2009.01.01

第5話 「ヒトメボレ猛将伝」

1-5 ヒトメボレ猛将伝

 西暦195年、4月。
 会稽郡全域の残務処理を許靖さん達に任せて、俺と古泉、長門、董襲さん、それに王朗さんたちは、越軍をまとめて呉の城に向かった。

 

 浙江を越え、郡境が近づくにつれ、越軍の兵士たちの間のお祭りムードが一変し、緊張が高まっているのが解る。
 ほんの数ヶ月前に侵略者として呉の田畑を荒らし、今度は征服者として彼らの上に君臨するわけだ。俺もそうだが、多くの将兵は、どういう顔をして諸県の市街を通過したらいいのか解らない、といった風情だ。

 ――というわけで投石の一つでも覚悟していた俺たちだが、これがなんと、実にあっさりと歓迎された。
 もちろん諸手をあげての歓迎光臨ムードというワケじゃないが、通過する先々で水や糧食の提供を受け、越軍団はすんなりと呉へ入ることができた。
 なんだか拍子抜けだな。

古 泉:まさに呉越同舟ですよ。この乱世の激流に漂う一艘の舟に乗り合わせたのですからね。呉だの越だの言ってられないのですよ。

 今回その舟を脅かした激流というのは、越の領袖たるハルヒ本人だけどな。マッチポンプもここに極まれりだ。

古 泉:そのポンプですが、現在、文字通り大規模な農業灌漑が郊外で行われているようですよ。どうやら涼宮さんが、官庫を開いて民政を始めているようですね。呉の人心が明るいのも、善政を我々に期待しているからでしょう。

 なんだ、ハルヒの奴が内政? 俄に信じがたい話だが。

古 泉:いざ進駐してみて、呉の窮状を見かねたのかも知れませんね。

あり得ない話じゃないな。呉の荒廃っぷりにアテが外れたってのは。
 前の厳兄弟はSOS団以上の軍事政権だったわけで、呉は会稽よりは規模の大きな都市だが、その内政状況は惨憺たるモノであったらしい。

 ――などと馬上でくっ喋っている俺たちの前に、ようやく都城の全景が広がってきた。
 先月さんざんに俺たちが攻め立てた呉の城は、いまは門を四方へ開け広げ、かつての侵略者を迎え入れようとしている。
 城に近づくにつれ、礼楽というのだろうか、α波を無駄に刺激しそうな奏楽がまったりと流れ来たり、見れば城外には、大勢の官吏・兵士の皆さんが立ち並んでいらっしゃって、何やら歓迎セレモニーでもあるらしい。

 そして――

古 泉:……な!?

みくる:え…? どうして…!?

 珍しく狼狽した古泉の小さな呻きと、朝比奈さんの可愛らしい狼狽が重なる。
 そりゃあ、俺だって驚いたさ。
 だがまあ、いずれそうなるだろうなという予感はあった。

 文武百官の中央で俺たちを出迎える呉郡新太守ハルヒの、その隣で満面の笑みを浮かべている人物――もうここまで言えば解るだろうが、朝比奈さんのクラスメイトにしてSOS団の名誉顧問、鶴屋さんが、このマヌケ中華時空に参戦するであろうことはな。



 

 

 

 

 
許靖さん
有り余る会稽文官団の一人。曹操を「治世の能臣、乱世の姦雄(逆だっけ?)」と評した許劭(許子将)さんの従兄。でも仲はよくなかったらしい。
元々朝廷の重臣だったけど、董卓から逃げ回って会稽の王朗さんの元に身を寄せていたところ、運悪くハルヒにゲットされて今に至る。
史実だと、このあと更に益州へ落ち延び、劉璋、劉備、劉禅に仕え、生涯蜀の偉いさんとして過ごしている。

統:3武:5知力:67政:79魅:68
名声

 

 2

 

鶴 屋:わっはっはは――! みんな久しぶりだっ! みくるっ!チャイナも似合ってるよっ!

 ハルヒに匹敵するであろう大声で、鶴屋さんは屈託なく手を振った。
 

みくる:鶴屋さん…どうやって…

鶴 屋:はははっ!みんなと多分同じさっ。気が付いたらここにいたんだよっ。流石にびっくりさっ!

 そりゃびっくりするでしょうよ。
 でもどうやって、ハルヒと合流したんです?

鶴 屋:状況が解らなかったから、とりあえず城の一番偉い人に会って話を聞こうと思ったら、ハルにゃんがいたのさっ!

 単身で異世界に放り出されながら、いきなり城を訪ねようという発想のスケールがそもそもからしてデカ過ぎる。定番RPGであれば、文句なしに主人公が務まる行動力だろう。

 …などと、思いがけない邂逅に沸く俺たちの横を素通りして、ハルヒは一直線に長門のもとへ駆け寄っている。

ハルヒ:有希っ!怪我しなかった!?

長 門:…大丈夫。

ハルヒ:でも有希、でかしたわっ!早馬で詳細は聴いてるわよ!二階級特進ものだわ!

 ハルヒは興奮気味に捲し立てながら、長門の両肩をがっしり掴んで、勢いよくその小柄な上体を揺さぶっている。そのたびにショートカットが前へ後ろへ飛び跳ねるように揺れた。
 おい、長門をムチむち打ち症にするつもりか。人間の頸椎というものはだな、これが意外に脆いものなんだぞ。

ハルヒ:うるさいわね。――まあ、とにかく立ち話じゃなんだから、みんな、城へ入りましょう!

