘のあたりまで入ってた様な気がするな」
省27
19:左平(仮名)2005/01/02(日) 20:23AAS
十、

彰は、それからしばらくの間、その技を体得すべく励みに励んだ。
一体、何日羊ばかりを食べただろうか。身も心も遊牧の民になりそうな、そんな錯覚さえ覚えるくらいだったある日、ついにその体得に成功したのである。

「よっ、と。で…、むんっ!…ふぅ。こんなもんかな」
省32
20:左平(仮名)2005/01/02(日) 20:24AAS
彰が構えるか否かというところで、虎が飛びかかってきた。
いくら武術に長け、羊を巧みにさばいてみせたとはいえ、虎では相手が大きすぎる。誰もが、彰が負けると思った。
冒突でさえ、事あらば直ちに彰を助け出すべく得物を構えたほどである。しかし、次の瞬間。

虎は、虚を衝かれたと言わんばかりの間抜け面を晒していた。その足元には、彰の体はない。どうやら、虎の一撃を避ける事ができたらしい。

省19
21:左平(仮名) 2005/01/02(日) 20:25AAS
十一、

「曹氏の仲子が、素手で虎を仕留めた」
この噂は、あっという間に広まっていった。それが、彰の武名を大いに高めた事は、言うまでもない。
「彰がのう…。我が子ながら大したものだ」
父も、そう言って喜んだと聞く。彰には、それが何より嬉しかった。
省24
1-AA