2009.09.07

唯一つの命~建寧の政変【第三話】

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 建寧元年とは、云うまでもなく劉宏すなわち霊帝が即位した年である。

 このとき、所謂「三国志」の英雄たちの多くは、まだ児童であった。

 後の大外戚にして魏王たる曹操は、霊帝より一ツ上の十三歳。江南に長く割拠する孫権の父・孫堅は、十二歳。巴蜀に武装勢力を築く劉備は、まだ七ツの洟垂れでしかなかった。

 

 ――党錮の禁、という事件があったのは、わずか二年前のことだ。

 党人の悉くが、官職を剥がれ、官界から一斉に追放された事件である。党人とは、私党を為して世間を騒がす野党員、というていどの意味だが、この場合、いわゆる清流派、すなわち儒の流れをくむ知識人や、官僚、法官の類を指す。

 それより以前、後漢王朝は、宦官たちの弊害が猛威を振るっていた。

 それは政治腐敗などという生やさしいものではなく、ほとんど暴政・圧政の類といってよい惨状であり、心ある者も心ない者も、とにかく宦官どもをみなごろしにしたくて仕方がないほどの憎悪を抱いていた。

 宦官らは、宮中から一歩も出たことのないような連中ばかりだが、一種の政治生命体というべき存在でもあり、その種の怨嗟や機運を察する能力があった。

 彼らは結託して、己の利権を護るために皇帝を利用した。

 皇帝こそ、宦官らの甲高い声を通してしか世間というものを知らず、宦官の云うことはすべてが真実だと信じ込んでいる。宦官らは反宦官の急先鋒である清流派を讒した。皇帝の耳元へ、彼らこそ私党を為して帝室に叛する者どもでございまする、と囁きつづけたのだ。

 何も知らぬ皇帝は、激怒した。

 勅はたちどころにくだり、全国の「党人」は、すべて官を罷免され、かわって宦官の息のかかった悪官汚吏の類がその後釜に座ることになった。

 これが、天下を大いに失望させることになった「党錮の禁」である。

 その日以来、暴政はますます酷くなり、地方では餓死せる者が月ごとに数十万を数え、さらに多くの良民が土地を宦官らの荘園として奪われ、流民として戸籍を失うことになった。

 

 そのときの愚帝・桓帝が、ことし崩御した。

 天下は、歓喜した。

 新帝劉宏は、まだ童子であるので、べつだん期待されていなかったが、その幼帝の摂政として臨朝するのが、先帝の后、竇太后だからである。さらに云えば竇太后にも、特に賢夫人としての誉れはなく、何より期待されたのが、その太后の父親である大将軍・竇武の存在であった。

「――竇大将軍ならば」

 という期待は、清流派人士だけでなく、ほとんど天下共通の期待である。

 それは、どう考えても覆りようのない宦官の世から逃避するため、彼らが作り出した虚構に近いものであったが、生真面目な竇武は、出来る限り期待に応えようと日々尽力していた。

 事態は好転していた。

 竇太后と誼のあった元老の陳蕃が、党錮によって官界を追放されていた清流派人士を弁護し始め、彼らの政界復帰を公然と助け始めたのだ。

 天下は驚喜した。竇武と陳蕃、それと清流派の皇族である劉淑をさして「三君」とよび、熱狂的に支持した。

 そして天下はみな、彼らの頂く三君が、正義の刃を宦官らに振るうであろう事を期待したのである。


 …これが建寧元年八月の、この夜までの政局であった。


 ********



 義真は、叔父の皇甫規にこっぴどく叩き出された後、意外なほど冷静に自室へ戻った。

 酈が、心配そうに駆け寄ってくる。あれほどの大声で怒鳴りあったのだから、一部始終を知っているだろう。

 義真は、族弟の聡明そうな貌を見て、人心地ついた気がした。さきほどまで、叔父の烈気に中てられ、水の中の風景を歩いているような心地であったのだ。

「ああ、酈よ。なんじがいてよかった」

 と、だしぬけに族父に云われて、酈はめんくらったようである。

 義真は仄かに笑うと、酈へ云った。

「今日は叔父上に教えられた。なるほど、大丈夫たるもの、一死を軽々に見、出来もしない壮語を弄ぶものではないと思った」

「族父上、それでは――」

 酈は義真の貌を見上げた。族父は、けっきょくこの大事に遭って、傍観者に転じてしまうのか、と。

 ところが、義真はむしろ鋭気を増した表情で笑い、酈へ云った。

「剣をもて、酈。常に戦場で叔父上を護ってきた剣が、堂の階のそばに飾られている。その剣を私に佩かせよ」

「お発ちになるのですか」 

「云うまでもない。出来もしない壮語でなければよいのだ」

「では、ただちに!」

 精悍に笑った義真を見て、酈は眸を輝かせた。この族弟は、兄の神がかった武技を知っているから、かれが戦場のどこかで死ぬかもしれぬ、などとは想像もしていない。ただ兄が、理想を引っ込めて現実に萎縮する姿を見るのが怖かったのである。

