第8話 「ブロッサム・オン・ザ・ヒル【3】」

1-8 ブロッサム・オン・ザ・ヒル【3】

 

 建業の占領は、しかしこれで終わったわけではなかった。

 ひとたび政庁を占拠されたとて、建業市街の混乱は鳴門の渦のようにとぐろを巻き、もはや収拾がつかないレベルにまで膨れ上がっている。

 先年からの度重なる敗報に加え、こんどは盟邦の裏切りと急襲、そして占拠。これで動揺しないわけがない。
 ハルヒの本軍が無事入城を済ませたとはいえ、占領どころか、こんどは西から襲いかかってくるであろう袁術・孫策軍への対処に追われねばならなかった。

ハルヒ:――戒厳令を布くわ。

 ハルヒの声は苦い。
 確かに事態は深刻だった。
 暴動を防ぐため、軍団は帯甲を解かず城外へとどめ、ハルヒ自身、殿中へは入らず、本営を城外へ構える臨戦態勢だ。
 聞くところによると、開戦当初から早くも市場では物価の高騰がはじまり、逆に治安の低下は目に見えるほどの急落ぶりという。

董 襲:巡察くらいなら俺らに任せて貰っていいが、大将は早く城中に入っちまわないと、みんながソワソワしていけねえ。
ハルヒ:わかってるわよ!

 労少なくして勝者の座にありついたとはいえ、ここまで座り心地のわるい茨の席であるとは予想していなかったに違いないな。

 ――午後になり、ようやく殿に入った俺は、そこで意外な光景を目にする。

 敗将・劉の後室を接収したときである。
 入庁に先んじて、俺の捕縛部隊が城中の要人を確保していたのだが、その最後の身柄をここに残していたのが、劉さんの家族たちだった。

 …それと知らず、後宮エリアに足を踏み入れた俺は、さすがに面食らったね。
 完全武装の戟兵に囲まれ、恐怖に震えながら身を寄せ合う劉さんの妻子たちと、出会い頭に対面する羽目になったわけだ。
 
 子供、女性が10人ほど。娘さんなのか奥さんなのか側室さんなのか解らないが、それなりに美人と思える女性方が、怯えたような目で、あるいは怨みを含んだ目で、こちらを凝っと見つめてくる。
 中でも、大人たちを庇うように、センター位置で身構えている十歳くらいの少年…少女か?…は、半泣きになりながらも俺を真っ直ぐに睨み付けている。

 …くそ、なんて声を掛ければいいんだ。
 さすがに部隊の統率者である以上、兵士の最敬礼を受けた手前、然るべき身分の捕虜をシカトするわけにもいかず、彼女たちの目前に立つ。

 あー…。なんといいますか、この度はうちの団長が色々とご迷惑をおかけしまして…と阿呆な事を言い掛けて口を噤み、しばらく視線を左右に泳がせる。女性たちは、きょとんとした顔でこっちを見てる。
 こんな時に限って側にいない孔明コスプレ副団長を呪いつつ、どうにか「城中での身の安全は保証します。しばらく不自由を強いる事になりますが、ご容赦いただきたい」という内容を言い終えるまでに、何度か台詞を噛み、ゆうに五分は費やした気がするぜ。
 女性たちは不安げに視線を交わしている。そりゃあ、こんな見るからに頼りないガキが主将を名乗ってる時点で、なんのドッキリかと思うだろう。
 ――と。
 女性たちを庇うように、中央で気丈に立ちつくしていた少女が、俺を睨みながらも、初めて口を開いた。

少 女:――父上は如何なされましたか

 どうやら、揚州刺史・劉さんの娘さんであるらしい。
 ――劉さんは、すでに身柄を確保され、別の楼閣のひとつに監禁されている状態だったはずだ。

 そう説明すると、少女は眦に涙を浮かべて、悔しそうに天を睨み付けた。

少 女:父上は、袁将軍(袁術)に抗いながらも、この揚州の治教に励んでおられました。なぜ、あなた方は盟約を違えて、このような暴虐をなさるのですか。

 見る限り、十歳かもう少しか。要するに俺の妹と同じくらいの年だろうが、精神年齢は軽く5年くらい違うんじゃないかと思える。そして俺へ突きつける弾劾は、まさに正論そのものだ。
 ぶっちゃけると俺自身、多かれ少なかれこの少女と同じ思いは念頭にあるわけで、当然その思考回路ではこの子を論破するのは不可能だ。客観的に見るまでもなく、俺たちは悪の侵略軍団で、正義の味方がいるとしたら、一議もなく劉さんの肩を持つだろうからな。