 ぽかんと見守っている呉城の面々を置いてきぼりに、ハルヒは長門の肩を抱きながら、テンション5割増しできびすを返した。
 古泉と王朗さんがさりげなくその両サイドに並行し、鶴屋さんは朝比奈さんと腕を組んで、高々と道行く人に手を振りながら移動を開始する。
 置いてかれた形なのは、俺のほか、董襲さんたち、会稽組だ。

董 襲:なんだ、あの髪の長いお嬢ちゃんもあんたらのお仲間か?

 …そうなるでしょうね。なにかと頼りになる先輩ですが、こっちでは、どの程度のパラメータなんだか。

董 襲:んー。オレの見立てだが、たぶん大将と同じ種類の化け物だぞ、あのお嬢ちゃんも。

 化け物!?
 ハルヒの全能力100ってのが化け物なのは解るが、鶴屋さんも、けっこう遠慮無い数値を割り振られているらしい。

董 襲:あー…オレせっかく一番槍係だったんだがなあ。

 などとぼやきながら、董襲さんのごつい背中が心なしかトボトボとハルヒ達を追いかける。
 俺もなんとなくその隣に並び、そのあとをに華[音欠]さん達が続く。
 と。ふいに虞翻さんが、城門前に取り残されていた官吏の皆さんを振り返り、怒鳴るように声を掛けた。

虞 翻:出迎えは終わりじゃ。部署に戻り、上長の指示を仰げ。

 その一言で、居心地悪そうに突っ立っていた面々が、ネジを巻かれた人形のように、四方へ駆け戻っていく。

………
……

ハルヒ:まあ、色々あったけど、結果オーライよね! 呉越を抑えたことだし、このまま勢いに乗って江東を席巻するわよっ

 呉城の太守の間で、ハルヒは腕を振り上げて上機嫌に檄を飛ばしている。
 本拠を呉に移して最初の閣議となったわけだが、その顔ぶれはほとんど会稽時代と同じだ。
 ハルヒの左右に立つのは相変わらず軍師古泉と家老役の王朗さんで、やや後ろに離れたところで、朝比奈さんが盆を胸に抱いて控え、俺たち次列の文武官は、それに対面する形でズラリと居並ぶわけだ。
 だが、ここ呉城ではここからやや異なる。 

鶴 屋:わははっ、太守さまっ!何でも命令してくれたまいっ!

 と、ハルヒ以上に盛り上がっている鶴屋さんと、

厳白虎:…。

厳 輿:…。

 周囲へ往年の偏頭痛を訴えるような姿勢で憮然と佇む、かつての敵将の姿があった。

 あらたに呉の支配者となったハルヒは、虜将を処断追放せず、幕下に納めることに成功していた。
 武装勢力の指導者として一郡を領していたほどの兄弟だ。先の戦闘では散々な目に遭っていたが、もともと武将としての能力・統率力は言われるほど低くない。少なくとも、平成生まれの飽満しきった高校生以下と言うことはないだろう。
 ちなみに弟の厳輿さんのほうは、呉の陥落時、「オレをバカにしてるのか」と誰もが納得する至極もっともな理由でハルヒの説得に応じず、つい先ほど古泉が獄中で説得することになり、ようやくハルヒの下で働くことを了承していた。

ハルヒ:さあ古泉くん、次は建業攻略よね。いつ我が軍は出撃できるのかしら!

 案の定のセリフを吐きだし、鼻息荒くキラキラした瞳で傍らの古泉を顧みるハルヒ。古泉は羽扇で巧みに苦笑を隠しているが、こっちの角度からだと丸見えなんだよ。

 

 

 

 

 



鶴屋さん
俺たちより一つ上の学年で、朝比奈さんの同級生。草野球チームの助っ人として朝比奈さんが呼んできて以来の縁だ。誰とでも一瞬で仲良くなれる快活な先輩で、ハルヒに匹敵する行動力と実行力を駆使し、色々とSOS団のために助力してくれる頼もしい人。
実はかなりの名家のお嬢様であり、どうやら古泉が所属する『機関』とも繋がりがあるそうだが、色々と超越した存在でもあり、現時点では不明。

ハルヒ:会稽にしても呉にしても、ド田舎もいいところだわ。SOS団の覇業は、あのでっかい建業の城を奪って、ようやく始まるのよ。そうでしょう!?

 ハルヒがまくし立てるとおり、タテに回廊状になっている江東地方を抜け出すには、その出入り口を扼する建業を奪取しなければならない。

 建業は長江に面した巨大港湾都市であり、江南の政治・商業・文化の中心地であると同時に、攻め手の気が滅入るほどの防衛力を誇る城壁と、常時数万の兵馬が駐留する一大要塞でもある。
 ハルヒは、今すぐにでも、そこへ攻め寄せたくてウズウズしているようだ。
 ――おいハルヒ。俺たちが隘地に逼塞していて、かつこの世界がSLGベースである以上、帝国主義には目をつぶるが、問題が三つばかりある。お前はその辺を解って言っているのか。

ハルヒ:なによ。キョンの分際であたしに諫言するつもり?

 言いながらも、上機嫌らしいハルヒはこちらに向き直って「まあ聴いてあげるわ」のポーズだ。いちいち業腹な野郎だが、またこいつの死の行軍に付き合わされるよりマシと自らを諌めて、ハルヒの突撃脳にも解りやすく、現状を分析してやる。

 ――ひとつは、呉・越の兵力の少なさだ。建業の総兵力は3万に達しているが、いま会稽と呉の兵力を掻き集めても、どうにか1万そこそこだろう。外征どころか治安維持すらままならない状況であることは、先の山越襲撃でも明らかだ。

ハルヒ:…。

 もうひとつは、内政の不備だ。なにしろ、先の会稽軍の攻撃により呉は壊滅状態。会稽のありったけの兵糧と銭帛をこちらへ掻き集めても、どうにかその一万の兵力を半年維持できるかどうか、というレベルまで困窮しているわけだ。そのうえ国防予算が収支を上回っているとなれば、財政破綻は目に見えているだろう。

ハルヒ:……。

 最後に、山越民族だ。この間はたまたま長門が戻っていたから撃退できたが、また何万という軍団で襲撃されたときに、誰がどの兵力でそれを迎撃するんだ? 主力部隊が駐留する呉はともかく、がら空きの会稽はどうやって守るんだ?