 室を飛び出してゆく酈の背を見ながら、義真は思う。

 なるほど、叔父は正しい。――だが、我も正しい。



 ********

 


 義真は衛士をいつわり、酈をともなって表へ出た。酈はどうしてもついてゆくと云って聞かなかったからであるし、酈も自分で自分を守れるほどの武勇はある。

 二人は足音を殺して巷(こみち)を駆け、街(おおみち)へ出た。

 そして、息を呑んだ。

 暁暗の蒼寒い時刻であるというのに、西の空が紅い。

 …それは京城の夜空が、炎上しているような光景であった。

「族父上、これは――」 

 酈が蒼白になっている。

 宮全体が赤々と照らし出され、聳え建つ朱雀關など、まるで閻獄の巨塔の如き異観である。

「なんという人数」

 義真は、あの篝火の環の中で奮戦しているであろう大将軍を思い、思わず呻いた。

 ――洛陽の人民よ、なぜ、起たぬ。大将軍に合力せぬ。

 おめき、鬨、弓鳴りの戦場の雑音が、戸外へ出てからは、ますます大きく聞こえてくる。

「酈よ、私から離れるな。宮兵に見咎められれば命はない」 

 閭門の掖を乗り越え、里を駆け抜けながら、義真はしばしば酈を顧みた。

 当時の都市というものは、例外なく高い城壁によって囲われた城塞都市だ。その中もまた、たかい墻壁と街によって幾つかの里(区画)に分けられ、それぞれが閭門で閉ざされていた。

 皇甫規が洛陽に構えている居館は、そのなかの歩広里にあった。洛陽市街の北東一体にひろがる、宏壮な住宅街である。

 この頃、一部の里を除いて夜間の市街外出は禁じられていた。閭門が閉ざされ、掖には衛兵が立哨し、何人たりともみだりに里から出ることができぬ。だいたい、夜に灯火を点じ、街区を明るくするという風習が無いため、深夜の都は文字通り暗闇の中に沈む。

 ――しかし、この夜はどうであろう。

 閭門に詰めているはずの衛士がおらぬ。彼らは洛陽北部尉の管轄下にあるはずだが、どこへ行ってしまったのだろう。

 そしてふたりが駆け抜ける間にも、すくなくとも十人ほどの士が、不安な顔を巷に並べ、興奮した容子で談義していたし、それぞれの館にある望楼上には、その数倍の人数が居そうであった。

 さすがに灯りをつける館は無かったが、みな、宮中で進行中の闘争の行方を慮って、寝ずに乏しい情報を交換し合っているようだ。


「――竇大将軍、禁裏にて御謀叛とか」


「――いや、近衛軍が先手をうって大将軍府を包囲したらしい」


「なんと。あの夥しい篝火は、大将軍府を囲む人数か」


会話の端々が、ときおり耳へ飛び込んでくる。

やはり、情報が後れているようだ。――大将軍府はすでに陥ち、いまは北営の歩兵校尉部が、禁裏の近衛軍と交戦中なのである。



 

 ********


 永和里の閭門を抜けると、こんどは風景が一変した。

 暗闇の中、完全武装の兵団が、すでに展開しているところであった。数十人といるだろう。

 一瞬、しまった、と思ったが、その兵団の将領に知った顔の青年をみつけた。

「おういっ、袁氏――」

 誰何されるよりさきに、声を掛けた。青年は、義真の貌に気づくと、警戒する部下らを鎮めて、恭しく拝拱の礼をとった。

「皇甫氏、過日のご無沙汰をお赦しください」

 青年は袁紹という。近年来、急速に勢力を拡大している袁家の御曹司のひとりであった。

 袁家は、汝南の名族ではあったが、もともと学者の家系である。数百年の間に多くの門弟を輩出し、かれらが累代栄達する都度、袁家の勢力も自然と拡大し、ついには三公すべてを歴任するという袁湯が出、門閥の基となった。

