唯一つの命~建寧の政変【第二話】

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「――大将軍が、御起ちあそばしたか」

 義真は、深夜の騒擾に跳ね起きるや、枕頭の剣を掴んで、まず天へ快哉をとなえた。

 

 若いぶん、かれは叔父よりも眠りが深く、戦気に触れる機会も少ないため、かなり起き遅れた。今すこし早ければ、院子を音もなく横切る叔父の密偵を最初に見とがめていたであろう。

 義真は、禁中の様子を知らぬ。――知らぬが、かれは大将軍竇武が近々に義軍を興すものと心の底から信じており、及ばずながら戦列の端を拝借したい、と常々強烈に思っていた。故に、この夜の騒乱こそが、まさに天朝惟新の快挙であると即断したのである。

「――酈!酈はそばにいるか」

 義真が大声で呼ばわると、隣室に就寝していた少年が、勢いよく跳ね起きたらしい気配がした。


 *******



 ところで、皇甫義真という青年が歴史に名を顕した歳は、正確にはわかっていない。

 この、後漢王朝の爛熟期と云うべき“桓霊の間”に忽然と出現し、後に倒壊寸前の王朝を建て直すべく奔走し続けた名元帥は、建寧の頃、なお処士とでもいうべき立場にあった。

 叔父がよく嘆いていたように、壮齢といってよい歳になって、なお無位無官の身を実家に養うのは、恥ずべき仕儀ではある。


 しかし――二十歳にして孝廉に挙げられ、中央で郎官となり、数年後に地方へ県令として赴任。そのくらいの歳に父か母の喪に遭い、官を辞して下野。中央からの招聘を断り続けつつも、裏では天下の豪傑と交わって国家を談じ、風雲に乗じる機会を待つ――と、実はかれは漢末に群がり出た英雄の多くと似通った青雲を経ている。

 これはいわば当時のエリートコースといってよく、義真もまた、えらんでその途を歩いていたのであろう。

 

「今より大将軍を扶け参らせる。わが剣を磨き続けたのは、まさにこの日のためだ」

 義真は剣環の提げ金を鳴らしつつ、少年へ語った。

 少年は、従者の如く甲斐甲斐しく、義真の髻を結っている。義真の族弟のひとりで、皇甫酈という。このとしで十五になる。

 当時、十四歳までは幼童とよばれる社会の被保護者であり、師について学を授けられ、礼楽に励むのが士大夫の師弟の常だ。十五歳にもなると、私塾あるいは太学へすすみ、一人前の官吏予備軍としての途を歩みはじめる。

 ところがこの皇甫酈は、族父である皇甫嵩に心服すること甚だしく、いまだに義真の身の回りから離れようとせぬ。これには義真も、家長である皇甫規も呆れ、ずいぶんと骨を折って引き剥がそうとしたのだが、最近は諦めて好きなようにさせているのであった。

「族父(おじ)上には、この日のことまで予見されていたのですか」

 義真の信奉者である酈は、族父から常々天下の趨勢を教授されている。さすがに昂奮した容子を隠しきれぬ容子で族父に問うた。

「予見していたのは、天だ。――この月、太白(金星)が西方の房宿と交錯し、上将星を犯した。これは文字通り将相を利せぬ兆しだ。すなわち君側に奸人が侍り、宮門当に閉ざすべし、と詠む」

 義真が天文をつまびらかにすると、酈は不安そうに声を低くした。

「…それは、不吉なのではありませんか。大将軍に利せぬ占がありながら、敢えてこの月に挑むのは」

「それは違うな、酈よ」

 義真はこんなときでも、この利発な少年を教育しようとしている。

「ただ吉凶を占い、その結果で一喜一憂するだけでは、世に占学など必要ない。男子は、凶兆を得ればこそ、その禍を悪み、それを覆すために働くものだ」

 義真は常にそう思っていた。世人が凶兆の事毎にアレ忌マワシと嘆き悲しむ風が、彼は不思議でならなかった。凶事が起こるとわかっているならば、それに備えることができるではないか。それを踏破することさえ、男子ならば試みるべきだ。

「あっ――合点がゆきました」

 またひとつ、族父から感銘をうけたらしく、酈少年は目を輝かせた。こういう反応がいちいち初々しいから、義真もこの少年を手放す機会を逸してきたといってよい。――ちなみに酈はこの調子で薫陶をうけ続け、小皇甫嵩ともいうべき義胆の姿に成人し、李の刺客さえその忠烈を憚って剣を引くというほどの男として後に名を残す。

