第3話 「猛将募集中!」
1-3 猛将募集中! 1 ――という経緯で「猪突猛進」という、亡国の掛け軸にうってつけのスローガンが掲げられるに至った俺たちSOS団@会稽郡だが、さて猪突しようにもその牙に事欠き、猛進したくともその燃料すら無いのが現状だ。 財務方から、以上の報告を聞かされたときも、ハルヒは別段関心がある風でもなくのたまった。 ハルヒ:それよりも武官が足りないのよね。 …人の話を聞け。 ハルヒ:会稽って文官は有り余ってるのに、武将が居ないのよ。深刻な問題だわ。 つまらなさそうな顔で一同を見渡すハルヒ。 |
武官 |
しかしまあ、的はずれの指摘ではない。 ハルヒ:事実は事実よ。これから戦争やるってんだから、群がる敵兵を千切っては投げ千切っては投げ――って活躍してくれる猛将が必要なの! 華:確かに戦時下にあって武官不足というのは深刻ですな。明府が神の如き武勇をお持ちでも、手足となる者に事欠いては、王業もままなりませぬ。 さすがはオトナというべきか、王朗さんに目配せされた華さんが、恭しく言上した。 ハルヒ:何よ。文句あんの? ハルヒがおびえた風もなく、そんな強面の虞翻さんを睨み付ける。 ハルヒ:文句があるなら論拠を示して反論したら? いい年して、態度だけで反発を示して終わりなの? ドキッとするようなことを、ハルヒは虞翻さんを睨みながら言う。 虞 翻:…この件は太守が正しかろう。事実は事実だ。 虞翻さんが、さすがに大人げないと思い直したのか、ムスッとした顔のまま折れてくれた。 ハルヒ:解ればいいのよ! と得意げに勝利宣言を掲げ、虞翻さんはいっそう渋面を歪めている。 古 泉:府君、いかがでしょう。この会稽にはまだ名を惜しむべき勇将が眠っているかもしれません。諸県の市井を探索し、勇者を募ってはいかがでしょう。 ハルヒ:いいわね。スカウトってやつね。――で、誰がいけばいいの? 古 泉:他ならぬ人財のこと。やはり、ここは太守自らが御出座しになるべきかと。 サラリと言う古泉。ハルヒは面倒くさそうな表情を浮かべたが、不意に眉をはねあげ、何か呟いたかと思うと、 ハルヒ:キョン! なんだよ。 ハルヒ:あんた暇でしょう。巡察命じるから、ついでについてきなさい。 勘弁してくれ。
2 ――で。 ハルヒ:キョン、あれ見なさい! あれじゃないわよバカ!あっちよ!あの緑の! などと、こいつは縁日に小学生が親と間違えて知らないオッサンの手を引いて駆け回ってるくらいのテンションだ。情緒もクソもない。 ハルヒ:やってるわよ。そのうち見つかるわよ いい加減だなおい。 ハルヒ:キョン!あれ見て! だから人の話を――! ハルヒ:あの酒場で管まいてる素浪人みたいな奴。あれ、けっこう強そうじゃない? む? ハルヒ:うわ、臭あっ―― 俺はそうでもないと思うが、ハルヒ的には駄目な体臭らしい。確かに酸っぱい臭いが周りに充満している。 ハルヒ:キョン、あんたついてきなさい。 臭いに馴れたらしいハルヒが、また俺の手を引いてズンズンと男へ歩み寄ってゆく。 ハルヒ:ちょっと、そこの人。いいかしら。 そんな周囲の視線を意識しないのか、ハルヒは男のすぐ隣の席に、横ざまに腰掛けた。俺は半歩離れた後ろに突っ立ったままだ。 男 :子供が昼間っからこんな店に来てちゃいけねえ。帰んな。 意外に良識あるまっとうな台詞を吐いて、しっし、とハルヒを追い払う。無論それで怯むハルヒではなく、むしろ面白そうなオモチャを見つけた子供のように目を輝かせ始めたのは、そのリアクションが気に入ったせいだろう。 ハルヒ:あたし、この郡の太守の涼宮ハルヒ。こいつが手下その1。で、あなたの名前は? ハルヒが対人スキルの低そうな名乗りをあげると、男はきょとんとした表情で俺とハルヒを見比べる。 男 :董襲と申す。 と、錆のある声で答えた。
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有り余る文官 |
3ハルヒ:――董襲さん…ねえ。何かで聞いたことあるわねえ。 そりゃそうだろう。一応、地味ながら後の孫呉を代表する部将の一人だ。 ハルヒ:で、董襲さん。あなた、私に仕えなさい。 いきなりかよ。 董 襲:……。 ハルヒ:見たところ定職もなさそうだし、どうせ暇してるんでしょ。 ハルヒはあっさり決めつけると、上機嫌そうに卓上の酒瓶を取り、まだ中身のある董襲さんの杯に酒をつぎ足した。無礼きわまる奴だな。ついでに言えば、それは普通に董襲さんの酒だ。 ハルヒ:ここで会ったのも何かの縁だわ。あなたなら我が軍のトップバッターになれるわ。その後の働き次第では、さらなる高みを目指せるかも!高禄は保証するわよ! などと手を取らんばかりにまくし立てる。 董襲さんの弁によると――今は浪人しているが、ゆくゆく天下国家のために己を活かしたいと思う、と。今は生涯を託せる主を捜しながら、各地の豪傑たちと交わっている最中である、と。