第7話 「ブロッサム・オン・ザ・ヒル【2】」
1-7 ブロッサム・オン・ザ・ヒル【2】 1 ――劉備軍来襲 ハルヒ:――何考えてんのよ!? 信じらんない!バカじゃないの!? 開口一番、ハルヒは激しく徐州刺史の劉備政権を批判した。 長 門:劉備軍は既に徐州城(下)を進発。海陵港を経て沼沢地を迂回し、おそくとも9月中頃には長江上から曲阿を攻撃圏内に捉えるものと思われる。その戦力は――淡々と報告する長門の小さな唇は、あっさりと恐るべき名を告げた。 長 門:関羽を主将とする3部隊、約1万8千。古泉と俺、そしてハルヒが息を呑んだ。董襲さんや他の史実武将メンバーの表情が変わらないのは、さすがに後世の軍神伝説までは知らないからだろう。今のところ関羽だの張飛だのいっても、殆ど無名選手にちがいない。 が、率いる将もさることながら、問題はその兵力だ。数で言えば勝てなくもないだろうが、今から狡っ辛い詐取作戦を展開しようというところに、随分とタイミングの悪い闖入だ。まさか同姓のよしみで、劉軍を支援するという意図じゃないだろうな。 古 泉:いや、それはないでしょう。むしろ、これまで空白地だった曲阿に、新興勢力が進出した事に警戒し、牽制するつもりでは。ハルヒ:牽制だろうとなんだろうと、我がSOS団の前に旌旗に立ちふさがる以上、敵は敵だわ! 向こうから喧嘩売ってきてんなら、もちろん買ってやるわよっ!もう一軍を編成して、ただちに敵の鼻っ柱に先制パンチを叩っ込んでやるわ!鼻息荒く宣言するハルヒに、さすがに呆れたように董襲さんが水を差す。 董 襲:まあ落ち着いてくれ大将。劉と劉備が同時に攻め込んできたら、それこそ勝ち目はないぞハルヒ:SOS団の斬り込み隊長がそんなんでどうするのよ!やってみないとわからないわ。 熊のような巨体の荒武者が、渋面を作って自分の胸までくらいの背丈の女の子に慎重論を説いている姿は滑稽そのものだが、二人とも大真面目のようだ。 ハルヒ:――じゃあ、どうしたらいいってのよ? 劉備と同盟でも結ぶの?ふてくされたらしく、横の壁へ向かってぶつくさ話しかけるハルヒ。子供か、お前は。 古 泉:いえ、同盟よりも、停戦の協定を取り結ぶべきかと存じます。 停戦協定――とは聞き慣れない言葉だが、要するに期限を定めて相互に兵を引き上げる協定のことらしい。 ハルヒ:…そんな協定、劉備が受けてくれるのかしら?ハルヒの当然な疑問に対し、 古 泉:不肖この古泉が、府君の印を帯びて劉備の元へ赴き、この三寸不爛の舌をもって、兵を引き揚げて貰って参りましょう。と、羽扇を揺らがせつつ、いつもよりやや固いスマイルで応じた。 ミーティングの後――危急存亡の秋と、すぐさま進発するという古泉を見送りに、SOS団メンバー全員で、ぞろぞろと夜の桟橋まで着いていく。 古 泉:お任せください。実は、僕も興味津々でしてね。無事戻ってこれたら、詳細をレポートしますよ。すでに帆を揚げて待機中の軍艦に乗り込みながら、古泉は相変わらずのスマイルで答える。 ハルヒ:――古泉君、危ないと思ったら、すぐに逃げてくるのよ。どうせ交渉が決裂したところで、あたしたちがギッタンギッタンに叩きのめしてやるだけなんだから。 威勢よく言いながらも、ハルヒの声は固い。 古 泉:…では、皆さん。これにて。――お見送りありがとうございました。まとわりつくような湿っぽい沈黙を断ち切るように、古泉は渡し板から船へ乗り移った。 鶴屋さん:んじゃ、気を付けてねっ!古泉君!鶴屋さんがぶんぶんと大きく手を振ると、隣の朝比奈さんも、控えめに手をユラユラと振る。 朝比奈:古泉君、気を付けて…ハルヒ:ちゃんと戻ってくるのよ!団長命令だからね!古 泉:お任せください。命令は必ず遵守いたします。 古泉を乗せた小型艦の帆は、意外な早さで遠ざかってゆく。そういえば川だったな、ここは。 ハルヒ:さあ! もう北の劉備は古泉君に任せて、あたしたちは西の建業を獲るわよ! できれば古泉君が戻ってくるまでにカタを付けるわよ!もちろん、そのつもりだ。 |
