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そんなこんなで、呉越連合たるSOS団が着々とそのメンバーを増強しつつあるその間にも、既に北のかた長江上では、激烈な戦闘が開始されている。
タイミングで言えば、華 さんが諸葛瑾さんをつれてくるよりも前から、建業城を発した劉 軍は、廬江まで進出している袁術軍の別動部隊(孫策軍)や、袁術軍の濡須駐留軍と艦隊戦を繰り広げているのである。

この季節、長江下流域の川幅は呆れるほどに広く、日本で言えば軽く瀬戸内海を挟んだ本州と四国程度には懸け離れていて、対岸が見えないとかそういうレベルではない。
そんな、四方に水平線を望むような大河での艦隊戦だ。
開戦一月余――。
廬江にほど近い皖口港、濡須口港を巡って、双方が火矢を交えた猛烈な矢戦を繰り広げ、長江上が一時火の海になるほどの激戦になっているという。
ハルヒ:…いよいよね!
報告を受けたハルヒは、鼻息も荒くガッツポーズだ。
前も言ったが、劉 さんはこの時点で立派にSOS団の同盟者であり、我々は盟友が負った戦禍を悼み、ただちに共通の敵である袁術勢力を排除すべく、劉 軍と連合するべきなのである。
ハルヒ:もちろん、同じ江東に住まう為政者として、あたしも遺憾の意を表せざるを得ないわ!
などと、心の底から嬉しそうに叫ぶ。
ハルヒ:遺憾の意! みくるちゃん、これ便利な言葉よね! いっぺんこれ言ってみたかったのよね!
朝比奈:はぁ…。
古 泉:劉 軍は意外に善戦し、戦況は全体的に孫策軍優位で一進一退であるそうです。
ハルヒ:なにチンタラやってるのよ、とっとと全滅しちゃいなさいよ、劉 軍!もちろん孫策軍もね!
こんな悪質な盟友を背中に控えつつも、正面の勇敵と開戦せざるを得なかった劉 さんには、心から同情申し上げたい。
ハルヒ:さ!古泉くん!我が軍の大戦略を皆に示してちょうだい!
進み出た古泉が指揮鞭をのばし、巨大な江東の地図を差しつつ、SOS団の戦略を述べ始める。
その悪辣な内容たるや、長門以外の一同の表情を曇らせるに十分なものだった。
…要するに、俺たちはは劉 軍を支援するという名目で、建業に近い曲阿の港を制圧し、そこを前進基地とする。そして建業の兵力が空になるや、劉 勢力との同盟を破棄し、曲阿から一挙に建業を攻め滅ぼす――というのである。
ハルヒ:どう!? この電撃戦(プリッツクリーク)は! この作戦に必要なのは、一に神速、二に神速! 事変に気づいた劉 軍が引き返してくるよりも早く、雷霆の如く建業を攻略・占拠する必要があるのよ!
以前似たような作戦を目の当たりにしている古参メンバーは、もう馴れたと言うより一種の諦観をもって、得意げに語るハルヒの下知を大人しく聞いているが、さすがに新参のメンバーにとって、これは聞き捨てならない内容であったようだ。
諸葛瑾:府君、それでは劉揚州にとって酷ではありますまいか。それに天下へ対し、府君の御名にも障りがありましょう。何より、あまりに義に悖るものと存じます。
宰相集団※の中では最も若く、最も新参な諸葛瑾さんが、敢えて面を冒してハルヒに直諫する。
こういう風に自分の構想に舞い上がっている状態のハルヒが、この種の良識的な意見に首肯を与えた事は皆無である。
しかし、だ。
このとき、ハルヒは何故か得心したように頷いて、にんまりと頬笑んで見せたのである。
ハルヒ:諸葛瑾さんの言う事ももっともだわ。じゃあ、この戦争は止めるわね。
笑顔のままで、そう言った。
諸葛瑾:……。
虚をつかれたのか、一瞬息を呑む諸葛瑾さん。俺たちだって同じだ。
ハルヒ:――なんてあたしが言い出したとして、よ。その後どうなるか、解る?諸葛瑾さん。
顔に貼り付けた笑顔とは裏腹に、その問いかけの声にいつもの煥発さは無く、そしてそれが諸葛瑾さんだけに対してのものではないという事は、何となく解る。
腕組みするハルヒは、辛抱強く諸葛瑾さんの返答を待っているようだ。
諸葛瑾:…劉揚州には、孫策・袁術の輩に拮抗するほどの武略は無く、ほどなく孫策に敗れ、建業は袁術の勢力下に落ちるでしょう。
ハルヒ:その後は?
