下
短編(?)です。
28:左平(仮名) 2005/01/02(日) 20:29AAS
(分からないかい?まぁ、無理もないな。私は、そなたが産まれる前に死んだからな。そなたの兄の鑠だよ)
(鑠?私の兄でもう亡くなられているのは、長兄だけではなかったのですか)
(知らなかったのかい?我が兄上と丕以外にもそなたの兄がいたって事を)
(ええ)
(そうか…父上は弟達には話してなかったのか…)
(どういう事なんですか?)
(実はな。私は、学問は好きだったが体が弱くてな。何とか子をもうける事はできたんだが、父上が董卓を倒すべく挙兵した頃に病に倒れて…そのまま死んでしまったのだ)
(子を…?そういえば、同年の潜が、実は甥だと聞いた覚えがありますが…まさか)
(そう。私の子だ)
(しかし、なぜ私が死のうとするこの時に兄上が…?)
(人には、魂と魄というものがあるという。知ってるかい?)
(ええ。しかし、それがどうかしたのですか?)
(どうやら、私とそなたの魄は同じものの様だ。ほら、時々、読んだ事も無い書物の一節が浮かんではこなかったかい?あれは、私が読んでたものなんだよ)
(それでですか。道理で…。しかし、魂は死ぬと体から抜けるけど、魄は体に留まると聞きましたが…)
(そうでもないぞ。…そなた、白馬寺で支淵という男に会っただろう。覚えてるかい?)
(ああ、あの浮図の教えを説いてる男ですか。ええ。二、三言葉を交わした事はありますが…特に浮図の教えについては聞きませんでしたねぇ…)
(浮図の教えでは、なんでも、魂魄は車輪の如くぐるぐるとこの世界を巡っているという事だ。輪廻転生って言ったかな)
(車輪の如く、ですか)
(そう。私の体から離れた魄は、そのまま懐胎していた卞氏の中に入っていった)
(それが…私という事ですか)
(そう。そなたも長生きできなかったという事は、ひょっとしたら我らの魄は短命なのかも知れんな)
(かも知れませんね。でも、私にはそれほど悔いはありませんよ)
(そうか。それは良かった)
(しかし…不思議なものですね)
(何がだい?)
(同じ魄なのに、兄上は学問を、私は武芸を好んだ。全く向きが違いますよ)
(ふふ、確かにな。しかし、二人合わせても父上には及ばなかった)
(でも、いいではありませんか。父上は『非常の人』。そもそも、我らが及ぶ方ではありませんよ。どちらか片方でも父上に近づき、一部は優りさえした。それで十分ではありませんか)
(いい事を言うな。さぁて…そろそろ、次の命に向かうか。次は人かどうかはまだ分からんがな)
(そうだ、一つ楷達に言っておかないと)
(何をだい?)
(私の諡ですよ。一つ「これを」ってのがあるんで、希望を言っておかないと)
(そうか。早くしろよ)
(ええ)
「皆の者…」
「おお、殿下の意識が戻られたぞ!」
「いや…おれはもう死ぬ…。最後に、一つ頼みがある…」
「父上、それは…」
「おれの諡だが…陛下が否とおっしゃらなければ、『威』としてくれ」
「わ、分かりました!」
「うむ…」
黄初四(223)年六月甲戌(17)日、任城王・曹彰、薨去。諡は「威王」。
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