2009.01.01

第7話 「ブロッサム・オン・ザ・ヒル【2】」

1-7 ブロッサム・オン・ザ・ヒル【2】

 ――劉備軍来襲
 というとんでもないニュースがもたらされたのは、その7月の内のことだ。
 急報をもたらしたのは、長江から外洋にかけての諜報を担当していた長門麾下の小隊で、その緊急速報はただちにハルヒの元へと伝えられる。もちろん、曲阿に駐留している主だった団員全員が呼び集められた。

ハルヒ:――何考えてんのよ!? 信じらんない!バカじゃないの!?

 開口一番、ハルヒは激しく徐州刺史の劉備政権を批判した。
 そういえば、陶謙から徐州を譲り受けた…ってなイベントがあったっけな。あの時は呉郡をめぐって厳白虎相手に泥臭い局地戦を繰り広げていたところで、文字通り対岸の火事、海外ニュースを聴くような感覚だったが。

長 門:劉備軍は既に徐州城(下)を進発。海陵港を経て沼沢地を迂回し、おそくとも9月中頃には長江上から曲阿を攻撃圏内に捉えるものと思われる。その戦力は――

 淡々と報告する長門の小さな唇は、あっさりと恐るべき名を告げた。

長 門:関羽を主将とする3部隊、約1万8千。

 古泉と俺、そしてハルヒが息を呑んだ。董襲さんや他の史実武将メンバーの表情が変わらないのは、さすがに後世の軍神伝説までは知らないからだろう。今のところ関羽だの張飛だのいっても、殆ど無名選手にちがいない。

 が、率いる将もさることながら、問題はその兵力だ。数で言えば勝てなくもないだろうが、今から狡っ辛い詐取作戦を展開しようというところに、随分とタイミングの悪い闖入だ。まさか同姓のよしみで、劉軍を支援するという意図じゃないだろうな。

古 泉:いや、それはないでしょう。むしろ、これまで空白地だった曲阿に、新興勢力が進出した事に警戒し、牽制するつもりでは。
ハルヒ:牽制だろうとなんだろうと、我がSOS団の前に旌旗に立ちふさがる以上、敵は敵だわ! 向こうから喧嘩売ってきてんなら、もちろん買ってやるわよっ!もう一軍を編成して、ただちに敵の鼻っ柱に先制パンチを叩っ込んでやるわ!

 鼻息荒く宣言するハルヒに、さすがに呆れたように董襲さんが水を差す。

董 襲:まあ落ち着いてくれ大将。劉と劉備が同時に攻め込んできたら、それこそ勝ち目はないぞ
ハルヒ:SOS団の斬り込み隊長がそんなんでどうするのよ!やってみないとわからないわ。

 熊のような巨体の荒武者が、渋面を作って自分の胸までくらいの背丈の女の子に慎重論を説いている姿は滑稽そのものだが、二人とも大真面目のようだ。
 が、他にも賀斉さんや凌操さんなど、武断派と目される猛将連中までもが、二正面作戦を断念するよう説得するに及んで、とうとうハルヒも折れた。

ハルヒ:――じゃあ、どうしたらいいってのよ? 劉備と同盟でも結ぶの?

 ふてくされたらしく、横の壁へ向かってぶつくさ話しかけるハルヒ。子供か、お前は。

古 泉:いえ、同盟よりも、停戦の協定を取り結ぶべきかと存じます。

 停戦協定――とは聞き慣れない言葉だが、要するに期限を定めて相互に兵を引き上げる協定のことらしい。
 「同盟」が期間を設けない漠然とした友好条約のようなものであるのに対し、「停戦協定」は期限が過ぎればまた戦端を開く、という事を前提にしている。
 逆に言えば、「同盟」は一種の紳士協定であり、たとえばハルヒが今やっているように、紙切れ同然に破り捨てる事のできる拘束力の弱い取り決めだ。だが「停戦協定」は、少なくともその期間内においては、きわめて強い拘束力を持つ。

ハルヒ:…そんな協定、劉備が受けてくれるのかしら?