諸葛瑾:さらに孫策は、本貫であるこの呉、そして越を制圧しようと試みるでしょう。
諸葛瑾さんはそこまで言ったところで、論旨に気づいたか、深々とハルヒへ頭を垂れた。
ハルヒ:そうよね。結局は同じなわけなのよ。…そりゃ、地方の平和を考えるだけなら、テキトーに劉 さんの支援をしていればいいけど、いつまでそれで保つと思う?バックに敵の大将の大軍が控えているのを相手に。
いつの間にか外していた腕章をくるくる指先で回していたハルヒは、まだ諸葛瑾さんを許す気がないのか、しつこく問を重ねる。
ハルヒ:諸葛瑾さん。あたしたちはどうすればいい? 劉 さんは倒れ、目の前に孫策軍、袁術軍が迫ってきているわ。無防備マンに頼んで降伏する?
諸葛瑾:……。
ハルヒ:――ああ、そうすれば無血で袁術領に組み込んで貰えるかも。おまけに降伏の功でもって、また郡の役人とかに取り立てて貰えるかもしれないわね!?
意図してだろうが、ハルヒの言い様は底意地が悪い。
見れば、諸葛瑾さんは耳元まで紅潮している。それが羞恥によるものか発憤によるものかは解らんが。
と――たまりかねたか、諸葛瑾さんは深々とハルヒへ拝拱し、前言を翻した。
諸葛瑾:――浅慮でした。己の未熟を思い知りました。小義を知り大義を知らず、小義を高うして矜持を棄てる。目先の正義を弄して、ついに己の矜持さえ守れぬところでした。
小難しい言い回しだが、要するにこうだ、――自分は目の前の名分に気を取られて、先々の大略を見失い、ついに己の誇りも捨てて袁術に従うという負け組人生を送るところでした――と。
見ると、どうやら本気で打ちのめされているらしく、伝説通りの縦長い顔を振るわせ、目に涙を湛えて切歯している。
ああ、また董襲さんに引き続いて、ハルヒの口車に乗せられた犠牲者が。
なまじ頭がよいだけに、諸葛瑾さんは持論の僅かな綻びに自ら気づいてしまったのだ。どう考えてもハルヒの詐略のほうが穴だらけなのだが、諸葛瑾さんは過分に小義と大義の軽重に拘ってしまったらしい。
ハルヒ:解ればいいのよっ
ハルヒは満足げに言い放つと、一同を見渡した。
ハルヒ:諸葛瑾さんは、あたしに良い進言をしてくれたわ。――でも、今はみんな知っての通り、右を向けば左から、左を向けば右から、下を向けば四方から殴り掛かられる戦乱の世よ。明日の大義の為に、今日の小義を棄てなさい!一日でも早くこの乱世を終わらせる為に、みんな、迷わずあたしに協力しなさい!
そう言い放つや、ハルヒはいつものようにびしっと、北西の方を指さした。
ハルヒ:目指すは、曲阿! そして建業よ――!
こうして超太守の号令一下、俺たちの建業詐取作戦が開始されたのである。
――俺を含め、呉のほぼ全兵力にあたる約3万の大軍は、一直線に曲阿県へ浸透し、すばやく城庁と港湾を占拠した。
ほとんど抵抗らしい抵抗もなく、形としては、無血開城というより単なる軍の移動だ。
呉越軍動く――の報は、むろん建業の劉 陣営にも届けられていたに違いない。
が、建業の反応は、無、だった。
無理もない。ひとたび袁術派の守将を追い払って※劉 さんが勢力圏におさめたとはいえ、曲阿県は制度上なお呉郡に所属し、いわば呉郡太守ハルヒの正当な縄張りでもあるのだ。ゆえに、劉 さんもことさら軍を派遣したりせず、一種の緩衝地帯として、空白地帯にしていたのだろう。
このたび、同盟国であるハルヒがそこへ軍を移動させたところで、抗議する名分はない。
おまけに、劉 軍はいよいよ袁術軍と泥沼の消耗戦に突入し、一万、また一万、と次から次へと大兵力を長江上に展開させている。後背の動きに、対応できるものではなかった。
ハルヒ:さて、橋頭堡もこうやって確保できたし、いよいよ作戦第二段階ねっ
曲阿の政庁を接収するや否や、ハルヒは古泉を顧みた。古泉は軽く頷くと、一同へかねて告知のあったとおりの作戦を述べた。
古 泉:――現在、建業の兵力は1万余。建業城の防衛能力は高く、このまま攻め入っても、まず相当の損害を覚悟せねばならないでしょう。ゆえに、今しばらくこの曲阿城で戦況を見定めます。
見定めるったて、いつまで待つんだ。こんなちっさい港町に、いつまでも大軍は駐留できないぞ。
古 泉:おそらく、あと二ヶ月も経たないうちに、次の兵力が派遣されるでしょう。チャンスは、その一瞬です。
などと言っているあいだにも季節が過ぎ、収穫の秋・7月が訪れ――
――劉備軍来襲
というとんでもないニュースが、もたらされたのである。
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