25.教母の舞

教母の舞

 

 

呂 布:張魯の野郎は何でまた裏切ったんだ?

黄 権:やはり八方塞がりになったからでしょうな。上庸は唯一の出口でしたし…。

呂 布:ふん、計算に入れてなかったぞ。

 

 建安十年四月、漢中の五斗米道教の離反をうけた呂布は、成都を経て県に入った。

 すでに対北の国境軍団は集結を終え、剣閣、葭萌、白水の諸関にひしめいている。その数は日に日に膨れ上がり、すでに八万を数えていた。いま漢中に残っている張衛軍の、倍に近い。

 

呂 布:程銀は妙に要領が悪いヤツだったな。また貧乏くじを引かせた。

呉 懿:はっ……。

公孫楼:……。

 

 武都太守・程銀を斬った以上、張魯も覚悟を決めているのだろう。もはや問罪使を送る意味もない。送ったところで教母あたりが「あらあら…」と追い返すのは目に見えている。以て懲膺すべし、というしかない。

 

 白水関で楊懐と高沛の両将軍と合流すると、呂布はさらに行軍を早めた。

 長安に駐留する曹操の大軍団(十四万)が天水に兵を向ける前に、馬超たちをこちら側へ連れ戻す必要があった。

 必然、この戦いは連戦になる。いま天水に籠もっている馬超軍との連絡を取り戻すには、まず漢中を攻略し、さらに間髪入れず武都を攻めねばならない。

 

呂 布:そろそろ漢中に着く! 鬼卒のひとりも討ち漏すな!皆殺しにしてしまえ!

一 同:はっ!

呂 布:……でも教母がいるんだよなあ。あの人とは何か戦いたくないけど…。

公孫楼:…。

 

 呂布に従うのは、参軍の黄権を筆頭に、公孫楼、劉循、呉懿、呉班、楊懐、高沛、劉循らで、益州組を主力とする。張魯程度の弱小軍閥を相手にするなら、十分すぎるほどの布陣であった。

 ――それにしても戦場〝漢中〟は攻めづらい地形である。

 戦場は全体的に高々度の山岳ばかりで、たった二本の回廊が南鄭城へむけて伸びている。うち一本は関門(陽平関?)によって閉塞され、もう一本は迂回路となるので補給線から逸脱してしまう。

  

黄 権:敵は関まで迎撃してくるでしょう。主力が関を強襲し、別動隊でもって迂回路を進み、後背から挟撃する手もあります。

呂 布:…そうか。

 

 珍しく考え込む呂布。別動隊を迂回路に回すのはいいとして、その隊は路半ばで補給が受けられなくなる。ターンごとに士気が減少し、ついには自壊してしまうかもしれない。いわば決死隊である。

 とはいえ敵関門の背後に一挙に躍り出るわけで、まとまった大兵力でないと繞回の戦果が得られない。

 

呂 布:――よし、俺様と楼ちゃんで行こう!

黄 権:は!?

呂 布:騎兵のほうが足が速い。貴様らは主力で砦を攻め潰せ。俺たちが餓え死ぬまでに補給線を確保しろ。

黄 権:ぎ、御意…。

公孫楼:……(こくっ)。

 

 この戦で呂布がとった戦法は、無謀ながらも戦国の雄らしく華々しい。何だかんだ言って飛将軍の称号は伊達ではないのだ。

 呂布軍は翌黎明をもって出撃した。

 張衛は、予想通り山隘の砦に大部隊を集中させている。張衛、教母らの他、楊任、楊柏ら楊一族の部曲が主力のようだ。

 

呂 布:じゃあ、行って来るぞ。

呉 懿:御武運を――!

 

 馬上でしっかりと礼を交わし、本軍から呂布・公孫楼率いる山岳騎兵集団がごっそりと抜け出した。これから間もなく、彼らは補給線外に出るのだ。

 

黄 権:全軍前進!

