第十二章 もうひとつの戦争
北方国家特有の「南下本能」により武都郡近郊に集結していた涼州騎兵軍団は、建安六年冬、事実上壊滅した。
その棟梁たる涼州牧・馬騰および韓遂をはじめ、その一族、旗本の悉くが数珠繋ぎにつながれ、南蛮王呂布の軍師・陳宮の前に跪せられる体たらくである。
陳 宮:涼州どの、出ませい!
馬 騰:うむ。
毬のように縛られ、犬のように曳っ立てられながらも、馬騰の悠々とした威風は全く損なわれておらず、むしろ一座の誰よりも尊貴な立場であるようにさえ見えた。
陳 宮:わが殿の御諚である。…ひとつ、わが南蛮に帰順を願う者あればこれを容れる。ひとつ、前項の返答如何に関わりなく卿らを損なう事無く解き放つ。ひとつ、年の改まった後ふたたび祁山にて相見えん。……以上である。
陳宮の言葉に、敵味方の諸将は唸った。敵は素朴な感嘆を、味方は呆れ声を、それぞれ絞り出したようであった。
呉 懿:軍師どの、我らは鬼ごっこをするために遠征してきたわけではない!ど~にも寛容すぎるのではないか。
陳 宮:仕方がない。殿が決めたんだから。
馬 騰:……で、その呂布殿はどこにおられるのだ?
陳 宮:はあ…。(と溜息をつく)
呂布は、やはりというか馬雲緑の元にいた。
いちおう気を使っているのか、単身ではなく公孫楼を後に連れている。それでも馬雲緑、娘らしい警戒心をむき出しにしている。
馬雲緑:……そ、それ以上近づくと舌噛んで死ぬぞ!
呂 布:大げさだな~。何もしねえよ。
馬雲緑:う、嘘だ!この変態っ!痴漢っ!
吠えかかられる呂布、ちょっと持て余し気味の様子である。
呂 布:いや、ねえ。いちおう俺ンところに来ないかって勧誘しに来たんだけど。
公孫楼:無理…親族武将だから。
呂 布:あ、そんなルールあるの?
公孫楼:よっぽど忠誠度が低くないと…。
呂 布:な~んだ。じゃあこのコも、あの獅子親父どもといっしょに放しちゃおう。
馬雲緑:……父上たちを放すのか!?
呂 布:おう。ユカイな連中だしな。
馬雲緑、しばし呆然とした後、こんどは用心深げに尋ねてくる。
馬雲緑:…本当はどういう意味があるんだ?
呂 布:本命はお前を登用することなんだけど……なんか親兄弟を斬った後に登用するのって、(ゲームでも)後味わるいしな~。
馬雲緑:どこの世に、一人の部将のために敵主力を逃すバカ殿がいるんだ!?
叫んでから、公孫楼と目が合った。公孫楼、めずらしく一瞬苦笑をうかべ、無言で首を振ってみせる。
馬雲緑:ほ、本当に……?
呂 布:当たり前だ。なにせ俺様の自己目標は「オルド充実」だからな。
その言葉を聞いて、こんどは真っ赤になる馬雲緑。しばらく絶句した後、本気で怒り出した。
馬雲緑:バカにするな!!私は死んでもお前には仕えん!!
呂 布:え~?
馬雲緑:一瞬でも感心した私がバカだった!
呂 布:それにしても「Ⅶ」って武将個人に焦点をあてたゲームなんだから、やっぱりオルドコマンドぐらい欲しいよなあ……。
馬雲緑:あってたまるか~ッ!!!
呂 布:「オルド→子供誕生→命名イベント」は当然として、せめて「任侠的義兄弟」「親友」「仇敵」「姻戚関係」とかのパラメーターも欲しかったよなあ。
公孫楼:…そこまでやるとキャラゲーになる。
呂 布:う~ん。「太閤立志伝」シリーズみたく、別物にしなきゃだめか。言っちゃあなんだけど、「Ⅶ」は中途半端なんだよなあ。
公孫楼:……。
呂 布:……ま、まあ、ユーザーの願望ってところで。じゃあ、雲緑ちゃん、あと自由だから。適当に厩舎の馬、乗って帰ってて。受付で水と食料もらえるから。
それだけ言うと、呂布は巨躯をひるがえして堂から出ていった。音もなく公孫楼の長身がそれに従う。残された馬雲緑は、もはや呆然とするしかなかった。
陳 宮:如何でしたか。
呂 布:う~ん。反応薄だな~。「嫌いフラグ」って何ヶ月ほど立ってるモンなんだ?