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2 ハルヒが曲阿に居座って半月ほどが経過する頃、建業方面から急報がもたらされる。 鶴屋さん:じゃあさっ、ハルにゃん。気の毒だけど、もう劉さんとサヨナラしちゃうって事で、いいかな!ハルヒ:ええ――これも乱世のならい。きっと劉さんも分かってくれるわ! んなわけないだろうと思いつつも、これから断交の使者として旅立つ許貢さんの青ざめた表情を見ていると口に出して言えるはずもなく、とにかく、彼の無事を祈るばかりだ。…古泉の時とえらい違いだな。 呉越連合、揚州刺史と断ず――!! の一報こそ、江東の政局を一挙にひっくり返す一大事変であり、はじめて天下レベルで、呉郡太守涼宮ハルヒの恐るべき奸猾さが知れ渡った瞬間でもあった。 ハルヒ:進めえ――っ!とにかく速く!早くよ!兵 :ホアァ――! 琵琶湖どころか滋賀県以上のサイズを誇る震沢の畔に、ハルヒの叱咤とSOS軍の奇声がこだまする。 ハルヒ:キョン!遅いわよ!んなこと言ったってな、こっちは攻城兵器引っ張ってきてるんだぞ。 ハルヒ:あーもう!苛っつくわねえ! ターボチャージャーとか付けられないの!?長 門:不可能。この構造では、過給器を回転させるだけの排気を得られない。しかし車軸等の改良により、若干の速度向上の余地はある。ハルヒ:とか言ってる間に、もうあたしの部隊は接敵しちゃってるわよ!などと伝令兵経由で怒鳴り合っているあいだにも、劉軍は、どうやら最後の一戦を挑む肚が固まったらしく、3千ほどの戟兵部隊を出撃させてきた。 ハルヒ:飛んで火に入るなんとやらよ!全軍迎撃っ! 鞍上に躍り上がって、嬉々として命じるハルヒに従い、董襲さんと凌操さんの部隊がハルヒ隊の横をすり抜け、敵軍を半包囲すべく移動を開始する。逆にハルヒ隊は近接戦闘を避けてやや後退し、全体的にUの字の、いわゆる鶴翼の陣形へシフトする。 太史慈:下郎ッ、推参! 部隊を率いていたのは、例の太史慈さんだった。皖方面へ出動していると思っていたが、孫策戦で部隊を失い、城へ戻ってきていたのだろう。とんだ誤算だ。 なんてこった。 前回の戦場と、まるで風景が違う。 …朝比奈さんが居なくて良かった。 もとより、ハルヒが朝比奈さんを戦場へ連れてくるはずもなく、今回も呉城で留守番をして貰っているのだが、万が一こんな地獄のような光景を見せてしまったら、おそらく向こう一生、深刻なトラウマとして網膜に留めてしまうに違いない。 数で優るはずの董襲隊が、槍兵と戟兵という決定的な兵科の違いはあるにしろ、とにかく押されまくっていた。 長 門:…敵の指揮官はとても優秀。このまま状況が推移すると、次の攻撃で董襲隊との数が逆転する。 長門が冷静に分析するように、太史慈隊は巧みに地形を利用し、半包囲されないように移動しながら、董襲隊のみに攻撃を絞っている。街道上の狭い戦域なので、左翼である凌操隊は、当の董襲隊が邪魔で太史慈隊と接触できない。 ハルヒ:射てええ! その董襲さんの頭越しに、ハルヒの野郎が仰角最大の遠距離攻撃を開始しやがった。 董 襲:危ねえなー!ハルヒ:当たらなきゃどうってことないでしょ!双方毒づきながらも獰猛な笑みを交わして、両隊はあらためて太史慈軍に対峙する。 凌 操:すまん、待たせた!そこへ凌操さんの部隊が滑り込み、ようやく半包囲の体勢が整いかける――が、太史慈部隊は右へ左へと、攻撃のたびに戦場を大きく移動し、容易に退路を断たせないのである。 ハルヒ:もう!ちょこまかと、しつっこいわねえっ! 追いかけ回すハルヒ隊の損害もバカにならない。 |
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3 太史慈隊の全滅を見届けてから、ようやく長門の率いる攻城兵器部隊が前進をはじめる。 ハルヒ:有希、気を付けるのよ!――キョン、しっかり有希を守んなさいよ!同じく矢戦で攻城戦に参加するハルヒ隊が、長門隊の横につける。いちいちハルヒからの伝令だ。長門を守れ?当然だろ、俺はそのために出陣してるんだ。 鶴 屋:太史慈さんが、またお城から出てくるかもしれないから、注意だってさっ! ハルヒ隊の軍師・鶴屋さんから追加のオーダーだ。 長 門:攻城を開始する。…ついてきて。珍しく長門の方からコンタクトがあり、俺の5000ばかりの槍兵部隊も、ユラユラと危なげに林立する井蘭部隊とともに前進を開始する。 