 ハルヒの当然な疑問に対し、

古 泉:不肖この古泉が、府君の印を帯びて劉備の元へ赴き、この三寸不爛の舌をもって、兵を引き揚げて貰って参りましょう。

 と、羽扇を揺らがせつつ、いつもよりやや固いスマイルで応じた。

 ミーティングの後――危急存亡の秋と、すぐさま進発するという古泉を見送りに、SOS団メンバー全員で、ぞろぞろと夜の桟橋まで着いていく。
 まあ、「論客」のパラメータを持つお前に、外交内容に関して別に掛ける言葉はないが、本物(?)の劉備がどんな野郎だったか、よくよく観察して貰いたいもんだ。

古 泉:お任せください。実は、僕も興味津々でしてね。無事戻ってこれたら、詳細をレポートしますよ。

 すでに帆を揚げて待機中の軍艦に乗り込みながら、古泉は相変わらずのスマイルで答える。

ハルヒ:――古泉君、危ないと思ったら、すぐに逃げてくるのよ。どうせ交渉が決裂したところで、あたしたちがギッタンギッタンに叩きのめしてやるだけなんだから。

 威勢よく言いながらも、ハルヒの声は固い。
 無理もないな。
 俺たちがこのマヌケ中華時空に放り込まれて、かなりの歳月が経過しているが、SOS団員を単身、敵地へ赴かせるのは、これが初めてだ。
 もちろん扈従する兵士らはいるが、ほんの数人だけであり、戦力としては素手も同然だ。
 外交使者に危害を加えないのは、無論いまも昔も変わらない常識のはずだが、まもなく干戈を交えるであろう険悪な状況で、絶対安全という保証はなく、ハルヒの心配も解らないではない。
 夜風が出てきた。生暖かい長江の風が一同の髪を激しくなぶる。

古 泉:…では、皆さん。これにて。――お見送りありがとうございました。

 まとわりつくような湿っぽい沈黙を断ち切るように、古泉は渡し板から船へ乗り移った。

鶴屋さん:んじゃ、気を付けてねっ!古泉君!

 鶴屋さんがぶんぶんと大きく手を振ると、隣の朝比奈さんも、控えめに手をユラユラと振る。

朝比奈:古泉君、気を付けて…
ハルヒ:ちゃんと戻ってくるのよ!団長命令だからね!
古 泉:お任せください。命令は必ず遵守いたします。

 古泉を乗せた小型艦の帆は、意外な早さで遠ざかってゆく。そういえば川だったな、ここは。
 長江の流れに滑り込むように、そのちいさな船影は夜の闇へ溶け込んでゆく。
 …睨むように、無言でその様子を眺めていたハルヒ。完全に暗灰色の帆が見えなくるや、唐突に振り返って、手を一つ打った。

ハルヒ:さあ! もう北の劉備は古泉君に任せて、あたしたちは西の建業を獲るわよ! できれば古泉君が戻ってくるまでにカタを付けるわよ!

 もちろん、そのつもりだ。

 

 

 ハルヒが曲阿に居座って半月ほどが経過する頃、建業方面から急報がもたらされる。
 濡須口港から出撃した袁術軍の猛攻により、劉艦隊の一部が潰走し、皖方面で踏ん張っていた太史慈隊以下、対孫策戦線も崩壊の危機に直面しているという。
 これに対し、すぐさま建業から予備選力の切り出しが行われ、もう建業を守る兵力は、わずか5千余にまで減少しているらしい。
 なんとなくSOS団の諜報担当になっている長門は、すぐさま詳細を図面に起こしてハルヒに報告した。
 古泉不在の軍議はどこか違和感があるものの、替わりに鶴屋さんがケラケラ笑いながら的確に戦況を概略していくので、議事進行に滞りはない。

鶴屋さん:じゃあさっ、ハルにゃん。気の毒だけど、もう劉さんとサヨナラしちゃうって事で、いいかな!
ハルヒ:ええ――これも乱世のならい。きっと劉さんも分かってくれるわ!

 んなわけないだろうと思いつつも、これから断交の使者として旅立つ許貢さんの青ざめた表情を見ていると口に出して言えるはずもなく、とにかく、彼の無事を祈るばかりだ。…古泉の時とえらい違いだな。
 

 呉越連合、揚州刺史と断ず――!!