 勝てば官軍、力こそ正義。強者が欲し弱者が呑まれる――なんて一方的に話を畳んでしまうのが、この場合は正解だったかもしれん。
 …が、この少女のストレートな問いを、受け取ったその手でシュレッダーに放り込む真似はできなかった。何より――

「俺にもわからん」

 というのが、正直なところだったからだ。

少 女:…あなたにもわからないのですか

 今度は怒りを含んだ口調で、少女は眼光をより鋭くしてきた。
 そうだとも、俺にもわからん。
 少なくとも今の時点で、俺たちに正義があるかと問われれば、正直そんなもん有るわけ無いだろと逆ギレするところだ。
 だが、一つ言えることは、ハルヒの奴が始めやがった覇業は、もはや中途半端で終わらせることの出来ない強制イベントであり、天下統一を果たすまでは誰にも止められないってこった。
 地方に割拠して、その地の安寧のみを望んだところで、いずれ他の勢力と対決するしかないのが戦略級SLGの運命だし、史実とてさほど変わらないだろう。
 マップ上のすべての都市を、ことごとく自軍のカラーに塗り替えてようやく、そのシナリオは終了する。少なくともハルヒがそれを望む限り、な。

 少女は、ところどころ意味が解らなかったらしく目を白黒させていたが、やがていくつかのフレーズを要約して呑み込んだようだった。聡い子だな。

少 女:つまりあなた方は、かつて高祖や世祖が成されたように、戦乱の世を鎮めるため、四海を制するおつもりなのですか。

 …まあ、そういう事になるな。あんたの親父さんには悪いが、ハルヒにとっちゃ、揚州は中原への足掛かり、中継地点みたいなもんだ。
 やってることはそれこそ袁術と同じなわけだし、そこに正義があるかどうかなんか解ったもんじゃない。俺たちに出来ることといえば、結果としてそれが正義になるよう勤めることくらいだ。泰平の世を実現すると言い換えてもいいが。

少 女:――。

 少女は少し考え込んだ後、初めて俺の方から視線を逸らして、呟くように言った。

少 女:…納得は出来ませんが、あなたの言は信じます。父上や継母上方の事、お願いいたします。

 ――驚いたね。
 これが、敵軍の兵士に白刃でもって取り囲まれている少女の振る舞いなんだぜ。妹との精神年齢差は、十年以上と修正しておこう。
 ふと、妹の親友ミヨキチの顔を思い出しながら、俺は尋ね忘れていた事を口にした。
 少女は、二、三度瞬きをしたあと、なぜか怒ったような口調で答えた。



少 女:…劉基といいます。※


 ――ようやく政庁入りしたハルヒは、本腰を入れて占領政策を開始する。
 宣言通り、まず市街一帯に戒厳令を布き治安回復をはかると同時に、部将を派遣して巡察を行わせる。
 そして、捕虜となった武将の引見だ。
 やや硬い表情で各自の去就を問いただすハルヒに向かって、

樊 能:巫山戯るな!

 と大喝して、どっかり座り込む連中もいる。いつでも首を打て、という事だろう。
 この樊能もそうだし、主立った大将株でいえば、張英、陳横などがそうだ。

ハルヒ:…。

 さすがのハルヒも、キュウリと間違ってゴーヤを噛み潰したような顔でそっぽを向き、堂上、ボリボリと行儀悪く頭を掻いている。が、やがて諦めたか、傍らの諸葛瑾さんに目配せをすると、彼らを数珠繋ぎに引っ立てさせた。