ハルヒ:…………。

 俺が1ヶ条論駁するごとに、眉間の勾配を変えてゆくハルヒ。分かり易い野郎だな。もっとも、みるみる機嫌を損なう太守の様子に狼狽するのは、新参の呉の官吏たちばかりで、会稽からのSOS団員は平然たるものだ。
 二瞬ばかり視線が飛び交った後、一同を代表して王朗さんがあやすように言上する。

王 朗:キョン殿の申し様、三ヶ条ともに尤もでございます。揚州どの(劉)の正義を問う儀については、今しばらく民土を寧んじた後でも遅くありますまい。

 相変わらず、新川執事を思わせるロマンスグレーの英国風紳士・王朗さんは、慇懃な物腰でハルヒを諭す。
 この数ヶ月間で俺たちが学習したことだが、どうもハルヒの、後退のネジを外した強硬意見に対しては、早めに俺がツッコミを入れ、王朗さんか華画像ファイル "http://gukko.net/images/kanji/kin-.gif" は壊れているため、表示できませんでした。さんが微調整しつつ宥めすかし、最後に古泉が後工程処理をする、というパターンが有効であるらしい。
 この場合も、古泉が例の無害スマイルを浮かべながら、

古 泉:王朗さんの仰るとおりです。もちろん、のんびりとはしていられませんが、もうしばらく干戈を横たえて兵馬を休め、殖産に務めるのが、むしろ覇業の近道になるものかと。

と、無難そのものの纏めに入った。

ハルヒ:…………。

 ヘの字口とアヒル口の中間くらいの表情で、己を諫止する手下団員たちを交互に眺めていたハルヒは、しかし群臣をギャフンと言わせる有効な反論が思いつかなかったらしく、やがて不貞腐れたように溜息をつき、「まあいいわ」と呟いた。
 が、次の瞬間勢いよく上げたその顔には、またハルヒらしい楽観的かつ好戦的な光彩が新たに踊っている。

ハルヒ:みんな分かってるわね!必ず次の年には、建業にわがSOS団の旌旗を掲げること!その為の準備期間なんだから、今日あたしを諫めたことを後悔するくらい、みんなには働いて貰うわよ! ――もちろんみくるちゃんにもよっ

みくる:ふぇ――!? はいっ――!?

 まさか自分に振られると思わなかった朝比奈さんは、大きな目を白黒させてアタフタしている。奇襲効果の覿面さに満足げなハルヒの側で、鶴屋さんもその様子を見てゲラゲラと大喜びだ。
 まあ、ともあれ侵攻フェーズまであと数ヶ月は猶予を貰えたと言うことだな。

………
……

古 泉:さて、問題は山越の襲撃にいかに対処するか、ですが――

 内政について、やや事務的な討議がなされた後、古泉が一同の注意を喚起したことは、江東政権にとって死活問題とも言える、山越民族問題だった。
 先の戦いでは、たまたま長門や古泉という知力90オーバーの軍師級武将がいたから何とかなったが、実際は彼らを圧倒するだけの大兵力を常駐させておかなければ、撃退することは不可能だ。
 ちらりと長門を見ると、いつものように竹簡の黙読に余念がなさそうだ。いざとなれば、こいつを後方に残しておくという選択肢をハルヒに提言する機会かもしれん。前線にいるより安全で、読書の時間も多く取れるし、本人にとっても、その方が幸せだろう。ハルヒが承知するとも思えないが、言って損はないだろう。

ハルヒ:面倒ね。パーッと本拠地とか燃やせちゃえないの?

 無茶を言うな。推定何十万、何百万人という一つの民族だぞ。どんなジェノサイドを敢行するつもりだ。

ハルヒ:わかってるわよ。そうじゃなくて、戦闘集団を一箇所に集めて殲滅できないかってこと。

鶴 屋:ねねっ、何なら私が留守番してよっかっ? こっちは任せて、ハルにゃんたちはやりたいことを全力でやりなよっ

 屈託無く、鶴屋さんが申し出てくれる。
 そう、何かと俺たちを巧妙にバックアップしてくれる、いつもの頼もしい先輩の顔だ。
 しかし――

ハルヒ:うーん…鶴屋さんを後方に回すのは、もったいなさ過ぎるわ

  と、ハルヒが渋面を作るのも無理ないことで、このマヌケ中華時空における鶴屋さんのスペックも、かなり反則気味なものだった。

 鶴屋さん

統率 武力 知力 政治 魅力 備考
90 90 90 90 90 特技:洞察         

 ハルヒの場合と違って、たまに見え隠れする鶴屋さんの底知れない部分を考えると、そうあり得ない数値と感じられないのが怖いところだ。

ハルヒ:鶴屋さんには、政戦両略でガンガン活躍して欲しいのよ! もう一人くらいあたし級の人材が欲しいなあ、って思ってた矢先にフラっと来てくれたのよね。これは天が遣わしたものだわ。それを呉越に埋まらせるわけにはいかないわっ

鶴 屋:わはははっ、天を持ち出されると照れるにょろよっ

 ケラケラと笑うSOS団臨時顧問は、ふと表情を改めて、んー、と舌を出さないペコちゃん的思案顔を一同へ向けた。

鶴 屋:でもさ、山越って人たちも、絶対に攻めてくるわけじゃないんだよねっ。じゃ、攻められない方法も考えたらどうかなっ

 山越の襲撃が起こらない方法――
 と言われてすぐに思いつくのは外向的な懐柔策あたりだが、こちら側からお願いする立場である以上、然るべき手当金を用意するのは当方であり、さて唯でさえ倒産寸前の呉越連合にそんな事が可能なのかどうか。
 と、脳内で2bit算盤を弾いているところに、「おお」と声を上げた人物があった。

厳白虎:そういえば吾輩ら兄弟であれば、彼らを押さえることが出来るであろうな

 と、かつての敵将は、こともなげに言い放った。

ハルヒ:…本当に?

