下
短編(?)です。
6:左平(仮名) 2005/01/02(日) 01:24AAS
「どうだ。このあたりの的を射てみるか」
「はい。ところで、どこを狙えばいいんですか?」
「まぁ、的の中心だな。矢を放てるからといって、狙ったところに放てん事には意味が無いからな」
「え−と…」
「おいおい、的の中心が分からんのか?しょうがないな。今回限りだぞ」
「じゃ、いきますね−」
「よし、いけ」
(おれに気遣ってか、的の中心に墨を塗ってくださった。兄上は『小さい点を描いただけだ』とおっしゃってたが…気のせいか、おれには大きく見えた。おかげで、狙いが付けやすくなったなぁ)
(『荘子・田子方篇』にいう。『列禦寇、伯昏無人の為に射る。これを引きて盈貫し、杯水を其の肘の上に措く。これを発するに、適矢は復沓し、方矢は複寓す』…理想は「不射之射」だが我らには「射之射」で足る…ゆえに、この時の列禦寇の姿を模するべし…。なぜだろうか。そういえばあの時、こんな言葉が頭をよぎったな。『荘子』なんて読んだ事もないから本当かどうかも分からんのに。ともかく、その言葉どおりに弦を引き絞って矢を放った…)
「えいっ!」
(…矢は、見事に的の中心に当たった。後で考えると、この時、実にいい姿勢で射たんだよな。あれがなければ、おれは武人にもなれなかったかも知れん。そう思うと、ほんと、よく当たってくれたもんだよ)
「すごいな、彰。そなた、ひょっとたら弓の名手になれるかも知れんぞ」
「そうですか?それは褒め過ぎでしょ」
「いや、分からんぞ。これからどんどん鍛えれば、あるいは…。そうなってくれれば、私も、そなたの兄として誇れるというもんだ」
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