※劉基

後で古泉に聞いたが、普通に男子だったらしい…が? おまけに相当のイケメンに育ち、若くして孫権に仕え、絶大な信任を得、最終的には大臣クラスの重臣にるという。


 むろん処刑するわけはないだろうが、とりあえず、監禁を続けよと言うこだろう。※

 そんな僚将たちを横目で見ながら、やはりハルヒへの臣従を蹴り飛ばしているのが、江東最強の男だった。

太史慈:火事場泥棒に仕える気はござらん。

 と、はなから相手にしていない様子で、しつこく薦めるハルヒを鼻で笑うふてぶてしさだ。
 が、遅れて入堂してきたある人物の第一声を聞いて、その態度が一変する。

鶴屋さん:おおっ! 子義っちはハルにゃんのとこに転職しないのかいっ?
太史慈:し、子義っち!?

さすがに絶句する太史慈さんの肩をパーンと景気よく叩くと、鶴屋さんはハルヒの方へ向き直り、ケラっとした調子で恐るべきニュースをもたらした。

鶴屋さん:ハルにゃん、お取り込み中すまないけど、ちょっとばかし急な用事ができたっさ。
ハルヒ:急な用事?
鶴屋さん:やっぱり孫策さん、まっすぐこの建業めがけて進撃中なんだって! もう虎林港を出てるんだってさっ。 

 予想していたこととはいえ、これには一同騒然となる。

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 案の定、激怒したハルヒは憤然と立ち上がり、こう言い放つ。

ハルヒ:漁夫の利を狙おうっての!? 卑怯じゃない!

 この瞬間。
 この場に居合わせた者ことごとくが、それぞれの人生において希に見るほどのシンクロニティを、アイコンタクトも介さずに共有し合ったに違いない。

 それは、眼前の太史慈さんから、おそらくは隣の長門にいたるまで、同時に心の中で呟いた一言であった。

 『――おまえが言うな。』

 

※ハルヒ的に言えば雑魚武将たちだが、それぞれ殿様と呼ばれ、数千単位の家兵を擁する近隣の豪紳だったり名士だったりする。


そんなこんなの建業攻略からわずか数日後、東の曲阿方面から、8千という大部隊が、膨大な物資を連ねて接近中であるという急報が入る。むろん味方の軍勢だ。

ハルヒ:え? 何!?

急報を受けたハルヒが驚いている以上、俺たちも知らされていないサプライズだった。
 なにせ、南から精強極まる孫策軍団が恐ろしいほどのスピードで北上中という絶望的な戦況であり、今はただただ、味方の援軍が旱魃時の慈雨のように有りがたい。

 次にもたらされた続報を受けて事態は判明する。

「――徐州刺史との交渉成功。関羽軍は撤退を開始」

 という飛報が意味するところは一つだ。

ハルヒ:でかしたわ!古泉くん!

 詳細をびっしりと書き綴った帛を握りしめて、ハルヒは壇上でガッツポーズだ。
 参集した諸将も、口々に副団長を称揚する。
 まあ、俺とてあいつを褒めてやるに吝かではない。なにしろ、大吉報といっていいだろうからな。

 時期的に言うと、ちょうど太史慈隊が潰走し、攻城戦が始まったあたりには、曲阿の港に帰還を果たしていた事になる。
 その後古泉は、呉城からの増援を率いて曲阿の守備にあたっていた賀斉さんと共に、留守部隊のほぼ全軍と軍需物資をこぞって出撃したのだ。もはや劉備が攻めてこない以上、この地に守備兵力は必要ないと即断したんだろう。

 単に停戦交渉に成功したと言うだけでなく、すばやく先を見越して可能な限りの後詰めを催すあたり、小憎らしいほどに才走った奴だ。

ハルヒ:これで、諸葛瑾さんの交渉がうまくいけば、ホントに万々歳よね!
鶴屋さん:そうだねっ。もし失敗しても、次は古泉くんが交渉に行けばいいんだしさっ

はやくも戦勝したかのような喜色をうかべるハルヒと、合いの手をいれる鶴屋さん。そりゃ、そうスムーズに行けば文句はないが。
 そう。
 この間、鶴屋さんの進言に従い、孫策に対しても劉備同様の外交カードを切っている。 停戦交渉の使者は、古泉と同じ「論客」持ちの諸葛瑾さんだ。
 あくまで急場凌ぎの撤退依頼のため、停戦期間はわずか半年間に設定していたが、こちらが一息つくには十分すぎるほどの期間だろう。