故に、今は特定の主に仕えるを良しとしないと―― ふーむ。 董 襲:ははは。まァ長くなったが、要はそれよ。俺の力は唯この身の為だけにあるのではない、と俺は思いたいわけだ。こう言っちゃ悪いが、一郡の部将なんかでは、天下の為に活かせない、とな。 誇大妄想と嗤わば嗤え。身代こそ単家の素浪人だが、志は常に天を向いている――と。 ハルヒ:何それ? 俺が本気を出せば凄いんだ、って部屋に閉じこもってるニートと同じじゃない。 お前はいったい何を聞いていたんだ!? ハルヒ:悪いけど董襲さん。それワナビーってやつだから。それも公募とかコンテストとかに出ないタイプのね。 董 襲:なに…? ハルヒ:あんた、その腕自慢を自分以上の責任で使ったことがある? 気まぐれの人助けって意味じゃないわよ。それは自己責任の範疇だから。 董襲さんの底響きのする呻り声を、ハルヒはぴしりとへし折った。 ハルヒ:あたしはあるわよ。団長やってるし、太守もやってるもの。どっちも最高責任者よ最高責任者。毎日決断して、人を動かしてるのよ。みんなそれに従って働いてくれるのよね。 董 襲:…それがどうした。 ハルヒ:郡のみんなから集めた税金がぐるっと還元されて郡政になって、その集合で国が運用されるのは知ってるわよね。その税金を末端で運用する人たちも、規則や上司の命令に従ってるとはいえ、都度都度の機能と責任は自分で負ってるのよ。…その意味わかる? 董 襲:…何が言いたいのだ? ハルヒ:つまりよ。 ハルヒは、だん!と卓を叩くと、董襲さんにビシッと指をつきつけた。 ハルヒ:あんたが後々の天下の為とか言いって、いま出し渋ってる力よりも、今この瞬間もあたしの下で働いている官吏や兵士たちみんなの方が、百万倍も天下に有用だってこと! 一刀両断に、ハルヒは董襲という男の生き様を否定した。 ハルヒ;あんたは自分の力こぶだけ面倒見てればいいんだろうけど、他のみんなは、間接的にこの県の、この郡の、この国の未来を担いで生きてるのよ!その決定的な違い、まだ解んない!? 董 襲:む…むむ…! ハルヒ:なぁにがむ…むむよ! 今のままじゃ、あんたの言う「一郡の部将なんか」どころじゃないくらい、自分の人生無駄遣いしてるってことなのよ!? 董襲さんの上体が、なんと、落雷でも受けたかの如くグラリと泳いだ。 ハルヒ:董襲さん、あなたが思ってるような君主と、もし若いうちに出会えなかったら? 一生フリーターで過ごすの? それとも40前くらいに焦って適当な就職に走るクチ? 60過ぎて振り返るわけ? 俺は本分を出せなかった、主君に恵まれなかった、って。 董 襲:ム…ム…! 董襲さんがぶるぶると震えている。それは怒りではなく、己が立っていた大地が突然裂けた怯えか。 ハルヒ:バカキョン!あんたどっちの味方なのよ! これ以上お前に人生を狂わされる犠牲者を出したくないんだよ。 ハルヒ:アホ言ってないで手伝いなさいよ!もう董襲さんのゲージはあとわずかよっ! お前は何を言ってるんだ。 董 襲:嗚呼…われ誤てり。俺は自らの青雲をむなしくするところであった。明府、この愚物でよければ、今日より存分に使い潰してくれい! なんと。 ――どおおおおお! っと、周囲のギャラリーから歓声がわき起こる。…いつの間にこんなに増えてんだ!? |
董襲さん 統率:80 武力:84 知力:53 |
うなだれている董襲さんに歩み寄ると、ハルヒはその手を取って立ち上がらせる。ああ、なんかそういうアスキーアートも一時期よく見かけたよな。 ハルヒ:立つがいいわ、董襲さん! あなたは今からわがSOS団の斬り込み隊長なんだから! 今日から毎日、明日にさえ悔いを残さないくらいにガンガン活躍してよね! ハルヒがびしっと北の方を指さして宣言するや、ふたたび周囲から大喝采だ。 ハルヒ;みんな!わが会稽郡に頼もしい戦力が加わってくれたわ! ともに乾杯しましょう!あたしの奢りよっ! ハルヒが高らかに叫ぶと、ふたたび歓声がわき起こる。 ハルヒ:未成年はお酒飲んじゃだめよ!あたしと同じ黍のやつを取りなさーい! 手をぐるぐる回しながら怒鳴っているハルヒを後目に、なぜか俺が盃の買い出しとかツケの交渉をやらされてるわけだが。 ハルヒ:乾 ッ 杯 ぃ ー ! それに唱和して突き上げられた盃。飛び散る酒。 みんなが明日知れぬ乱世ってことを忘れて、まあ、心底楽しめたんじゃないかと思う。
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――西暦194年、9月。 渡渉地点に敵影無し――という知らせを受けた会稽軍は、未明に浙江を一挙に押し渡り、銭唐より進路を東へ転じて呉郡へなだれ込む。 対する呉郡の支配者・厳白虎は、県城の守りに1万を留め、残りの1万6千を率いて呉近郊に布陣した。 |
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