 の一報こそ、江東の政局を一挙にひっくり返す一大事変であり、はじめて天下レベルで、呉郡太守涼宮ハルヒの恐るべき奸猾さが知れ渡った瞬間でもあった。
 むろん、建業にいる人士もバカではなく、呉越を騒がす謎の一党が、いずれ郡境を犯して丹陽まで来寇する事は予測の内にあっただろう。が――まさか本当にこのタイミングでやらかすとは、さすがに想像したくなかったに違いない。
 建業に残留している軍は、現在5千余。
 ほんの半年前には4万を数えた駐留軍は、ことごとく袁術・孫策との決戦に出陣しており、その半数は既に失われ、残りの半数も現在激戦のさなかだった。本国の危急とて、すぐに引き返せない状況だ。
 そこへ、俺たちSOS団率いる3万の軍勢が背後から襲いかかったのである。

ハルヒ:進めえ――っ!とにかく速く!早くよ!
 兵 :ホアァ――!

 琵琶湖どころか滋賀県以上のサイズを誇る震沢の畔に、ハルヒの叱咤とSOS軍の奇声がこだまする。
 ハルヒが率いるのは主力である弩兵8千で、その後を董襲隊、凌操隊それぞれ5千が追い慕う。さらに遅れて、長門の率いる井蘭部隊と、その随伴槍兵部隊を率いる俺が、ゴロゴロと車輪を鳴らしながら追っかけている。
 曲阿を出てほぼ半月、ようやく俺と長門の部隊も丹陽郡の中枢へと突入する。はるか西の彼方に、丘陵めいた高地にそびえる建業の城塞が、うっすらと遠望できる。

ハルヒ:キョン!遅いわよ!

 んなこと言ったってな、こっちは攻城兵器引っ張ってきてるんだぞ。

ハルヒ:あーもう!苛っつくわねえ! ターボチャージャーとか付けられないの!?
長 門:不可能。この構造では、過給器を回転させるだけの排気を得られない。しかし車軸等の改良により、若干の速度向上の余地はある。
ハルヒ:とか言ってる間に、もうあたしの部隊は接敵しちゃってるわよ!

 などと伝令兵経由で怒鳴り合っているあいだにも、劉軍は、どうやら最後の一戦を挑む肚が固まったらしく、3千ほどの戟兵部隊を出撃させてきた。

ハルヒ:飛んで火に入るなんとやらよ!全軍迎撃っ!

 鞍上に躍り上がって、嬉々として命じるハルヒに従い、董襲さんと凌操さんの部隊がハルヒ隊の横をすり抜け、敵軍を半包囲すべく移動を開始する。逆にハルヒ隊は近接戦闘を避けてやや後退し、全体的にUの字の、いわゆる鶴翼の陣形へシフトする。
 そこへ、バネがはじけたような勢いで、建業軍が突撃してくる。

太史慈:下郎ッ、推参!

 部隊を率いていたのは、例の太史慈さんだった。皖方面へ出動していると思っていたが、孫策戦で部隊を失い、城へ戻ってきていたのだろう。とんだ誤算だ。
 その太史慈、さすがに劉軍最強の名を誇るだけはあった。
 高地から見下ろすと、「太史」と大書された旌旗の小隊が、みるみるうちにSOS団の赤い旗幟の海に分け入ってゆき、部隊単位で蹴散らし、粉砕してゆく状況が一望できた。

 なんてこった。
 …さすがに、呆気にとられるしかなかい。

 前回の戦場と、まるで風景が違う。
 俺が唯一知っている呉の戦場の場合、こちらの計略でホイホイ混乱を繰り返す敵軍を、兵士達がリーチの長い武器で遠巻きにチクチク削ってゆくという牧歌的な光景だった。
 だが、この太史慈の奮戦はどうだ。
 遠目にもそれとわかるような血煙が、太史慈の周囲で間断なく吹き上がって赤い霧となり、周囲の呉兵は、とにかく太史慈の双戟の範囲から逃れようと半狂乱に逃げまどう。その背中を、首を、太史慈軍の兵が嬉々としてカチ割ってゆくのだ。

 …朝比奈さんが居なくて良かった。

 もとより、ハルヒが朝比奈さんを戦場へ連れてくるはずもなく、今回も呉城で留守番をして貰っているのだが、万が一こんな地獄のような光景を見せてしまったら、おそらく向こう一生、深刻なトラウマとして網膜に留めてしまうに違いない。

 数で優るはずの董襲隊が、槍兵と戟兵という決定的な兵科の違いはあるにしろ、とにかく押されまくっていた。
 太史慈隊は、鶴翼の真っ正面へ突っ込む愚はおかさず、戦場を迂回する形で右翼たる董襲隊の、さらに外側へ回り込んで攻撃している。

長 門:…敵の指揮官はとても優秀。このまま状況が推移すると、次の攻撃で董襲隊との数が逆転する。

 長門が冷静に分析するように、太史慈隊は巧みに地形を利用し、半包囲されないように移動しながら、董襲隊のみに攻撃を絞っている。街道上の狭い戦域なので、左翼である凌操隊は、当の董襲隊が邪魔で太史慈隊と接触できない。
 だが――

ハルヒ:射てええ!