 それからわずか数日後、無事、古泉と賀斉さん率いる後詰め部隊が建業へ入城を果たした。

古 泉:みなさん、ご無事でなによりです。

城外まで迎えに出た俺たちへ、相変わらずの微笑を口元に浮かべた孔明スタイルの古泉が、羽扇を手に仰々しく拝拱する。
 傍らには、例の傾寄者・賀斉さんと、なぜかSOS団専属メイド・朝比奈さんの姿までああり、ちょっとしたコスプレ撮影会の如き様相を呈している。
 城外、立ったままで互いの壮健を祝し合っているところ――

朝比奈:キョン君、涼宮さん、長門さん、鶴屋さん…
 江東一愛くるしい、ふわふわした先輩が、その大きな目に大粒の涙を浮かべ、不意にわあわあと泣き出してしまった。
ハルヒ:ち、ちょっと、みくるちゃん!

さすがに面食らったらしいハルヒ、慌てて朝比奈さんの元へ駆け寄ると、そのふわふわした頭髪を遠慮がちに抱き留め

ハルヒ:どうしちゃったのよ。みんな無事でしょ?

 あやすように胸元の朝比奈さんを慰める。
 と、不意に振り返って俺の方へ鋭い視線をつきつけてきやがった

ハルヒ:キョン、あんたみくるちゃんに何かしたの!?

どういう発想を経て、そういう疑念に辿り着くんだ!

ハルヒ:うっさい! それ以外何があるってのよ!

――と埒なく睨み合っていると、

王 朗:朝比奈嬢は、ずっと呉城で一人、皆さんをお待ちでしたからな。きっとお淋しかったのでしょう。

 新川執事――風の王朗さんが、ゆっくり歩み出ながら、孫を見るような目で朝比奈さんとハルヒに視線を巡らせ、次に何かを言わんとする風情で俺の方を見た。
 
 …軽く想像してみる。
 敵地へ一人赴いていく古泉。そしてハルヒや俺、長門、鶴屋さんまでもが兵を率いて出撃し、たった一人、城へ取り残される朝比奈さん。
 薄暗い城郭の中、周囲を見渡すと見知らぬ顔ぶれが、声も掛けられないくらい忙しげに駆け回っている。いつものSOSのメンバーは、お茶を淹れる相手は、誰もいない。
 もしかしたら、戦場で万が一の事があるかもしれない。もう会えない顔があるかもしれない…。

 俺は短い想像を終え、小さく首を振った。

 こいつはキツイいぜ。
 ただでさえ、殆ど孤立無援の形で派遣されてきた未来人の少女。さらにそこから1500年以上も大昔の世界に、擬似的とはいえタイムスリップさせられ、たった一人で仲間を待ち続けなければならなかったのだ。

 ――朝比奈さん。すまない。

 口から、まず謝罪の言葉が転がり出た。

朝比奈:…え?

 気づけなかったよ。なんだかんだで、俺たちはハルヒに振り回されて気が紛れていたが、朝比奈さんは、ずっと一人で待っていなきゃならなかったんだな。

朝比奈:…キョン君…?

 すまない。せめて誰かもう一人でも残るローテーションだったら、少しはマシだったかもしれないが…

朝比奈:…キョン君…違うの

 このふわふわした小動物のような先輩は、俺が口にする謝罪を、首を小さく振りながら、小さな声で遮った。
 が、結局、うつむいて。

朝比奈:――ごめんなさい。ちょっとだけ、寂しかったです。

  と呟いた。

ハルヒ:――。

 見ると、朝比奈さんを胸に抱っこしてる形のハルヒは、きゅっと形のいい眉根をひそめて、困ったような、怒ったような表情で空の一点を見つめている。

ハルヒ:――確かに、団員のメンタルケア面で、団長として至らなかったわ。ごめん、みくるちゃん。せめて手紙でも書いてたらよかったわ。
朝比奈:そんな――! そういうのじゃないんです。それに、お手紙なら長門さんからずっと――