「大将軍の竇氏は、清流三君の一人で、天下の輿望を統べられる英雄だ。凶兆をむしろ機と見、事を興されるのはむしろこの月以外に無いと思った」

 かれの読みは深い。

 じつはこの月の初め、その天文の異変は大将軍竇武に報され、まさにそれがため決起に繋がったのである。報したのは天文をよく詠む侍中・劉瑜で、かれの速報が竇武を促し、ただちに志を同じくする太傅の陳蕃へも書状が廻されたという。

 これが、わずか数日前のことである。このまでの義真の読みは、実に正確であった。

「――酈よ、汝はここで待て」

 衣冠を整え終わった義真は、家長である叔父の元へ討ち入りの人数を借りるべく、談判へ向かった。


 ********



 大皇甫たる規は、やはりすでに起床していた。

 義真は、先ほどから梁上でしきりに動き回る気配を察している。叔父はすこし前から事変を悟り、方々へ手飼いの密偵を放っているに違いない、と踏んでいる。

 剣把を握りしめ、広壮な回廊を足音高く歩いているうちに、義真はだんだん腹が立ってきた。

 涼州十万の軍馬を意のままに操ることの出来る老英雄が、遠弓も届くかという距離で勃発している戦に出向きもせず、こそこそと寝室で諜報をしているというのだ。天下に対し、何という怠慢であるか。

「叔父上!お起きならば、何故に嵩をお呼びくださらぬ!」

 家令らを振り払って叔父の室へ足を踏み入れると、わざと礼をせずに詰問した。

「嵩や、そのいでたちは何ぞ!?」

 叔父は、義真の血相よりも、その装束に驚いたらしい。つまりは、自ら戦地へでむくという心算がはなから無いということだ。

 日頃沈毅であるはずの義真だが、つい嚇っとなった。

「何をすくたれておられるか」

 敬愛する叔父を、義真はいきなり面罵した。武人に対して卑怯と云うのだ。云った瞬間にしまった、と思ったが、一度出したことばは引っ込まぬ。

 実子でもその場で斬られて当然とも云うべき失言であったが、叔父の反応は、嵩の想像とは違っていた。

 叔父は、苦笑を浮かべ、八月の暑気を払うための扇を義真の足下へ投げてよこした。熱を冷ませという揶揄であろう。

 ますます、義真は叔父の老練さが気に食わぬ。

「いましがた、叔父上の細作が密かに屋敷を出てゆくところを見つけました。叔父上は居ながらにして、事の趨勢をご存じでいらっしゃる。にもかかわらず、この場で傍観されようとしている」

 傍観することが、この世の全ての悪だと云わんばかりの語気で、義真は叔父をにらみつけた。

「状況が解らねば動けぬ。軍事と同じぞ」

 叔父は表情を消して、静かにこたえた。

「――のう、嵩よ。若い汝が猛るのも無理ないが、所詮はいつもの宦者と外戚の政争に過ぎぬ。こんなことで命を賭してよいものではないよ」

 叔父は、諄々と後漢の政争史をひもといて、甥の説得を試みている。


 ――後漢王朝は、光武帝の代から十二代今上にいたるまで、対外的にはそう大過なく運営されてきた。 

 が、その中枢は穏やかな外観と比べ、悲惨なものであった。

 まず、皇帝が不在である。

 大権を司るべき皇帝が、多くの場合、存在しなかった。

 ならば宮中の主は何者か、といえば、皇帝と呼ばれる童子の母親、つまり皇太后が、まさにそれであった。太后による臨朝称政が、末期の後漢王朝での悪しき慣習であった。

 絶対者が皇帝ではなく太后であるということは、その輔弼の顔ぶれがまるで違うと云うことだ。

 清濁いずれにせよ、皇帝の側近は大臣と官僚が占めるものだが、太后の側近となると、そういうわけにはいかない。ふつう皇室の女は臣下の前に姿を現さず、せいぜいわが近親者か、後宮の小間使いたちを通じてしか、意思を臣民に知らしめることしかできぬ。

 必然的に、宮中の大権を左右するのは、皇后の近親者すなわち外戚と、後宮の小間使いすなわち宦官のいずれかであった。

 そこには、天下万民のための政治、などというものは介在せぬ。あるのは、宮廷から一歩も外へ出たこともないような狭窄した世界観しか持たぬ、つまらぬ連中たちの利権争いのみである。

 後漢の政治とは、常に宦官と外戚の闘争の結果でしかなかった。

「それは違います、叔父上」 

 と、皇甫規が結論を口にした途端、義真は即座に遮った。

 叔父の言は、いわば一般論だ。常ならば、そうであろう。が、この度は違う、と義真はここ数ヶ月間の遊学のあいだに、肌で感じている。政治活動を禁止され、公職を追放されている清流派の元官僚たちや、太学に集う数万という諸生らと交わり、天下国家を語っているうちに、義真はその熱気に胸を打たれた。