 袁紹は、その袁湯の孫である。

「袁郎には、何処かへ出陣のご準備か」

 あわただしく双方の無聊を詫び、身の健康を祝した後、義真は袁紹の後輩に控える家兵を見てチラと尋ねた。

「むろん――と申したいところですが」

 袁紹は、残念そうに云った。

「養父がそれを赦してくれませぬ」

「ならば、あの兵は」

「意地、と申しましょうか」 

 若い顔に、いささかの誇りを浮かべて、袁紹は笑った。

 悪い顔ではない――と義真は思う。悪いどころか、袁紹は当時の都女の憧れの的と云ってよい貴公子だ。家学の易経をはじめ五経すべてに通じ、弓馬の術をよく修め、世の傑人と進んで交遊するという、云ってみれば義真と同じ流行に乗るエリートである。

 だが――義真は、淡い失望を覚えていた。

「兵を集めて意地を見せる。が、それで大将軍にご助力できるであろうか」

 袁紹のやっていることは、要するにパフォーマンスであり、天下の趨勢に1毫たりとも寄与しない虚飾であった。これならば、恐怖に震えながらも無理矢理くっついてきている酈少年の方が、億倍も天下に有用といえた。


「…皇甫氏は、私の行いに謬りがあると仰せですか」

 袁紹青年は、美貌をさっと曇らせて、義真を見つめた。眸に、不安がある。

「謬りとは云わぬ。だが、ここで灯りも付けずに鬨の声を挙げたとて、残念ながら宦官の一人も誅(ころ)せぬ。」

「ならば、ご教授賜りたい。――私は何をするべきでしょうか」

「兵を率いて、私についてきて欲しい。兵を動かせぬと云うならば、単身でも構わない。袁氏が帯剣して側に居てくれれば心強い」

 それを聞いて、袁紹は蒼白になった。

「大将軍は、苦境の内にあるといいます。今単身でゆけば、むざと官憲に捕らえられるだけではありませんか」

 ああ、この青年も普通人か――と、義真は早々に説得を断念した。

 いまから義真らが行うのは狂人の仕業であり、普通人ではついてゆくことさえできぬ。袁紹は世に言う傑人に分類されるべきだが、魂の在処は普通人のそれであった。

 かれは英雄になれぬ。時代を先達し風雲を叱咤する英雄とは、能力の高低は措いて、おおよそ狂人に等しい魂を持っているものだ。袁紹が英雄児であれば、たとえば「あら面白や、早速お供いたしましょう」などと正気のたがの外れた事を笑って云うであろう。


 義真が答えぬのをみて、袁紹は不満げに俯いた。

 が、無理もない、と義真は慮った。袁家には、もとより清濁定からぬぶきみさがある。

 そもそも大宦官の袁赦が、同族ではないとは云え、いまの袁家の庇護者的な立場だ。ところがそれに反発する一門の幾名かは、本家の濁流ぶりを名指しで非難し、これ見よがしに清流へ着いている。現在、袁家に対する世間の評価というものは、綺麗に分裂している。

 袁紹は、不幸にも濁流を汲む本家の御曹司であるが、気分はむしろ清流の人士であり、養父である叔父たちを散々に振り回して学生運動を展開するなど、特異的な存在であった。

 濁流の中の小さな清流、と云うべきだろうが、それだけに行動の枠が狭く、どうしても壮語に行動が伴わないのだ。

「――いや、無謀をお願いした。君子は虎と組み討ちせぬ。袁郎が正しかろう」 

 義真が肩の力を抜いて答えると、袁紹はほっとした容子で一礼した。

「袁郎、しかしお願いしたい。もし私とこの酈が生きて戻ってこれるような仕儀にならば、永和里から歩広里の通過に便宜を図って頂けないだろうか」

「おお、それならば喜んでお手伝いするでしょう。もし奸人の一党がここいらを閉塞しようとも、かならずお二人の身柄をお屋敷までお届けいたします」

「それで安心した」

 義真は笑った。袁紹青年にとっては、それが精一杯の行動であり、好意であるに違いない。


 ********



「なんですか、あの袁郎という方は」 

 永和里を抜けてもまだ、酈は憤懣やまぬのか、ぷりぷりと怒っていた。

 年若いじぶんですら、かくの如し――と自らを誇りたい気分もある。それに比べ、あれほどの人数を動かす力がありながら、見送りだけとは。

 一方の義真にも失望はある。が、不快を覚えるほどではないし、たとえ気分だけとはいえああいう青年が門閥の中に興ることは、明るい材料であるようにも思えるのだ。

「酈よ、袁郎を責めてはならぬ」

 袁郎にも、志はある。が、まだ若く、覚悟が足りないだけなのだ。



 ――北営が近づくにつれ、二人は無言になった。

 兵馬の響動めきが、肚に響くほどの至近を通過し、そのたびに二人は街樹の影へ隠れて移動せねばならなかった。

(族父上、これから如何なさいますか)