 その董襲さんの頭越しに、ハルヒの野郎が仰角最大の遠距離攻撃を開始しやがった。
 慌てて首をすくめる董襲隊の遙か頭上を飛び過ぎた矢嵐は、やがて放物線を描いて自由落下を開始し、豪雨のような音を立てて太史慈隊の頭上へ降り注ぎはじめた。
 さすがに太史慈隊、損害のすさまじさに鼻白んだか、董襲隊への猛攻が緩む。

董 襲:危ねえなー!
ハルヒ:当たらなきゃどうってことないでしょ!

 双方毒づきながらも獰猛な笑みを交わして、両隊はあらためて太史慈軍に対峙する。

凌 操:すまん、待たせた!

 そこへ凌操さんの部隊が滑り込み、ようやく半包囲の体勢が整いかける――が、太史慈部隊は右へ左へと、攻撃のたびに戦場を大きく移動し、容易に退路を断たせないのである。

ハルヒ:もう!ちょこまかと、しつっこいわねえっ!

 追いかけ回すハルヒ隊の損害もバカにならない。
 もう二千弱にまで打ち減らされている太史慈隊ではあったが、果敢にハルヒ本軍へ肉薄し、近接戦を不得手とする弩兵を蹴散らしている。
 敵ながら、称賛に値する――というべきだろう。
 トータルで言えば、すでにSOS団の損害は、太史慈隊が全滅する以上の数値だ。
 ランなんとかの法則第二に従うなら、彼我の戦力差は数の二乗どうしに比例すると言うから、本来であれば1:7.5の兵数差がある今回の戦闘だと、その実、1:50ほどの戦力差として計算しても良いはずだ。
 それが、互角以上の打撃を敵方へ与えつつ、なお旺盛な戦意と戦線を保ったまま、敵の大軍と城との間に立ちはだかっている。
 これが、歴史に名を残す勇将というものなのだろう。

 

 

 太史慈隊の全滅を見届けてから、ようやく長門の率いる攻城兵器部隊が前進をはじめる。
 井蘭といって、要は天井部に弓兵を満載したはしご車だ。洋の東西を問わず、映画なんかで城壁を攻撃するシーンでは、ちょくちょく登場してるアレのことだな。そういえば日本の戦国映画では見た事ないが。

ハルヒ:有希、気を付けるのよ!――キョン、しっかり有希を守んなさいよ!

 同じく矢戦で攻城戦に参加するハルヒ隊が、長門隊の横につける。いちいちハルヒからの伝令だ。長門を守れ?当然だろ、俺はそのために出陣してるんだ。

鶴 屋:太史慈さんが、またお城から出てくるかもしれないから、注意だってさっ!

 ハルヒ隊の軍師・鶴屋さんから追加のオーダーだ。
 先程、どうにか殲滅まで追い込んだ太史慈隊だったが、案の定というべきか、太史慈本人は手戟をふるって血路を拓き、無事、建業まで撤退している。憂慮すべき事態ではある。
 …まあ、城兵の残りは2千ほど。董襲さんと凌操さんが、郊外の兵舎施設を破壊しにかかっているから、もうこれ以上の徴兵もできないだろう。