陳 宮:武将にもよりけりですね。早ければ3ヶ月ほどで消滅するんですが。
嫌いフラグとは、要するに隠しデータ「嫌いな武将」の事。これが立ってるあいだは、まず登用に応じない。立て続けに攻め立てた国の捕虜が全然仕えてくれないのは、これがあるからなのだ。
陳 宮:来春、ってとこですね。再侵攻は。
呂 布:それまで俺様は何すりゃいいんだ?
陳 宮:殿は何もせんでよろしい。ここ数ヶ月は我々軍師が行動します。
呂 布:なんだ、それ?
陳 宮:殿は御存知ない方が精神衛生上よろしい。もうひとつの戦というものですよ。
意味ありげに言う陳宮。
そのことばの真意は、次の月から早速あらわれはじめた。
馬騰が軍団の再編成を行っている天水郡を中心に、凄まじい流言の嵐が吹き荒れたのである。
いわく「涼州どのは軍再編のためさらに重税を課するつもりである」「新たに一四歳以上の少年に対し強制徴兵が成されるであろう」……。噂は爆発的に広まり、馬騰領下の治安値は滝のように暴落した。
諸将にも不安が走る。猜疑心に満ちた目でお互いを見はじめ、営中、疑心暗鬼に包まれていた。
馬 超:まさか、父上が……。
馬雲緑:噂は信じられないが…皆が言うなら……
韓 遂:……なんということだ。これでは義兄上にお仕えする意味がない…。
もはや親族武将までもが、好漢・馬騰を疑いはじめていた。ただひとり、それに気づかない馬騰は、悠々と軍馬を練っている。あるいは気づいた上で諦めているのかもしれない。
法 正:うまくいきましたな。
陳 宮:後味わるいけどな~。でも、これからの作戦で多用する事になるだろう。
これこそが、陳宮の発案による情報戦術であった。行動力のありったけを「流言」に用いるのだ。一ヶ月の間に二〇回ちかい「流言」を敵領内に叩き付ける。智者・謀将が揃った今の呂布軍だからこそ可能な戦術である。
年が改まり建安七年。
馬騰領下の数都市で一斉に暴動が発生し、その国力は急速に低下した。
さらに季節が移った四月、西平の太守梁興が叛旗を翻し、呂布に郡ごと帰順してきた。これにより馬騰軍は本拠である武威郡との連絡を絶たれ、天水郡に孤立した事になる。
馬 騰:フフフ。呂布か。武辺だけかと思いきや、わが部下たちが子供のようにあしらわれておるわ。
さすがに疲労した顔の馬騰。一人で呟いているところ、慌ただしく武将たちが飛び込んできた。
……勇将徳をはじめとする、武威郡に残留していたはずの腹心たちであった。
馬 騰:……貴様らがここにおると言うことは、すでに武威も陥ちたか。
徳:申し訳ございませぬ…!
言うや、その場に突っ伏して哭き出す徳たち。何事かと集まってきた馬超達は、その光景を見て呆然とする。
下弁の敗戦の後、馬騰が本拠地を委ねていた「関中八将」のひとり成宜が、やはり呂布に通じて郡ごと寝返ったのである。これで馬騰の保有する領土は、この天水郡のみになってしまった。
馬 騰:もはや帰る処もない。どうやらこの天水が我らの墓所と決まったぞ。
馬 超:な、何を言っているんだ、親父殿!直ちに軍を返し、裏切り者どもを成敗すればそれで済むではないか!
馬雲緑:兄上の言うとおりだ!私に騎兵五千もお与え下されば、梁興、成宜の如きはたちどころに蹴散らしてご覧に入れますっ!
馬騰はゆっくりと首を振った。もはや諸事手遅れであるということを、この涼州随一の古豪は本能的に悟っていたようであった。
直後、馬騰の悪い予感は的中した。
武都郡に居座っていた呂布軍団主力が、こちらを目指して北上を再開したという。予定戦場は、天水南郊の祁山あたりであろう。
馬騰は剣を掴むと立ち上がり、歩き出した。慌てて、馬超たちがそれに追い従う。
……みな、無言であった。
馬騰軍団を手玉に取り、必勝の構えの呂布軍団。対する馬騰の思惑は!? 痛快読み切り三国志Ⅶ活劇・「後世中国の曙!?」は、すこしダークです!