 

 本軍も速度を速めた。道々の罠を回避しつつ、ついに敵迎撃軍を視野に収めた。砦から豪雨のような矢が降り注ぐなか、先鋒の高沛軍が最初の槍をつける。

 きわめて狭隘な地形であるため、実際に戦闘に参加できる隊は少ない。第二陣以下、ひたすら計略と援護射撃に徹する。

 矢戦と平行して、最前線では凄まじい斬り合いが始まっていた。楊松や楊昂はともかく、敵将の楊任は想像以上の豪勇で(武力84)、対峙した呉班軍はしばしば痛撃を受けた。

 主将の呉懿軍は、敵総帥・張衛の指揮する一軍と一進一退を続けている。怖いのは彼のLv3「落石」で、一度喰らうと複数の部隊が前後不覚に陥ってしまう。

 とにかく、主力軍どうしの戦いは互角、といったところである。

 

 ――一方、無慮快速に戦場をすっ飛ばす騎馬軍団は、あと一息で敵後方に回り込む、という地点で、思わぬ伏兵の攻撃を受けた。

 

呂 布:――う~ん、やっぱり見抜かれてたんか?

公孫楼:……! 張任が!

呂 布:はっはっは! 懐かしいなあ!

 

 この方面で待ちかまえていたのは、何と張任である。かつて劉璋軍随一の名将と言われ、その劉璋が呂布に降った後も節を曲げず、ついには行方の知れなくなっていた漢であった。

 呂布と公孫楼は、張任軍に一斉に襲いかかった。いくら張任が名将であるとしても、その数が全然違う。彼の兵力は七千にも満たない。
 一度は攻め退けられた張任隊だが、しかしそれでも側面から呂布軍に粘着し、しぶとく戦列を削ってゆく。
 呂布軍はあしらいながらも前進を続けた。

 この調子で進撃する別動軍、とうとう敵後方に回り込むことに成功。

 同ターン、武都の方から敵援軍が、上庸方面から味方援軍が相次いで到着したようだが、呂布は気にもとめない。

 

呂 布:よーし、挟み撃ちだ! いっくぞーっ!

 

 喚声をあげて後背から攻め寄せてくる呂布軍の出現に、敵は明らかに動揺を始めた。あわてて敵後衛の楊柏軍、教母軍が、向きを変えて呂布軍に対応する。

 

 ……しかし、呂布軍主力の戦果ははかばかしくない。

 呉懿にせよ呉班にせよ、善戦はしているのだが敵の守備は堅い。とくに楊任の武勇は万夫不当と言うべきで、楊懐、高沛ほどの勇将が子供のようにあしらわれている。

 

黄 権:火を使う!全軍回避しろ! 

 

 早急に砦を陥とさねばならない主力軍は、風向きを気にしながら烈火の戦法を敢行。周囲数スクウェアを炎の渦に巻き込んだ。砦上の敵部隊があっというまに炎に呑み込まれた。黄権隊は間髪入れず矢を撃ち込み始める。

 が、上空には厚い雨雲が立ちこめている。

 間もなく細かい雨が戦場を濡らしはじめ、そびえていた炎の壁はみるみる威を落としていった。

 

呉 懿:諦めるな!第二陣前へ!

 

 劉循軍一万三千が最前戦に出た。数千単位にまで磨り減らされている敵軍から見れば、この無傷の大部隊は驚異であろう。事実、戦線の一角を保持し続けた楊任は、ついに新手軍に撃ち破られ、潰走する。開いた戦列には味方の高沛軍が進出し、とうとう橋頭堡とも言うべき砦の一つを確保した。

 

呂 布:おう! でかした、劉循!

 

 呂布は子飼いの青年士官の活躍を喜び、遙か山上にひるがえった南蛮の旌旗を嬉しそうに仰いだ。

 しかし笑ってばかりもいられない。呂布、恩師にして「苦手な」教母軍と直接対決している最中であったが、敵援軍に信じられないほど快速な一隊がいて、それが呂布をつつき回し始めたのである。馬岱であった。

 

呂 布:ああもう! いい加減にすれ~!

 

 馬岱は、おそらく張魯軍最強の勇者であろう。寡兵ながら教母軍と連携し、呂布を相手に恥無き戦いをしている。

 このターン、しっとりと降り続けていた雨が横なぐりの豪雨となり、張衛軍の陣営周辺を焦がしていた炎を消し去ってしまった。黄権苦心の烈火戦法は、これでひとまずは終焉ということになる。

 が、火焔攻撃による敵の士気低下は著しい。頃合い十分と見た呉懿軍は、全軍と連携して最終的な攻勢に転じる。

 

 そのとき――

 そのときである。

 張魯軍の中から、いっせいに「唄」が聞えてきた。

 唄は戦場を低くこだまし、喚声と剣戟の響きが一瞬やんだ。戦場が信じられないほど静寂になり、呂布軍の将兵は互いに顔を見合わせた。この大合唱は、視界を奪うほどの豪雨を衝いて、戦場全体を覆っている。