 と疑わしげな様子のハルヒに向かい、厳兄弟はニヤリと笑って見せた。

厳白虎:なめて貰っては困る。吾輩は山越の渠帥どもと互いの血を啜り、義を契った中だ。吾輩か弟がおる城には、彼らは決して寄せては来るまいよ

 なるほど、武将特性「親越」だ。
 すっかり忘れていたが、厳白虎兄弟は山越民族の有力者という設定だった。彼らのもつ特性「親越」は、文字通り山越民族と近しい武将に与えられ、彼らの襲撃を未然に防いでくれるのである。江東でなければ活かしようのない特性だが、城に居るだけで効果が発揮されるレアなものであった。

古 泉:ありがたいですね。厳氏お二人に、それぞれ会稽と呉に駐留して頂ければ、それだけで全域をカバーできます。

ハルヒ:でかしたわっ!何よ、これで問題ひとつ解決じゃない!

 ま、そうだな。出来すぎといえば出来すぎな配剤だが。
 会稽に弟の厳輿さん、呉に厳白虎さんが籍を置くだけで、あっさりと山越の数十万の脅威が片付いた事になる。
 さんざん雑魚雑魚言っていたハルヒも、さすがにこのときばかりは、二人を見直しただろうな。

ハルヒ:とりあえずマイナス要因は払拭されたし、後は武将集めとか、計略とか、そのへんの話よね。――みんな、トイレ休憩とか挟んだ方がいい?

古 泉:府君、いかがでしょう。色々と重要な決議も出ましたし、ここは一度閉会して内容を消化して貰い、明日あらためて会同するというのは

 俺たちの顔にそろそろ浮かんできている疲労を汲み取ったか、ふいに古泉が休会を提案する。まあ体感時間で7時間くらいぶっ続けだったからな。脳細胞のためにも、糖分の補給が欲しいところだ。
 ハルヒはというと、あと10時間でも軍議を続けられそうなコンディションのようだったが、一応、王朗さんに視線を投げかけ、王朗さんが切り揃えた口ひげの下でやんわり頬笑んで頷くのを見ると、

ハルヒ:そうね。今日ももう遅いし、懸案事項も解決したし、一眠りして頭を休めたほうが効率いいかもね。

 と、案外あっさりと明日への持ち越しを認めた。

ハルヒ:じゃあ、明日、また朝イチで集合。手ぶらで来ちゃダメよ。ちゃんと明日話し合うための腹案とか資料とかを各自まとめて持ってきなさい。そうね、一人一案、何か策を用意すること。

 宿題つきかよ。策ったって何の策を提出すれば良いんだ。テーマを明示してくれ。

ハルヒ:内政でも軍事でもかまわないわ。テーマは「富国強兵」ね。――じゃ、今日はこれで解散。また前みたいに客楼でミーティングするから、みくるちゃん、用意よろしくね

みくる:は、はいっ

鶴 屋:おっ!二次会もあるのかっ。私も手伝うよっ

 嬉々として手を挙げた鶴屋さんが、朝比奈さんが慌てて断るよりも数瞬早くその腕を取って、ぐいぐいと引っ立てていく。
 今日からSOS団のブリーフィングも、これまで以上に騒がしくなりそうだ。
 


建業
現在の南京。ちなみにこの当時はまだ秣陵と呼ばれる中程度の都市だったらしいが、この世界じゃもう建業という大都市になっているので、今後もそのままで通す。

 

 

 

 

 ――そんなこんながあってから、約半月後のことだ。
 現在俺の孤影は、目下のところSOS団本部移転予定地である、大都会建業の雑踏にあった。
 むろん呉越のSOS団軍が、わずか20日足らずでこの一大要塞を攻略したわけではなく、単に旅客としてだ。

 意外なことだが、呉越のSOS団と、ここ建業は相互不可侵の同盟関係にある。
 建業の支配者劉と、王朗さん時代の会稽郡は、ともに長安の魔王董卓を滅ぼさんとする連合体だったからな。
 同じく反董卓同盟員だった厳白虎との関係を一方的に精算した挙げ句、その翌月には攻め滅ぼした会稽の新太守涼宮ハルヒと代が変わった今でも、建業・呉・会稽の同盟関係は継続しているわけだ。
 なんという無防備さか。
 俺なら、こんな油断ならない隣人は到底放置できんだろう。すぐに違約を口実にして建業の兵を挙げ、疲弊しきっている呉・越を攻め滅ぼすところだ。
 それをしないところに、建業の支配者劉の限界があると見るべきか、すぐ膝元まで迫ってきている袁術軍団の膨張を警戒していると見るべきか。


 さて、そんな仮想敵国の本拠地をたった一人でうろついている俺の目的は、もちろん買い物でも物見遊山でも傷心旅行でもなく、わがSOS団にふさわしい人材のスカウトにあった。
 凌操さん、というハルヒ垂涎の猛将タイプだ。

ハルヒ:キョン!あんた絶対に連れてきなさいよ! もしミスったら、今月の給料から経費天引くわよ!