長 門:攻城を開始する。…ついてきて。

 珍しく長門の方からコンタクトがあり、俺の5000ばかりの槍兵部隊も、ユラユラと危なげに林立する井蘭部隊とともに前進を開始する。

 城兵は、残りわずか2千弱。
 対して、直接攻城戦に参加しているSOS軍は、その10倍の1万7千だ。さきほどの太史慈戦以上に、容易い力攻めになるだろうな。

 指揮所で長門が軽く頷くたびに、鼓がうち鳴らされ、百台以上の搭車からいっせいに火矢が放たれる。
 城壁とほぼ同じ高さの、高々度での矢戦だ。
 火矢は建業に詰める将兵を無差別に殺傷し、さらに一部が市街地まで到達したか、次々と城壁の向こう側に黒煙が上がり始めるた
 負けじと、隣のハルヒ隊からも城壁へ火矢の雨がに放たれる。これはさすがに井蘭ほどの打撃では無さそうだが、もともと数で劣る建業守備兵にとっては十分な痛手を負わせているようだ。
 長門の指揮所にほどちかい丘陵に布陣した俺の部隊は、城方の襲撃に備えて、臨戦態勢のまま待機中だ。
 この位置からだと、攻城中の井蘭部隊最前列と、建業城の様子が一望できる。

 ――――!
 不意に、昨年の晩秋の光景がよみがえった。

 ちょうどあのとき、俺はこの地点から、あの建業城を振り返ったんだ。
 今となっちゃデジャヴュのような感覚だが、あの強烈な夕日に染まる深紅の城壁は、はっきりと思い出せる。
 そう、凌操さんの登用に失敗し、太史慈の桁外れの武力に怯え、鶴屋さんに助け出され――ハルヒが適当に付けやがったパラメータに対するやり場のない不満と、俺自身の無芸無力っぷりに対する自嘲とで、なんとも表現しがたい心境になっていたときだ。
 あのとき、黄昏れてる俺に鶴屋さんが声を掛けてきて、予言めいた事を言っていた気がする。

 確かその内容は――

ハルヒ:キョン!やっとあんたの出番よっ! あんたの兵力で、建業にとどめを刺しなさい!

 ハルヒからの急報だ。
 なんだ、俺は長門の護衛じゃなかったのか? それにこれだけ頑張ってるんだ、城攻略の手柄は長門が受け取るべきだろう。

ハルヒ:城壁上の兵力はほぼ殲滅したわ。ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと攻撃開始しなさい!これは団長命令よ!

 団長命令なら仕方ない――というか、何故急にこんな展開なんだ? と首を傾げながらも、俺は麾下の兵隊さんたちへ突撃の命をくだした。
 何が嬉しいのか、嬉々として城門へ取り付いた兵士達は、ほとんど抵抗を受けないまま、梯子をよじのぼり、胸壁上へ躍り込んでゆく。
 途中、散発的な城兵の抵抗をことごとく粉砕しつつ、槍兵らは要塞の要所要所を制圧し、とうとう、巨大な城門の閂が、内側から外されるに至った。

ハルヒ:キョン!でかしたわ!

 後方から超太守のお褒めの言葉も頂き、馬廻りの兵隊さんたちに促され、あとは責任者である俺自身、城内を占拠する事務的な作業が残されているだけという状況なのだが…

 俺は、どうにも形容しがたい――どう表現すればよいかというと、表現しようがないとしか表現できない――しかし確実と自信を持って断言できるレベルの違和感を皮膚全体で認識していた。

 後ろがつっかえてるんだから、早くしなさいよ! …といわんばかりに後方から押し込んでくるハルヒ隊に、しばらく下がるよう伝令を出しておいて、俺は手近に待機している部隊と予備小隊すべてを招集した。
 ここまでくると、もう勘の世界なのだろうが、とにかく、俺は怪しいと思われるポイント――城外へ通じる橋梁、建業中を流れる水路の中、市街地の墻壁と墻壁のあいだ、閭門のそばの番所――などなど、人が潜伏しそうな箇所へ、兵達を展開させていった。

 ――その結果。
 出るわ出るわ。
 何がって、逃亡を試みている文武官の多いこと。
 真っ先にとっ捕まった劉さんを皮切りに、次々と重臣クラスの武将たちが網にかかり、なぜ見つかったのか解らないといった態で、首を傾げながら縛についていった。
 
 俺自身、政庁へ通じる大路から少し離れた水路の支流あたりから、妙なプレッシャーみたいなのを覚えてしまい、完全武装の兵団を引き連れて視察へ向かったところ、軽舟の積荷に身を潜め、脱出の機を窺っていたらしい男に出くわしてしまった。

  
 

 

 

