第十章   錦馬超と馬雲碌

 

 「関西(かんせい)は武、関東は文」と云う。「関」とは、弘農の潼関や函谷関のことで、要するにだいたい長安以西の地方は、古来尚武の地とされていたわけである。

 その「関西」の最西端ともいうべき涼州。

 ド辺境であった。この地からさらに敦厚、楼蘭を越え、シルクロードを踏破すれば、そこは西域と呼ばれた別世界なのだ。

 吹きすさぶ昆論おろしに砂塵が舞い、茫漠たるその視界を野生馬の群が轟々と通過する……イメージ的にはこういう風景の世界がひろがる厳しい自然環境の中、数々の騎馬民族が日々居住地を移しながら共存し、時には殺し合う。

 現在、その涼州を束ねているのが馬騰という怪物だった。

 

馬 騰:フフフ、呂布奉先か。敵に不足はないのである。

 

 雪混じりの烈風に長髯をなびかせながら、不敵にうそぶく馬騰。馬上、巨躯を甲胄に包み、ふてぶてしく腕組みをしている。

 かれは今、武都城の南方約30キロの下弁地方に出撃していた。

 

 ……建安6年12月。

 南蛮王呂布奉先は、何の前触れもなくいきなり北上した。その矛先は、涼州牧の馬騰の勢力圏内である武都郡にむけられていた。

 呂布と漢中五斗米教団との間で、電撃的に攻守同盟が成立したためであった。 

 武都にいた馬騰は、これを迎撃するため自ら出陣。総兵力は騎兵のみ四万に達する。

 

韓 遂:義兄上、罠は仕掛け終わった。後は敵を待つばかりだ。

馬 騰:ご苦労である。

韓 遂:それにしても南蛮王だか知らんが、何を血迷うてこんなド田舎に攻め入ってきたのやら。

馬 騰:フフフ、俺には分かる。奴はより強き敵を求めておるのだ。

 

 戦場「下弁(って名前勝手に付けてるんだけど)」は、全面的に山嶺地帯である。はっきりいって、騎兵が動き回れるような地形ではない。

 うんざりするような高々度の山岳マップ中央を、太い河川がうねるように貫いている。西漢水であろう。

 その西漢水の対岸には、呂布軍団が展開を終えていた。

 

陳 宮:敵の参軍は韓遂です。おそらく渡河地点には罠が仕掛けられていましょう。

呂 布:なんだ、このド田舎にそんなインテリがいるのか。

陳 宮:まあ、知力80そこそこですけどね。注意しましょう。

  

 呂布軍の陣容はというと、高順・張遼を中心に呉懿、孟獲、公孫楼ら5万余。公孫楼隊を除き、全員が山岳戦に備えて歩兵隊である。

 まず藤甲部隊である孟獲が、スルスルと渡渉を開始して中州の砦を確保。続いて陳宮、高順らが続々と対岸へと渡りつく。有り難いことに水際防禦線を引かれていなかった。

 しかしながら最初にたどり着いた砦には、「奴」がいた。

 

馬 超:オラオラオラ~ッ!ザコはすっこんどれぇ!!

呂 布:う、うわ、何だあの暑っ苦しい体育会系は!?

陳 宮:馬騰の長男です!武力がムチャ高だから注意してください!

呂 布:よーしっ、一騎討ちだ!

陳 宮:なぜ!?

 

 どうやら馬騰軍は、その砦にほとんど全軍を集結させていたらしい。諸将の索敵範囲に次々と有力な敵部隊が姿を現した。楊秋、程銀といった旗本たちばかりでなく、馬休、馬鉄、馬岱といった一族部将も勢揃いである。

 

呂 布:どこを見ても馬・馬・馬……。

高 順:まずいですな。我らは山岳における機動力を心がけるあまり、近接戦での攻撃力の差を失念いたしておりました。

 

 正直、馬騰軍がこんな真っ正面に兵力を集中してくるとは思っていなかったのである。数が同じで、率いる将帥の力量も等しいとすれば、いかに山岳とはいえ騎兵の方が強いのは自明の理。

 

馬 騰:こどもらよ。我らが馬軍団の威を蜀の弱卒どもに見せつけてやるのだ。

馬雲碌:お任せ下さい、父上!