 というハルヒの理不尽な叱咤を背に、この建業までやってきた俺だったワケだが、しかし任務を全うできずにいた。
 以前会稽で董襲さんを見つけた経験を活かして、建業の大街の辻々をめぐり、どうにか目当ての凌操さんには会えたのだが――

凌 操:俺に、呉君に仕える理由が無いな

 と、まさに反論の余地が1ミリも介在しようのない完璧な理由でもって、丁重に断られた次第だ。
 そりゃそうだ。
 なんだって、この乱世に生まれた大丈夫が、好きこのんで出来星大名のハルヒに仕えなきゃならないんだ。俺でも当然断るね。
 というわけで、早々に説得を諦めた俺は、「あ、どうも、それじゃ」とヘコっと会釈して、その場を立ち去ったわけである。

 …だが不思議なもので、ミッションに失敗した直後はむしろ晴れ晴れとした開放感すら満喫していたのだが、こう時間が経つにつれ、あれこれと悔恨の虫が胸中に蠢動しはじめる。
 ――もっとしつこく食い下がるべきだったか? 他に交渉する手段はなかったのか?
 思えば、ヘッドハンターにしては引き際が良すぎた事は認めざるを得ず、俺は営業職に向いてなさそうだなと将来を憂う程には反省している。
 セールスマンというのは、結構ですと断られてからが仕事というからな。先方に断られたのに、何でそこから食い下がらなきゃならんのだ、と思う時点で営業失格なんだろう。

 やれやれだ。
 これから呉へ戻って、ハルヒにここぞとばかりに嫌味を言われ、とどめに古泉の野郎に憫笑されるのかと思うと、もう総てを投げ出して山野に庵を結び、仙道を修めるまで隠遁したくなる。朝比奈さんが後で励ましてくれるという特典がなければ、もうとっくにそうしていただろうな。
 

 などと一歩毎にダウナーなオーラを濃くしながら雑踏を歩くうちに――
 
 俺はいつの間にか、周囲を完全武装の兵士に取り囲まれていた。


 何のドッキリだ、と思いかけて、俺は今さらながら己の不注意に気づいた。
 呉から見て建業が次の標的であるように、建業から見て呉は同盟国であると同時に侵略者予備軍でもあり、南方からの来訪者に哨戒の目を光らせるのは当然だ。
 ましてそれが、市井の情報収集、人材の勧誘まで働いていたとあっては、即刻、敵対工作員として拘禁するのが当局として必然の対応である。
 俺自身、特に目立った行動をとった覚えはないが、ステルスした覚えもないしな。いつのまにやら監視されていたのだろう。とんだ間抜けスパイだ。

 ――さて、どう切り抜ける?

 俺の武力は70。武将としては、初登場ページの2行目くらいで関羽とかの前に立ちふさがり、次の行で一抹の血煙と化して退場する程度の役どころなのだろうが、単なる兵士の群が相手であれば、一直線に切り抜けるくらいはできる、と信じたい。
 現実世界では、そもそも一介の高校生が屈強な兵隊さん相手に勝てるはずも無いのだが、ここは一応ハルヒが適当につけたパラメータに支配されているマヌケ時空だ。武力にしたって、殺傷能力にはならなくとも、相手を突き飛ばすときぐらいには反映されるかもしれん。
 一か八か、全力ダッシュで突破するか。
 そう思い定めて、ジリジリと姿勢の重心を低く落としかけたときだ。
 突然、兵士の壁が割れて、この隊の指揮官とおぼしき武将が、黒いマントを翻しつつ、傲然たる風に姿を現した。
 30前後の若々しい風貌で、董襲さんほどの大男ではないものの、肩広く胸厚く、鮮やかな金鎧に身を包み、どう見ても雑魚キャラではない。男は剣巴に手を添えて、じっと厳しい表情で俺を見据えている。

 ああ――
 俺は、一目で悟った。
 こいつには勝てっこない。
 冗談抜きで死ぬ。致死率に換算すると有事の朝倉に匹敵するくらい、俺と目前の武将は戦闘力に差がありすぎた。武力は90を軽く越えているだろう。
 犬で喩えれば、ちょうど尻尾を左右の後足の間に巻き込んで後ずさっているカタチの俺を見て、男のほうも哀れを催したのか、渾身から吹き上がる殺気をわずかに解いた。
 


 

 

 

 

 

 

 

 

http://gukko.net/images/kanji/you2_s-.gif
れっきとした漢王朝の皇族で、揚州刺史。兄のhttp://gukko.net/images/kanji/en2_s-.gif州刺史劉岱とセットで、当代の英雄だの二匹の龍だのと絶賛されていたほどの有名人らしい。演義のほうじゃ、バカ殿のイメージが強いけどな。
董卓戦後、圧倒的軍事力を誇る袁術に本拠地を追い出されてしまい、今の建業で力を蓄え反撃の爪を研いでいるところ、らしい。
ちなみに現在袁術陣営の先鋒として、すぐ対岸まで遠征してきているのは、若き孫策だ。

統:62 武:67 知:52 政:70 魅:64


 

 

 

 

凌操さん
史実コースだと孫策に従い、董襲さんクラスの武名で鳴らした猛将。常に先頭切って戦うタイプだったようだが、後の夏口城攻めでそれが災いし、敵将甘寧の矢によって戦死。
このとき15歳だった長子の凌統の方が、その復讐劇で有名になるな。