 昨年と場所は離れているが、ほぼシチュエーションを逆にしての、それは双方にとって望ましくない再会だった。

太史慈:――なるほど、貴君か。見覚えがあると思った。

 やや高い位置から、俺たちは太史慈さんを取り囲んだ。
 頭上から槍ぶすまに取り囲まれてなお、自若としているのは、その気になればいつでも脱出できるという自信の現れか。
 一度でも、戦場でのこの男の無双ぶりを遠望してしまってる以上、俺と彼のどちらの身が安全かと言えば、明らかに俺の方が生命の危機に瀕していると断言できる。この男が本気で、俺たちを皆殺しにしてゆこうと思えば、たぶん30秒も要さないほどの手間なのだろう。
 そんな状況下、無駄と思いつつ投降をよびかけてみるも、やはり帰ってきたのは猛烈な殺気だった。

太史慈:必要があれば、そうするがね。

 若々しく、精悍な顔に苦笑を浮かべて、太史慈はそう断った。見ると、そろりと腰元の剣へ手が伸びている。…長話をしているほどのゆとりはないのだろうな。
 ――と、そこに。 

鶴屋さん:おーい!キョンくんー!

 また。まただ。以前のフィルムの再現だ。これは俺が悪運に恵まれているのか。それとも太史慈さんにここぞという時のツキが無いのか。
 いつものように天真爛漫、天衣無縫、底抜けに快活な笑顔のまま、SOS団名誉顧問の万能選手、鶴屋先輩が俺の横へ滑り込んできた。

鶴屋さん:やや、太史慈さんじゃないですかっ! 随分と探したよっ!

 商店街でたまたま探していた知人を見かけたときよりもフランクな口調で、鶴屋さんは恐るべき敵将へ声を掛けた。

太史慈:…どうも

 明らかに調子が狂ったらしく、太史慈さんは感情の選択に迷ったときのハルヒを思わせる微妙な表情で、こちら側を見上げてきた。
 その顔が、驚愕を示すように引きつったのは、鶴屋さんにやや遅れて、呉郡超太守の姿を認めたからだろう。

ハルヒ:――邪魔するわよ

 ずかずかと数歩前へ出て、ほぼ一対一の位置で太史慈さんと対峙するハルヒ。
 おい、おい。

ハルヒ:太史慈さん、降伏しなさい。もう、全てが終わったわ。
太史慈:…終わった?
ハルヒ:劉さんのことよ。もう、うちのキョンの部隊が、反対側の水路から逃れようとしているのを発見して、拘束したわ。どっちが囮だったのかは聞かないけど、どのみち、残念だったわね。
太史慈:…。

 太史慈さんが、ほろ苦い微笑を唇の端に浮かべる。

ハルヒ:他にもよ。この城にいて、脱出を図った文武の百官ことごとく、偉いさんから官吏の端々に至るまで、ここにいるキョンの部下が全員捕らえたわ。
太史慈:全員…だと?

 はじめて、太史慈さんの表情に動揺が走った。
 対してハルヒは、我が事のように得意げな声で、

ハルヒ:ええ、全員。こいつはね、見た目あんまりピンとこないかもしれないけど、逃げ隠れする人間を見つける勘だけは、もう凄いんだから。肝心なことには気づかないくせに。

 なんつう紹介だ。というか、俺の意味不明な固有スキル「捕縛」ってのは、つまりそういうことか。
 俺が城にとどめをさす役割を負ったのも、その特殊能力を見越してのことか。

ハルヒ:――観念しなさい。もう、何もかもが終わってるのよ。もちろん、捕虜としての身分、人権は十分に考慮してあげるわ。

  ハルヒが、重ねて言うと、もはや脱出する甲斐もなしと判断したか、太史慈さんは腰にやっていた手で佩剣を鞘ぐるみ掴むと、無造作にハルヒへ投げてよこした。

太史慈:いいだろう。投降しよう。

 急転直下、あっさりと太史慈さんは、ハルヒの降伏勧告を受諾。
 …このほか、個人レベルで色々と騒動はあったものの、逃亡を試みていた百官ことごとくが捕縛されたのが効いたのだろう。組織だっての抵抗は既に無く、武装放棄は粛々と進められていく。
 まあ、いの一番に親玉が逃亡に失敗して逮捕されてるわけだから、この時点で命運尽きた…ってところだろう。
 
 やがて政庁にひるがえる「劉」の旗が引きおろされ、替わりに不可解な文様(SOS団旗)が翻るにいたり、四囲から溜息のようなざわめきがおこった。

 ――西暦196年、10月も半ばを過ぎようとしている。

 

 


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