 

 ワラワラと群がる涼州騎兵集団のなか、ひとりの少女が颯爽と駒をとばしていた。まだ二十にもなっていないだろうが、その凛たる姿は兵どもを圧倒し、むしろ剽悍と称するにも足る。

 

呂 布:むっ…!

陳 宮:はいはい何ざんしょ?

呂 布:あの美少女は!

陳 宮:馬雲緑(ただしくは雲)ですな。馬騰どのの息女です。出典、周大荒・渡辺精一『反三国志(講談社)』。

呂 布:お、『反三国志』というとあの『SF三国志』に亜ぐと称されるトンデモ三国本だな!

陳 宮:え、ええと……それはともかく、なかなかに武勇に秀でているようです。

呂 布:よし、一騎討ちだ!

陳 宮:だから何故?

 

 渡河を終えた呂布の歩兵軍団は、涼州騎馬軍団と正面から衝突した。

 さすがに、強い。

 馬玩や程銀らザコはともかくとして、馬休、馬鉄ら馬騰の息子たちはみな武力80ちかい猛者揃いである(えぢた~済み)。だが彼らに混ざって戦場を疾駆し、兵らを叱咤しては猛烈に槍を振るっている美少女・馬雲緑は、その次兄、三兄をも上回る豪勇であった。

 

呂 布:カぁッコいいなぁ~。

 

 その光景を遠望して惚れ惚れとする呂布。その傍らでは、謀将・陳宮がすでに勝ための算段を整え、実行にうつしていた。

 

陳 宮:結論として、敵はバカ揃いです。

 

 軍師・韓遂を唯一の例外として、彼らは痛快なほどに低知力揃いなのである。陳宮、呉懿ら老獪な将軍から見れば、馬軍団など腕力ばかり強いこどもの集団に過ぎない。

 さっそく、計略「混乱」・「同士討」の嵐が馬軍団中央に炸裂した。

 

馬 休:むっ、むっ。これでは動きがとれん!こ、こら勝手に動くな! 

程 銀:若様っ、いたたた!私の隊ですってば!

楊 秋:死ね、呂布ぅ!

程 銀:だから俺だって言ってんだろうがァ!

 

 要領が悪いのか仲間達から袋叩きに会う程銀隊。そこへ高順隊が突撃し、あっさりとこれをしとめる。楊秋は張遼が、馬玩は孟獲が、それぞれ一騎討ちで手捕りにしてしまった。

 さらに馬休もまた、混乱のさなか高順との一騎討ちに敗れ、手捕りとなってしまった。

 

馬雲緑:卑怯な!正々堂々と勝負しろ!

馬 超:そこにいたか呂布ゥ!

馬雲緑:ちが~うっ!

 

 ちょっと傍目には愉快なくらいあたまのよわい馬軍団であった。

 さすがに苦笑しながら戦局を傍観する呂布、自らも参戦するべく移動を開始する。……と、その目前を純白の鉄騎集団が駆け抜けていった。

 

呂 布:あ、おい、楼ちゃん。

公孫楼:……。

 

 鞍上、軽く会釈すると、公孫楼は白馬をとばし、目下大混乱中の馬雲緑隊に単騎で分け入った。手に持つは、呂布がわざわざ公孫楼のために金800で購った三尖の怪槍である。

   

馬雲緑:な、何だ!?

公孫楼:……一騎討ち。

馬雲緑:の、のぞむところよ!

 

 二人の若い娘武将は、馬上でもつれ合うように一騎討ちをはじめた!

 

呂 布:おおっ!わくわく。

陳 宮:な~んかヒマですなあ。

 

 いよいよ北上をはじめた南蛮軍!西涼の騎馬軍団を相手に大激戦!痛快読み切り三国志Ⅶ活劇「後世中国の曙」は、けっこう連載向け展開です!