統:75 武:81 知:42 政:35 魅:55
掃討




 男は自らを東莱の太史慈である、と名乗った。
 …道理で、な。この国最強の武将だ。
 こんな歴史的な有名人に、俺が勝てるはずがない。

太史慈:吟味したいことがある。ご同行願おうか

 謹直そうな声で、しかし厳しい視線はそのままに、太史慈さんはこちらへ手を差し伸ばした。
 剣を渡せ、という事だろう。
 どうする?
 これまで何だかんだで、死線らしきものを気が付けば幾つかくぐり抜けてきた俺だが、ここまで露骨な、かつ単身で窮地らしい窮地に立たされた経験は、実は無かった。
 俺の目は無意識のうちに、極度に無口な文芸部員の姿を探したが、無論この場に長門が居ようはずもなく、ただ兵士らの鉄環に穴がないという事実を確認しただけだった。
 
 …ここは剣を渡して、無抵抗のまま縛に付くか?
 
 それが正解なんだろう。これが敵対国であれば問答無用で切り捨てられるだろうが、まだ建業と呉は同盟関係だしな。
 ここで斬り暴れたところで、数秒保つか保たないか。それなら大人しく捕虜となって、救助を待てばよい。
 そういうシナリオのあるゲームかどうかはしらんが、あの騒々しいSOS団の団長が、こんな面白そうな脱線を見逃すはずがないだろうからな。
 おそらくSOS団の皆を引き連れて、上を下への大活劇を繰り広げるに違いない。
 おおかた最後は敵の要塞を爆破炎上させて、ジエンドだろう。
 
 などと無意識に都合の良い妄想を受け入れつつ、俺が太史慈さんの武装解除令に応じようとしたところ――。

「おーいっ、キョン君――っ」

 と、まるで場違いな呼びかけの声が、その辻中にこだましたのだった。

太史慈
言わずと知れた東呉の名将。当時でも既に有名人で、この揚州刺史・劉http://gukko.net/images/kanji/you2_s-.gifの客分として逗留している。ただ私兵を持たない客将の悲しさで、軍内での地位は高くなく、偵察や防諜あたりの任務を任されるだけだったらしい。
中国軍事史上でも稀少とされる、袁術軍の孫策と繰り広げた大将どうしの一騎打ちは、そのあたりの鬱憤が遠因となっているかもしれないな。
律儀で生真面目な人だったらしいが、反面、乱世の英雄としての資質もあったらしく、敗戦後は流亡する劉http://gukko.net/images/kanji/you2_s-.gifを見限り、周囲の小勢力や山越民族を糾合して独立勢力を築き上げ、最後まで孫策に抵抗した。
孫策に捕らえられて後は、一騎打ちの奇縁もあって孫策に重用され、大兵力を任されたという。本当に少年漫画みたいな展開だ。

統:82 武:93 知:66 政:58 魅:79
戟神

鶴 屋:キョン君、いたいた! わはは、ごめんよっ。凌操さんのことだけど、あたしの方で勧誘成功しちゃったにょろよっ

 場違いな声で、また場違いな内容を、SOS団員団名誉顧問は思いっきり大声で伝えれくれた。
 何故鶴屋さんがここに、という疑問についてはまあ察しが付く。ハルヒの野郎は、俺だけでは心許ないと感じたのだろう。凌操さんハンティングの第二陣として鶴屋さんを差し遣わしたに違いない。

 鶴屋さんは、槍の矛先を向け直す兵士たちをまるで無視して、俺の方へ一直線にスタスタ歩み寄った。

鶴 屋:いやー。キョン君の時はタイミングが悪かったみたいだったさ。ちょうど、ここの城の殿様からもオファーが来てたみたいで、条件面で悩んでたらしいっさ。キョン殿に詫びておいてくだされ、だって。いい男だよねっ

 屈託無くケラケラ笑う鶴屋さんには、もちろん功を誇る風もなく、先に失敗している俺への変な気兼ねもない。
 ありがたいね。計算され尽くされているのか自然体なのか、たぶん鶴屋さんの場合二週くらい回って後者なんだろう。
 ――っていうか今そんな話をしてる状況じゃないんですが。

鶴 屋:ささ、用事も済んだし、いったん呉へ帰ろっ

 鶴屋さんは、もうわざと言っているとしか思えないほどハッキリと所属元を四囲へ告げ、ぐいっと俺の手を引いた。

太史慈:待たれよ!

 さすがに唖然としていた太史慈さんが、慌てて制止しかけるのを、鶴屋さんはケラっとした笑顔で遮った。

鶴 屋:お勤めご苦労様っ。お城の殿様にも、よろしく伝えといてっ。

 ヒマワリのような極上の笑顔で、しかも至近距離でぱっちりウインクされた太史慈さんは、目に見えて解るくらい狼狽した。逃げるように飛びすさり、挙げ句後ろの兵士に支えられるほどだ。

太史慈:そ、尊名を――!

 先程までの破格の英雄っぷりはどこへやら、パニックのあまり太史慈さんは何故か鶴屋さんの名前を聴いてらっしゃる。
 鶴屋さんは、俺の手を引いてぐんぐん歩きながら、くるっと振りかえって、大声で自分の名前を告げた。
 しばらくして、だいぶ遠くから太史慈さんの声が聞こえた。

太史慈:拙者、東莱の太史慈でござる!