 なに?
 ここにきて意外な名前が挙がった。

長 門:――。

 殺到する皆の視線に、絹糸一本ほどの変化も見せず、宇宙人謹製のヒューマノイド型インターフェイスは、いつもの無表情で朝比奈さんを見遣った。

朝比奈:必ず毎日一回、長門さんからお手紙が届いてたんです。真っ白のハンカチに、綺麗な字で、今日は何キロ進んだ、天候は晴れだった、食事内容はこうだった、みんなに異常はなかった、って。

 そんなそぶりも見せなかったが、長門、攻城兵器の運搬をしながら、そんな事までしてくれていたのか。

長 門:定時報告。防諜の都合上、出撃拠点との連絡は絶つべきではないと判断した。

 抑揚のない文字通り機械的な声で、長門のやつは、いつもより5ミリ秒ほど口早に、言語化された回答を読み上げる。
 が、ハルヒはその微細な変調などまるで頓着無しに、

ハルヒ:偉い!さっすが有希! ――ねえねえ、どうせなら、これから留守番の団員への連絡は、みんなの寄せ書き形式にしない!?

 と、長門の小さな頭をがしがし撫でながら、宣言するように言い放った。
 ――まあ、いいアイデアなんじゃないか。
 確かに、これからも出征組と留守番組に分かれることも多いだろうから、そういうコミュニケーション手段を確立させておくのはアリだろう。

鶴屋さん:おおっ!決まりだねっ!

 196年11月。俺たちSOS団員は一人の欠員もなく、この建業に集結している。





 ――孫策軍、停戦調停に応じ撤退開始。

 この吉報は、さきほど孫策軍の陣営へ赴いた諸葛瑾さん自らによってもたらされ、一同の快哉の中、ハルヒに復命された。

 朝比奈さんや古泉が戻って来てから、ほとんど間もない。城はちょっとした祝賀ムードである。

ハルヒ:でかしたわっ!よくあの暴れん坊みたいな人を説得できたわね!

 まだ20歳の若き説客へ、さすがに惜しみない賛辞を与えるハルヒ。確かに、意図定からぬ劉備軍とちがい、孫策軍ははっきりと建業目前まで侵攻してきていたガチンコ上等の軍隊だ。

 

諸葛瑾:直前まで長江上で連戦していましたからな。壊乱した劉軍ならまだしも、新手の我が軍勢と、立て続けに争うのを避けたのでしょう。世評通り激情家に見えて、意外に怜悧な御仁にございました。
ハルヒ:ふうん。ま、何だっていいわ!虎林港も返してくれたら文句はなかったんだけどね!
諸葛瑾:さすがにそれは…

 諸葛瑾さんが苦笑する。

 孫策軍は、長江南岸の虎林港を依然占拠し続け、1万という大部隊を駐留させていた。軍事境界線の落とし所としては、まあ、やむを得ないラインだろうな。

 停戦期限切れの半年後、建業にほど近い虎林港の争奪が、緒戦のヤマ場になりそうだ。

 そんなこんなで、陥落からようやく1ヶ月ほどが過ぎ、やけくそのような復興ラッシュが続く建業城中で、思わぬ珍事があった。

 SOS団の斬り込み隊長・董襲さんが、たまたま知己を得た在野の武人と意気投合し、話が巡り巡って、任官を賭けて府君の御前で一騎打ちをば致さん――という流れになってしまったらしいのである。

ハルヒ:面白いじゃない! ――董襲さん、我がSOS団のメンツにかけて、負けちゃダメよ!
董 襲:はっはっは。まあご覧じろだ。

 豪傑笑いをすると、董襲さんは対手となる武人、蒋欽さんなる武人を改めて一同へ紹介した。

 これまた董襲さんにひけをとらない巨漢で、すぐにでもミスターオリンピアに選ばれそうな隆々たる筋骨だ。年の頃は20代後半くらいだろう。

 特徴的なのは、背に人の丈ほどはありそうな大弓を掛けている事だった。

凌 操:(…あの弓は使わんのかいな?)