 今日で云えば、それは大々的な政治ブームというべきだろう。彼らは広大な天下にあまねく地下茎を張り巡らせ、清流派とよばれるあらゆる名士を格付けし、それぞれを称号で呼び合い、月ごとに変わるその序列に興奮していた。ことに清流三君とよばれる筆頭格の三人の名士は、ほとんど神々のような扱いである。

 入京してからは屋敷で頻々たる来客に会合し、酒宴に逐われるだけの叔父は、都にみなぎるその熱気を知らぬ、と義真は本気で思っていた。

「叔父上、竇大将軍は世の常の外戚とは違います。大将軍には、世を匡す正義がある。腐者を悉く宮廷から一掃し、あらたな政治を興すおつもりです」

 これを大義といわず、何というのか。義真は叔父を啓蒙しようとさえ思った。

 ところが叔父は、甚だ意気無くはぐらかした。


「若いな。嵩よ、汝はまだ若いわ」

「若い、とは」

「なるほど竇氏は外戚にしては勇武の質であるし、余はそれを何よりも尊敬する。英明の誉れも高く、人柄も爽やかである。が、彼がこれまで何をやってきたか、嵩よ、指折り数え上げてみよ」

 意外な、叔父の言であった。

 竇武が大将軍として行ったこと――。

 云われてみて、義真は困惑した。天下の三君よ、名士の筆頭よ、と世情が騒ぐのに付して、知らず義真も当然の如く竇武をいわば革命の盟主として仰ぎ見ていたわけだが、考えてみると、その事跡はどうであろう。

 彼は一族が外戚ゆえに驕するのを好まず、たとえば甥である竇紹なる青年が一族の威を誇ったとき、こっぴどく彼を罰し、自ら位階を返上して野へ下がろうとした経歴がある。これには叱られた竇紹にも堪えたらしく、以後恭謙に勤務するようになったと云う。

 こういう謹直な竇武ではあるが、それでもどこぞの田舎皇族から傀儡にふさわしい凡愚な幼児を皇帝に引き上げ、自ら朝廷に臨んでいる。

「つまりは、やっていることは他と同じだ」

 叔父は、断言した。

 義真は、咄嗟に云い返せぬ。

 歯ぎしりをして、叔父を睨みつけるだけであった。


 ********

 


 皇甫規は、心中深くため息をついた。

 歯ぎしりしたいのは、余の方である、と怒鳴りたいほどであった。

 かれは政治上の姿勢も信条もすべて竇武と合致しており、皇甫嵩の何十倍もその人物に近しい。

 ほんの数年前、都を中心に党錮の禍が吹き荒れたおり、ただ皇甫規のみが勇名を惜しまれて禁錮刑から除かれたことがあった。そのとき皇甫規は老いた顔に血気を上せて、我も党人なり、我を禁錮せよ、とすすんで宮中へ談判しにいった程の、生粋の清流派人士を自認していた。

 今年、かれが洛陽に入って繰り広げてきた酒宴は、すべて清流派人士の復権を試みる政治活動の一環であり、血盟こそなけれ、すでに陳蕃・竇武らの同志でもあった。


 ――その自分がどのような気持ちで、屋敷を動かぬか。誰よりも行かせたい甥を止めているか。

 嵩には心眼をもって、そのあたりの機微がわかる武人になって欲しい。

 皇甫規はそう願いつつ、甥を説得していた。

 が、話が妙な方へ流れ出した。すでに大将軍の勝機は失われた、という諜報を甥に伝えたあたりだった。

「禁中の近衛兵は、ことごとく宦官の威に従ったようだ。北営の歩兵では数で負ける」

 事実である。

 この夜、先手をうったのは宦官の方で、竇武は命からがら大将軍府を脱出した、というのが正しい。

 宦官は皇帝の身柄を擁し、玉璽を掌中におさめている。つまり公文書を発行する機能を掌握しているわけで、禁中はおろか、諸侯の兵力を動員する事も可能なのだ。

 勅を掲げた宦官は、万に届く禁裏の歩兵軍団を幾手に分け、宮門の悉くを封鎖し、一手をもって竇武が逃げ込んだ北営の駐屯所を包囲している、というのが現状である。

 つまり、行けば死ぬ――


 それを聞いた皇甫規の愛甥は、むしろからりとした表情さえ浮かべ、剣環を音高く鳴らした。

「然からば、赴くべし」

 壮気である。

(おお――)