 史実において曹操からラブレターを貰う程の英雄児の、渾身の自己紹介である。

 ――なんなんだ、いったい。

………
……

 ともあれ、俺と鶴屋さんは、虎口を逃れたというか、とにかく建業城外への脱出に成功した。
 といっても、特に緊急手配が回っている様子もなく、亭の厩舎に止めていた馬に悠然とまたがり、二人は堂々と轡を並べて街道を進んだんだがな。
 凌操さんは、道々落ち合うということらしい。

 なんだか太史慈さんが参入したあたりで色々あり過ぎて混乱気味だが、とにかく今回の目的、凌操さんをスカウトするというミッションは、鶴屋さんによって果たされた、という事でいいんだな?
 さすがは全能力90の完璧超人だ。
 無論俺とて天才と凡人の差は充分自覚しており、またハルヒがデタラメに決めた能力値のせいでその格差が余計に広がっている事を知悉している以上、別段結果に対して忸怩たるものはない。
 だが、己を憫笑するほどの皮肉な心境にはなろうというものだ。
 
 なあハルヒよ、何だって俺だけこんな中途半端な能力設定しやがったんだ?政治力でも何でもいいから、一つくらい他者に負けない能力値があれば、何らかのミッションは成功させていたかもしれず、土産のひとつでも買って帰ろうという気分になったろうにだ。

  夕刻が迫り、数里も離れた地点で、ふたたび建業を振り返る。
 幾重の防衛施設を連ね、難攻不落を謳われる江東随一の城塞都市は、夕日を浴びて緋色に染まっている。

 来年の今頃、あの化け物のような城にちっぽけな戦力で挑まなければならない俺たちの惨たる将来を、まるで象徴してるようじゃないか。

 長江の豊富な水資源を循環させた堀は攻城兵器の密着を赦さないだろうし、林立する矢倉からは雨のように矢が降り注ぎ続け、二重の城壁は寄せ手を二乗倍に疲弊させるだろう。
 俺のような凡将パラメータの人間は、ひたすら戦線に粘着し、兵力を摩耗し合う作業を続けるしかない。
 突撃を命じ続けるハルヒに従い、俺たちは何度も何度も、壊滅するまで攻撃を繰り返すことになるんだろうな。
 想像するだけで、今から胃下垂になりそうな光景だ。

 ――と、アンニュイに佇む俺を見て、何を思ったか、鶴屋さんが馬首を巡らせ、建業城の方向へ歩みを戻した。

鶴 屋:キョン君キョン君。――今からさ、一つ予言するよっ

 唐突に言うと、鶴屋さんはひらりと馬から飛び降り、遙か先の建業要塞群をぐるっと指さした。

鶴 屋:あのお城は、あと一年以内に、なんとキョン君の手によって陥落するのだっ!


(夕日の中の鶴屋さん:かづき様)

 …予言にしては、希望的観測が強すぎるんじゃないかと思いますが。
 能力から言っても、最も活躍するのはハルヒか鶴屋さんでしょう。そもそも、今の呉軍がどれだけ努力したところで、一年やそこらであの城は陥ちそうにありませんが。

鶴 屋:あっはっは――。まあ見てなよキョン君! ハルにゃんがどんだけキョン君の能力値決めるのに時間かけたか。スモークチーズ賭けてもいいけど、多分あたしたちの中じゃ一番悩んだと思うなっ。

 それはないでしょう。長門や古泉の場合、知力と政治力の調整は悩んだ形跡があるっぽいですけどね。
 俺なんか、相当テキトーに決めているっぽいな。政治力とか魅力とか。

鶴 屋:んっふっふっふ。ちなみにー、キョン君のパラメータだけみんなみたいな一発芸がないのは、キョン君がこの三国志世界のバランスを崩してしまうからさっ

 はは。絶体絶命のピンチ時に真なる力が解放される隠れイベントでもあるんですか。映画の例をみれば、朝比奈さんあたりに隠しパラメーターがあってもおかしくなさそうだが。
 しかし、できればその手の発動がある状況だけは御免被りたい。

鶴 屋:わはは。そーゆーのもいいけど、そうじゃなくて、普通にだよっ。ハルにゃんでも長門っちでもなく、キョン君の能力がこの世界観を壊す鍵になっちゃってるっさ

 俺のどこにワールドブレーカーの要素が有るっていうんです? それを言うならハルヒのアレはバランスがどうこういう以前の能力値でしょう。

鶴 屋:んー。数字自体は作業の効率を上げるだけで、そんなに意味がないにょろ。あたしにしてもハルにゃんにしても、戦場の活躍じゃまずキョン君には敵わないっさ。

と、理解不明なことをさらっと言うと、呆気にとられる俺を放置するように、鶴屋さんはまた馬上の人となった。

鶴 屋:まあ、そのうち解るよっ!

 再び南へ馬首をかえした鶴屋さんは、白馬の首をひたひた叩いて、さ、帰ろっかっ、と声をかけると、馬腹を軽く蹴った。
 俺もあわてて馬を返し、その後を追いかけてゆく。


 

 

 

 建安195年夏――
 呉越に本拠を構えるSOS団は、あらたに猛将凌操さんを得、着々とその陣容を整えつつある。

 相変わらずハルヒは思いつきでバカな戦略命令しか下さないが、多期作化を中心とした農政改革のほうは予想以上の成功を収め、数万人単位での餓死者が予想されていた四半期を、どうにか乗り切った。
 侵略が切っ掛けとはいえ、曲がりなりにSOS団という一つの政体に纏められた呉と会稽の二郡は、ギリギリのラインでやりくりできるようになっていた。
 これは全部王朗さんをはじめとする文官団の尽力の賜だろう。
 相変わらず、貧乏国家には違いないが、それでも少しずつ商業施設を拡大し、景気は上向いてきているといえる。
 