 一騎打ちですから、普通に立ち合うようですよ。

凌 操:(弓を使われれば、どうなるか解らんかったんだがな。見たまえ、あの右肩)

 隣に陣取る凌操さんが指さす先は、異様に盛り上がっている蒋欽さんの右肩だ。右肩、というか、二の腕に至るまで、左腕より明らかに大きい。

凌 操:(たぶん、右引きを徹底してきたんだろう。下手に左右両射できる奴より怖い)

 まるで自分が一騎打ちするかのように、爛々とした目で熱心に相手を観察分析する凌操さん。

 よく解らないがそういうものなのか、と感心して見ているうちに、両雄ぱっと馬を駆って100メートルくらい距離を取ると、互いめがけて同時に突進を始めた。

ハルヒ:みくるちゃん、よーく見てなさいよ!
朝比奈:は、はい――

 鼻息あらく試合を観戦するハルヒと対照的に、朝比奈さんの顔色はよろしくない。そりゃ普段からプロレスやらキックボクシングやらを元ネタに必殺技を研鑽しているハルヒとは違い、この天使のような先輩が、喧嘩や決闘の類を娯楽として見られる訳がないからな。

 すれ違い、駆け合いながら、双方の練達の武技が披露されるたび、どっと沸く特設会場。

 

 俺の目には全くの互角のようにも見えたが、わずかな差があるのだろう。やがて明らかに董襲さんの手数が増え始め、激闘四半刻、とうとう、董襲さんの一撃が蒋欽さんの鎧の胸当てを激しく打ち、勝敗は決した。

 
蒋 欽:いやあ、参った。当方の負けにござる。かかる豪傑を幕下に容れておらるる太守は、さぞ英明勇武の質に違いない。

 蒋欽さんはカラっと負けを認めると、いかようにもお使いくだされ、と快くハルヒへの臣従を申し出てくれた。

 もちろん上機嫌にそれを許すハルヒ。即座に部将の一人に任じ、高禄を約束する。

ハルヒ:あたしこそ、大満足よ! 我が軍一の豪傑と、ここまで渡り合える人材が来てくれるなんて、今日はパーッと宴会しないといけないわ!

 またかよ! 橋が架かったら宴会、米が取れたら宴会、人が来たら宴会。いったい年に何回お祭りをやるつもりなんだ。

古 泉:いいではありませんか。政事も祭事も、同じまつりごとと読みます。それに祀事を加え、等しくそれらの祭司たる事が、為政者のつとめですよ。

 用意する方の身にもなれ。なぜかこっちじゃ、俺がそういうのの手配をやることになってるんだぞ。そもそもこの手の幹事役はお前の専売特許だろう。

古 泉:手が空き次第、お手伝いしますよ。――まあ、鶴屋さんも朝比奈さんもいらっしゃいますし、少しは楽になったのではありませんか?
ハルヒ:そこ!くっ喋ってないで、早く準備しなさーい!

 笑顔のまま怒鳴るハルヒに一礼して、古泉は俺に目配せをする。わかったわかった。行けばいいんだろ。

 一足先に殿を立ち去りかける俺の背中へ、微笑の成分を含む古泉の声が届いた。

古 泉:いつか言いましたが、僕はこういう乱世の君主に、涼宮さんほどの適任は居ないと思っていますよ。

 お祭り好きのハルヒを、文字通り祭り上げて、まつりごとをさせる。 適任かどうかはともかく、似合っているのは似合っているんだろうよ。

 だがな、繰り返し言うが、俺はこう思っている。

 ――巻き込まれる方の身にもなれ

 きっと、歴史上の英雄達の、周りを固めた連中も、溜め息混じりについていったんだろうよ。

 ちょうど今の俺みたいに、な。

蒋欽さん

孫策の代から呉に使えた中堅部将…だったと思う。

エピソード少な目だからあまり印象に残っていないんだが、ゲームや漫画とかだと、弓に特化したタイプで描かれてるな。

統率:78 武力:84 知力:51

政治:42 魅力:74 弓将