 途方に暮れたように、酈が訊ねた。

 惜しげなく炎を吹き上げる篝火に照らされて、虎賁の甲胄は黄金色に輝いている。戈矛は燦然と夜空を貫き、目を見張るほどの華美な軍馬が、戦気に興奮して盛んに嘶いている。

 この軍団を、二人でどうにかしようという企図じたいが、あまりに壮大すぎた。

(ちょっと、為す術がないな)

 義真は、この少年を家へ帰すのは今しかない、と思った。自分はともかく、酈までも今日死んでしまっては、皇甫の祀を行う継嗣が半ば途絶えてしまう。義真の息子、堅寿は、まだこの酈よりも幼いのだ。

 が、それとなく云い出そうとしたとたん、

(私は最後までお供いたしますからね)

 と、酈は見透かしたように云った。義真はため息をついて首を軽く振った。


 

 ――それにしても。

 義真は疑問に思った。

 この方面へ動員されたのは羽林と虎賁の両校のみであると聞くのに、この多さはどうだ。

 ざっと目算するだけで、一万近い軍団が続々と北営の駐留拠点を攻囲している。

 これでは五営の兵団すべてが招集されたとしか思えぬ。

 が、それにしては、軍団の動き、軍令の密、待機の秩序、それら全てが見事すぎた。

 …当時、軍隊という組織は非常に質が悪く、千を超す人数が集まれば、まず百人は市街へ略奪に走り、その百人を見て残りの九百人も走る、という体たらくであった。王城を護る近衛軍といえども、それは変わらず、なにがしかの演習の度に、洛陽市街の人口と財産は、確実に減っていたほどである。


 その悪評高い軍団が、いまや規則に貼り付けられるように運動していた。

「――いや、参った。見事なものだ」

 義真は長い間陣構えを観察した後、降参した。一分の隙もないのだ。

「策戦を練り直さねばならぬ」 

「え――?」

「今回の挙を思い立ったのは、ひとつにその統制の無さにつけ込んで、誰ぞの甲胄を奪い、軍の奥深くへ入り込んで混乱を起こす、という策があったのだ」

 義真は、剣に覚えがある。幼少から馬上で叩き込まれてきたこともあるし、神妙無比をうたわれた達人・王越の門を叩き、いささかの手解きを受けた。たいていの男には、一剣で打ち勝つ自身はあった。

 彼らのうち一伍でも、隊を離れて路地にでも入ってくれれば、その全員を斃して、甲胄を奪う。その後、たとえば伝令のふりをして、二、三の陣を混乱させれば、それだけで大将軍の用兵を助けることになるし、いざというとき、脱出の路を確保することもできる。

「しかしこれでは、手も足も出ない」

 これには本気で困った。

 いま都にいる武人を指折り数えてみても、この混成軍団をまともに指揮できる人物と言えば、皇甫規くらいしか思い浮かばない。

(いったい、誰が指揮をとっているのか) 

 間違っても宦官ではあるまい。


 そう案じていると、ふいに、義真の背後に人の気配が起こった。

「――!」

 酈は気づいていない。

 というより、気づかれたら、下手に騒ぎを起こして、その命を縮めることになるだろう。

 距離は十歩あまり後ろ。同じように街路樹沿いに移動してきたらしい。

 なんたる醜態だ。虎賁の華美さに気を取られて、後方の確認を怠るとは。

 ――相手が弓箭兵ならば、もはや勝負はついている。鏃はどちらかの背中に照準を合わせているだろう。

 戈矛の兵であれば、ふたりのうち何れかが刺される間に、懐へ飛び込むこともできる。

 ならば、迷うことはない。酈を逃がそう。

 義真は、虎賁の容子を伺うふりをしながら、そろそろと剣把へ手を伸ばした。

 と――

「無駄なことはやめよ、皇甫氏」

 声が、ふいに真横から聞こえた。

 何者と知れぬ手が、剣把を握る義真の手甲へ添えられていた。

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