短編(?)です。
4:左平(仮名) 2005/01/02(日) 01:22AAS
「どうした、彰。めずらしく考え事か」
「もう、兄上まで。『めずらしく』はないでしょう。わたしだって考え事の一つもしますよ」
「なんだ、私より先に何か言われてたのか」
「ええ、さっき、長兄に言われたんですよ。『何か一つでもいいから打ち込んでみろよ』って。何がいいんでしょうか」
「何、と言われてもなぁ。私は一通りやってるから、そんな事なぞ考えもしなかったが」
「ひ、一通りですか。長兄は『父上はそこまでは求められんだろう』っておっしゃってましたけど…」
省23
5:左平(仮名) 2005/01/02(日) 01:23AAS
三、

(ともかくおれには、おとなしく書物を読むという選択肢はなかった。武芸しか選びようがなかったってわけだな)

「それでは、武芸を学びたいと思います」
「武芸か。となると、射術、馬術、それに撃剣といったところだな」
省27
6:左平(仮名) 2005/01/02(日) 01:24AAS
「どうだ。このあたりの的を射てみるか」
「はい。ところで、どこを狙えばいいんですか?」
「まぁ、的の中心だな。矢を放てるからといって、狙ったところに放てん事には意味が無いからな」
「え−と…」
「おいおい、的の中心が分からんのか?しょうがないな。今回限りだぞ」
「じゃ、いきますね−」
省18
7:左平(仮名) 2005/01/02(日) 01:24AAS
四、

(兄上に褒められるなんて、そうそうある事じゃなかったからな。おれは嬉しくて、毎日飽きることなく射術の鍛錬にいそしんだ。もちろん、騎射の鍛錬にも励んだ。こう言うと我褒めになるが、武術については、おれも兄上並に早々と体得した。あの頃は、本当、楽しかった…しかし…)

−建安二(197)年、長兄・昂、討死。ほどなく、昂の養母で正室の丁氏が離縁された。それに伴い、側室だった卞氏が正室となり、次兄の丕が嫡男になった−

省15
8:左平(仮名)2005/01/02(日) 01:25AAS
「父上、お呼びですか」
「おお、彰か。入れ」
「はい、では」
「なに、そうかたい話ではない。…そなたの武術の腕前は相当なものというが、自分ではどの程度だと想う?」
「はぁ…。我流としてはなかなかだと想いますが、実践の機会がなかなかありませんから、何とも…」
「そうか。まだまだ鍛えなければというところか」
省28
9:左平(仮名) 2005/01/02(日) 01:26AAS
五、

「若殿、どうぞおかけ下され」
「はい」
「まずは、そのご尊顔をとくと拝見しとうございます。…それにしても、漢人には稀なお姿でございますな」
「そうですか?鏡を見たこともあるけど、そんなに変わってるとは思いませんが」
省27
10:左平(仮名) 2005/01/02(日) 01:26AAS
「私ですか?私は匈奴の出ですが、別に特別な者ではございません」
「匈奴には私の様な者が多いのですか」
「いえ、特に多いというわけではございません。たまたま、私がその様な者を見知っていたというだけの事です」
「その者はどの様な者だったのですか?」
「今、私が申しました通り、その者は眼が弱うございましたので、武術は不得手でございました」
「それは、体躯とは無関係に?」
省23
11:左平(仮名)2005/01/02(日) 20:18AAS
六、

「幾多の戦場を駆ける中で、私なりに気付いた事があります」
「それは、どの様な事でしょうか?」
「ごく簡単に申しますと…将たる者には『威』と『徳』とが必要だという事です」
「『威』と『徳』ですか。詳しく教えてくださいませんか」
省27
12:左平(仮名) 2005/01/02(日) 20:19AAS
「では、『徳』というのは?」
「ありていに申せば、『この将に従えば戦いに勝ち、生還できるかどうか。そして、褒賞にあずかる事ができるかどうか』という事です」
「戦いに勝てるかどうかというのは、結局はその将器に帰するものではありませんか?」
「そうですね。その通りです。ただ、私の申し上げます『徳』というのは、単に兵略の才のみを指すのではありません」
「と言いますと?」
「なるほど、『威』と兵略の才をもってすれば、眼前の戦いに勝つ事はできましょう。しかし、それが戦いの全てではございません」
省17
13:左平(仮名) 2005/01/02(日) 20:20AAS
七、

(おれが将たる事を意識し始めたのは、この時だったのかも知れない。考えてみれば、父上の子である以上、一介の武人というだけでは済まないからな)

冒突の話を聞いた彰は、しばらく考え込んだ。父にはなく、自分にはあるこの武勇を、いかにして『威』に転ずるか。また、どうすれば『徳』を得られるか。
それには、更なる鍛錬と経験を積むしかないというのは分かった。その為には、今後、従軍できる機会を無駄なくおのれの血肉とせねばなるまい。また、より一層武術を磨き、誰からも侮りを受けない、揺るぎないものにする必要もある。
省17
1-AA