城兵は、残りわずか2千弱。 指揮所で長門が軽く頷くたびに、鼓がうち鳴らされ、百台以上の搭車からいっせいに火矢が放たれる。 ――――! ちょうどあのとき、俺はこの地点から、あの建業城を振り返ったんだ。 確かその内容は―― ハルヒ:キョン!やっとあんたの出番よっ! あんたの兵力で、建業にとどめを刺しなさい! ハルヒからの急報だ。 ハルヒ:城壁上の兵力はほぼ殲滅したわ。ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと攻撃開始しなさい!これは団長命令よ! 団長命令なら仕方ない――というか、何故急にこんな展開なんだ? と首を傾げながらも、俺は麾下の兵隊さんたちへ突撃の命をくだした。 ハルヒ:キョン!でかしたわ!後方から超太守のお褒めの言葉も頂き、馬廻りの兵隊さんたちに促され、あとは責任者である俺自身、城内を占拠する事務的な作業が残されているだけという状況なのだが… 俺は、どうにも形容しがたい――どう表現すればよいかというと、表現しようがないとしか表現できない――しかし確実と自信を持って断言できるレベルの違和感を皮膚全体で認識していた。 後ろがつっかえてるんだから、早くしなさいよ! …といわんばかりに後方から押し込んでくるハルヒ隊に、しばらく下がるよう伝令を出しておいて、俺は手近に待機している部隊と予備小隊すべてを招集した。 ――その結果。 |
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4昨年と場所は離れているが、ほぼシチュエーションを逆にしての、それは双方にとって望ましくない再会だった。 太史慈:――なるほど、貴君か。見覚えがあると思った。 やや高い位置から、俺たちは太史慈さんを取り囲んだ。 太史慈:必要があれば、そうするがね。 若々しく、精悍な顔に苦笑を浮かべて、太史慈はそう断った。見ると、そろりと腰元の剣へ手が伸びている。…長話をしているほどのゆとりはないのだろうな。 鶴屋さん:おーい!キョンくんー! また。まただ。以前のフィルムの再現だ。これは俺が悪運に恵まれているのか。それとも太史慈さんにここぞという時のツキが無いのか。 鶴屋さん:やや、太史慈さんじゃないですかっ! 随分と探したよっ!商店街でたまたま探していた知人を見かけたときよりもフランクな口調で、鶴屋さんは恐るべき敵将へ声を掛けた。 太史慈:…どうも 明らかに調子が狂ったらしく、太史慈さんは感情の選択に迷ったときのハルヒを思わせる微妙な表情で、こちら側を見上げてきた。 ハルヒ:――邪魔するわよ ずかずかと数歩前へ出て、ほぼ一対一の位置で太史慈さんと対峙するハルヒ。 ハルヒ:太史慈さん、降伏しなさい。もう、全てが終わったわ。太史慈:…終わった?ハルヒ:劉さんのことよ。もう、うちのキョンの部隊が、反対側の水路から逃れようとしているのを発見して、拘束したわ。どっちが囮だったのかは聞かないけど、どのみち、残念だったわね。太史慈:…。太史慈さんが、ほろ苦い微笑を唇の端に浮かべる。 ハルヒ:他にもよ。この城にいて、脱出を図った文武の百官ことごとく、偉いさんから官吏の端々に至るまで、ここにいるキョンの部下が全員捕らえたわ。太史慈:全員…だと? はじめて、太史慈さんの表情に動揺が走った。 ハルヒ:ええ、全員。こいつはね、見た目あんまりピンとこないかもしれないけど、逃げ隠れする人間を見つける勘だけは、もう凄いんだから。肝心なことには気づかないくせに。 なんつう紹介だ。というか、俺の意味不明な固有スキル「捕縛」ってのは、つまりそういうことか。 ハルヒ:――観念しなさい。もう、何もかもが終わってるのよ。もちろん、捕虜としての身分、人権は十分に考慮してあげるわ。ハルヒが、重ねて言うと、もはや脱出する甲斐もなしと判断したか、太史慈さんは腰にやっていた手で佩剣を鞘ぐるみ掴むと、無造作にハルヒへ投げてよこした。 太史慈:いいだろう。投降しよう。 急転直下、あっさりと太史慈さんは、ハルヒの降伏勧告を受諾。 ――西暦196年、10月も半ばを過ぎようとしている。 |
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