 
  それとは対照的に、北の堅塞・建業城は異様な緊張感に包まれているという。
 嵐を孕んだ黒雲が刻一刻と迫るように、昨年から長江対岸に布陣している袁術陣営先鋒の孫策軍団が、いよいよ渡渉の準備に入ったらしい。
 頻々たる早駆けが要塞の支城間を駆け回り、長江に水門を開く港湾部は、今や戦闘用の艦艇でびっしりと埋め尽くされている。
 建業の要塞を盾に迎え撃つか、それとも下手な海域より広大な長江上での水上決戦となるか。
 揚州刺史の政庁は、大いに狼狽しているところだろう。

 

 遠く離れた呉の城で、以上の報告を受けたハルヒは満足げにほくそ笑んだ。

ハルヒ:ふふん、鳥と貝どうし、せいぜい派手に噛み合ってなさい! あたしが結局美味しく頂くんだから

 はやくも漁夫の構えで待ち受けるハルヒ。見事なまでの悪役っぷりだな。

ハルヒ:ふん、何とでも言いなさい。我が敵をして我が敵を衝かせしむるのが、ええと、兵法の常道よっ

 格好いいことを言っているつもりのハルヒは、しかし上機嫌らしく古泉に向き直った。

ハルヒ:古泉くん、だいぶ間が空いたからもう一度問うわ。――我が軍はいつ出撃できるのかしら?

 今回は、古泉も苦笑を浮かべない。羽扇を軽く揺らし、いつものスマイルで答える。

古 泉:あと1ヶ月ほどで、井蘭の第一号、第二号が会稽の工廠で完成します。いかがでしょう、この兵器の到着をもって出陣なさるというのは

 ここで新兵器情報の投入である。ハルヒの顔が劇的に輝いた。

ハルヒ:わかったわっ! じゃあ、出陣まであと2ヶ月ほどの我慢ねっ

 嬉々として、力いっぱい掌を打つハルヒ。まるで来月遊園地に行くことが決まった幼稚園児だ。

ハルヒ:そうと決まれば、じっとしていられないわ! もっともっと、我が軍を増やして、精強に鍛え上げなきゃ! みくるちゃん、また募兵するわよっ!

みくる:ええーっ、またあれやるんですかぁ

 朝比奈さんが情け無さそうな声でか細く抗議するも空しく、ハルヒは朝比奈さんの腕をむんずと掴んでズカズカと連れて出てゆく。
 なにせ朝比奈さんは魅力100だからな。
 募兵要員としてはこの上ない適職であることが災いし、ここのところ結構なローテーションで日がな一日中プラカードを持って、街頭で兵隊募集を呼びかけさせられていた。
 さすがにバニースーツは手に入らなかったらしいが、代わりにハルヒが自ら意匠を起こして特注させた、チャイナ風ウサ耳ドレスだ。
 その格好でプラカードを持って、情けない声で街頭へ呼びかける姿は、いつぞやの自主制作映画を思い出させ、何ともいえん気持ちにさせられるものだ。

古 泉:…まあ、我が軍もこの半年間で飛躍的に増強されています。純軍事的には、けっこう善い戦いが期待できると思いますね

董 襲:そりゃいいんだが軍師どの、あんまりモタモタしてたら孫策軍に先を超されるんじゃないか?

 ハルヒが出ていった先を見送りつつ、なんとなくざわつく一同。ハルヒが自分の言いたいことしか言わないから、必然的にこういう間の雑談が、実質上の軍議にになっていたりする。

凌 操:太史慈がいるから、そう簡単には陥ちんだろう。硬いぞ、あの部隊は

 直にあった俺としては、大いに頷きたいところだ。ただ、その太史慈さんとも、俺たちは時おかず戦うことになるわけだが。
 戦闘力にしても、用兵にしても、残念ながら俺や古泉では全く相手にもならない。ここは董襲さん、凌操さんのツートップで押さえ込むしかないだろう。鶴屋さんやハルヒは、パラメータでは勝っているとはいえ、陣頭には立たせるわけにはいかんだろうからな。

 …と皆で用兵を案じているところに、またまたハルヒが朝比奈さんを引きずるようにして戻ってきた。
 朝比奈さんは、また例のチャイナバニー姿を皆の視線に晒されて、羞恥に顔を赤く染めている。
 が、俺よりも先に虞翻さんが一喝したことに、こんどはハルヒも色違いの同じ似非バニー姿だったのである。

ハルヒと赤兎
(ハルヒと赤兎:亜栗様)

ハルヒ:どう? こないだ作らせてたのよ。――さ、いくわよ、みくるちゃんっ!

虞 翻:待ちなされいっ! 太守自ら何たる面汚し、国の恥だ!

ハルヒ:いいでしょ別に。団員募集ってのはね、やっぱり団長自ら率先して行うべきものなのよ。思えばあたしも原点を忘れていたわ

 原点回帰は結構だが、せめてお前くらいは普通にやれ。

ハルヒ:へぇ…

 ハルヒは、にんまりと底意地の悪そうな笑顔を浮かべた。

ハルヒ:じゃあキョンは、みくるちゃんはこのままでいいって言うわけね? ふうん?

 いや、朝比奈さんも普通にやらしてあげてくれ。お前はって言ったのは、お前は太守という立場があるからであってだな…

朝比奈:あの…皆さんこう言ってるんだし、やっぱり――

ハルヒ:決めたわっ! やっぱりこのまま募兵に行くわ! みくるちゃんっ!今日もめいっぱいみんなを悩殺するわよっ!

 バネが弾けたように、ハルヒの野郎は朝比奈さんをかっ攫って、一気に飛び出していってしまった。
 諸将とも制止しようと突き出した手を、空しく宙に漂わせたまま、無言で顔を見合わせる。
 そして溜息とともに、揃ってこう言うのだ。

 ――やれやれ。


 
 

 

 

 

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