 ふいに、誰かが戦場の一角を指さした。

 全軍が同じ方向を見る。呂布も、公孫楼も、その方向を見た。

 見ると、敵砦の高楼のうえで一人の女性が、凄まじい豪雨の中に激しく舞っていた。巫女(ふじょ)の衣服を纏うその女性は、まるで何かが憑いたように、無心に舞っている。

 教母であった。もはや髪も衣もずぶ濡れになって身体に密着し、見事な体型がハッキリと見える。

 

呂 布:…。

 

 呂布でなくとも、いや、男女問わず、戦場に響く荘厳な合唱と官能的な光景に、呆然となったであろう。

 ――が、呂布は、一瞬後には、忘我から脱した。そして愕然とした。

 

呂 布:しまったっ……!

公孫楼:?

呂 布:全軍撤退っ! 伝令っ、諸軍へ連絡しろ!はやく!

 

 全軍速やかに白水まで後退、呉懿も呉班も一秒でも早く漢中から離れよ、と呂布は彼にしては珍しく取り乱し、口早に怒鳴った。

 訳が解らぬ伝令、首を傾げて本隊を離れはじめる。

 その瞬間――。

 激烈な光のかたまりが、全将兵の視界を奪った。

    

 呂布のいる地点からは山一つ向こう側に、突如として光の柱が突き立った。

 そう表現するしかないほどに、壮絶な光景であった。一瞬遅れて、空間が破壊されたかのような大音響が戦場中に轟き、ついで大地が大きく揺れた。

 騎兵たちは一斉に騎馬から投げ落とされた。呂布や公孫楼でさえ、馬首にしがみつき、振り落とされないでいるのがやっとである。

 騒然たる混乱のなか、再び先ほどの方角を見た呂布軍将兵たちは、唖然とした。

 光の柱がゆっくりと消えてゆくなか、その数百倍の厚みがありそうな真っ黒い爆煙が吹き上がり、上空の積乱雲を突き抜けて傘のような形をつくっていたのだ。

 あの下にいた連中はどうなった、と誰しもが思った。

 

呂 布:全軍、退却……。

 

 呂布が命じるまでもない。張任や馬岱軍と激烈な戦闘を続けていた呂布本隊の将兵らは、半ば恐慌状態に陥り、潰走しながら知らず知らず密集をはじめていた。

 

呂 布:あ、阿呆どもが! 寄るな、散れっ!

 

 ――怒鳴った瞬間、今度は密集陣の中心点に輝ける天地の円柱が突き立った。

 呂布は赤兎馬ごと、凄まじい爆風に吹き飛ばされ、数秒後、地面にたたきつけられた。

 

 数瞬か数分か、気を失っていた呂布が見た光景は、もはや地獄であった。

 地形が、変わっている。大地から火口のように黒煙が吹き上がり、その周囲は熱と爆風によって直径数百メートルの大クレーターを形成していた。

 呂布を直衛していた大陸最強の騎馬軍団一万八千は、どうやらたった今、目の前の大地ごとえぐり取られていったようであった。

 

呂 布:…………。

 

 クレーターの淵で呆然と立ちつくす呂布と数百人の残兵めがけて、攻勢に転じた馬岱軍、張任軍が殺到する。

 このとき、直撃を免れた公孫楼軍が強引に割って入っていなかったら、呂布はこの漢中近郊で壮絶な戦死を遂げていたに違いない。

 公孫楼は、呂布軍の生存者をかばいつつ、敵援軍の間隙を突破し、なんとか来た道を逆進することに成功した。

 

 その間にも、また光り輝く円柱が天地のあいだを貫いた。撤兵の殿を指揮していた劉循軍一万余が、一瞬で蒸発し、この世から掻き消えてしまったのだが、それはもはや記録上の附記に過ぎないであろう。

 ――南蛮公・呂布率いる八万余の軍勢は、建安十年七月の第一次漢中攻略戦において、ほぼ全滅した。

 

 

  教母の本気は、やはり凄まじかった!漢中攻略に失敗し、状況は益々厳しいものに。依然として馬超は天水に孤立し、わずか三城を保つのみ。曹操が先か呂布が先か、緊迫の度合いを増しつつ、ひとまず第四部終了です!