 甥は、叔父の前で死にに赴く、と断言した。兄の皇甫節がこの場におれば、皇甫規は喜んで甥の壮気を報告したに違いない。

 しかし内心で感動しつつも、皇甫規は甥を止めねばならなかった。

 皇甫嵩は今すぐに死んでよい漢ではなく、死に場所はもっと後、もっと相応しい場があるはずであった。

 ところが、皇甫嵩には、目の前の戦場しか見えていない。

「私がゆくことで、ほんの少しでも大将軍に利することがあれるならば、私が行って、死んで参ります」

「あほうめ」

 みごとに、叔父と甥の見解がすれ違っているのだ。

「思い上がるな、嵩よ。汝が行ったところで、何がどう変わるのか」

「一命を賭せば、何か為すでしょう。わが一命で天下を変え得るならば、それは本望であります」

 ぎょっとした皇甫規は、まじまじと甥の貌をみた。

 思った通り、甥は満面上気し、鼻腔の吐息も猛々しく、瞳孔もくろぐろとひらいている。

 かれは戦場で何度もこういう眸を見てきた。自分の言葉に酔い、自分の壮気に中てられ、陶酔のなかで死んでゆく志願兵の眸であった。


 ――嵩が、死ぬ。


 咄嗟に、皇甫規は鯨鞭で甥の頬を撲った。

「慮外者めが!」 

 甥はよろめいた。

「汝が都城の端っこで誰のものとも知れぬ箭で射殺されたところで、天下は変わらず、大将軍の命運も変わらぬわ!」

 皇甫規は戦場での音声で大喝した。数里四方の戦場を指揮する怒声だ。誇張抜きで、洛陽中に響いたに違いない。

 驚きのあまり、一瞬正気にもどったらしい皇甫嵩へ、皇甫規はさらに畳みかけた。

「もし汝に天下を換える気概があるならば、何故これまで三公の辟召に応じなんだか!」

 これこそ、皇甫嵩の痛いところであった。風雲をまつ、といえば聞こえがよいが、ようするに浪人している皇甫嵩にとっては、この種の弾劾ほど痛いものはない。

「汝には天下を経倫する才があると思うておったが、書よ剣よとかまけおって、その場の気分でしか天下を動かした気になれぬ、くだらぬ諸生になりさがったことよ」

「叔父上…!」

 ようやく、皇甫嵩が反論しかける。

 が、皇甫規はそれを許さなかった。諸生の自己陶酔の果てで死なれてはならぬ、と思った。

「悔しいか。悔しくば、血を吐くほどに実務し、人事の軋轢で魂を摩耗し、戦場で歩卒の血漿にまみれ、体当たりで天下のなんたるかを知ってから、同じ事を儂の前に言いに来るがよい」

「…………。」

 血を吐くような気持ちで、皇甫規は愛甥を虐待し、壮気を拉いだ。打擲よりも、若さを嗤われた方が、皇甫嵩には堪えたに違いなかった。


「何を突っ立っておるか。もうよい、下がれ」

 不機嫌に、皇甫規は云った。

 

 *********



 それからわずか四半刻ほど後。

 皇甫家に長く仕える家令のひとりが、あわただしく皇甫規の寝室に駆け込んできた。

「わが公、いま若君が、宿衛をあざむき、酈様ともども御出奔あそばしました」

「あやつらめ!」

 皇甫規は舌打ちした。かれは愛甥の若さの方向性を見誤ったのだ。

「すぐさま、追っ手をかけよ。しかし宮城にみだりに近づいてはならぬ」

「直ちに。…ところで、若様は公の御剣をお持ちでしたが」

「何っ。儂の剣を」

「は――」

 皇甫規はもういちど舌打ちをして、あれはなかなかの業物ゆえ、嵩を守ればよいが、と呟いた。



 白い髭の下で、少しだけ微笑んだ。

 …嵩め、儂の名代を気取るか。

 老人には老人の、壮者には壮者の天下があるのだろう。叔父にこっぴどく論破された皇甫嵩は、悄気て引き下がるのではなく、異質の天下というものを叔父に見せつけるため、敢えて飛び出したのだ。

 ――あと一刻もすれば、東の空が白み始めるであろう。

 皇甫規の見立てでは、おそらく黎明が境目になる。そのとき優勢である方が勝つ。

もはや今の段階で、皇甫嵩が孤剣で為し得ることなど何一つとして無いであろうが、それでも何かを見つけ、何かを変えるために飛び出した皇甫嵩が、何も為さずに戻ってくるはずはない。

「嵩よ、汝の剣は、蒼天に届くか、否か」

 皇甫規は呟いた。 

 まだ空は暗い。

 きょうは長い一日になりそうであった。

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