第4話 「呉越同舟」
1-4 呉越同舟強制中 1 古来より、呉と越の因縁対決は数々の伝承や説話の元になるほどだ。俺も漢文の授業で多少囓った程度だが、なんせボルテージの高い国同士だったようだな。 ハルヒ:みんな! 臥薪嘗胆よっ!今度は勝つしかないわ! 全 軍:ホアアーッ!! 奇声をあげて槍や戟を突き上げるSOS会稽団員軍。部下は主に似るというか、俺が想像していたのとはだいぶ違う軍風に染まっているようだ。 ハルヒ:古泉くん、戦況の報告を。 古泉は例の孔明スタイルで押し通すつもりらしく、羽扇を携えただけの軍師姿で従軍している。 古 泉:我が軍の接近を察知して、すでに厳白虎が6千余の軍を率いて進軍中。その後を、弟の厳輿が3千ほどの支軍を率いて別道中とのこと。 ハルヒ:ふふん。のこのこ出てきたわね!もはや勝ったも同然だわ! 鼻息を勢いよく吹き出しつつ、ハルヒが戟を天に突き上げた。 兵 士:ホアアーッ! さすがは気力100の会稽軍、ノリだけはハルヒ並だ。 ハルヒ:もちろん、今回はちゃーんと策戦行動をとって貰うわよ。古泉くん、説明して。 古 泉:仰せのままに。――さて、今回の基本骨子は、敵になるべく多くの城兵を出撃させ、野戦でこれを撃滅する、という点にあります。 董 襲:攻城戦を避けると言うことか 古 泉:その通り。幸い厳白虎も厳輿将軍も凡将です。城に籠もられるより、よほど与し易いでしょう。それに、今回は計略を多用して敵軍を奔命に疲れさせ、なるべく当方の損害を押さえるつもりです。 なるほど、正統的な戦立てだ。というか前回が無策すぎた。 ハルヒ:なるべく早く済ませるつもりだけど、今回も長期戦の可能性があるわ。だから有希がいるのよ。 ハルヒがニヤリと笑う視線の先では、小柄な白馬にまたがった長門が、無機質な双眸をこちらへ向けているところだった。 古 泉:長門さんは、緒戦は計略要員として参戦し、敵が混乱をはじめたら、すぐに軍楽台建築の指揮に当たって貰う予定です。 なるほど、遊撃隊というところか。 |
臥薪嘗胆 |
2 会戦の最初の一撃は、ハルヒの率いる弩兵隊だった。 ハルヒ:――射てぇっ! 6千人という、県立高校の全校生徒5校分くらいの一斉射撃だ。一瞬空が真っ黒になったかと思うと、数秒遅れて、敵陣の方へ夕立のような黒い豪雨が音を立てて降り注ぐ。 ハルヒ:でかしたわ有希っ! さあキョン、やっちゃいなさい! ハイテンションで怒鳴るハルヒを傍目に、俺の率いる戟兵隊も突撃を開始。厳輿軍にけっこうな痛手を与えている。 回復しては古泉か長門に再度混乱させられる厳白虎軍の、情報管理体制の不備について俺が色々思いを巡らせているうちに、長門隊が城にやや近い地点まで進出して、大胆にも野戦体制を解いて軍楽台建築をはじめた。 ハルヒ:圧倒的じゃないの、我が軍は! 既に勝利を確信しているらしいハルヒの、慢心しきった叫びが戦場にこだまする。 10月、厳輿軍が壊滅した。 厳 輿:何のつもりだ? さあてね。 やがて、本隊たる厳白虎軍も董襲軍に打ち破られた。 古 :泉また、厳兄弟がそろって出撃してきたようです。兵力は3千強と2千強。もう戟や矛のストックが無いのでしょうね。 古泉の報告にも、余裕がにじみ出ている。 ハルヒ:決まってるじゃない!あの二人が完全にヘロヘロになって我が軍門に降るまでよっ! 古 泉:城を攻めずして心を攻める――まさに七縦七擒ですね。いにしえの諸葛孔明もかくやという良計です。 いやいや、今は孔明がリアルに生きてる時代だ。あと心攻めて無いぞ。 ハルヒ:ごちゃごちゃ言ってないで、迎撃の支度をしなさーい! 兵 士:ほーッ! 結局、厳兄弟は緒戦と同じく攪乱、火計、攻撃のコンボを数発食らって壊滅の憂き目にあい、またまた俺に捉えられて放たれるという醜態を晒した。 ――実はこの間、長江以北の情勢に大きな変化があった。 だが、他の勢力としては、実に痛い、いや、怖い新体制の発表だ。 …が、まだ遙か中華の外れの、一県城を巡って千だ2千だいう兵力を潰し合ってる俺たちにとっては、全く別次元の話だ。 ハルヒ:もーいいわね!? 今度こそあの城を力攻めに攻め潰すわよ! ようやく攻囲を開始したハルヒ。 ハルヒ:有希、いったん会稽へ戻りなさい 長 門:大丈夫。戦線維持可能なレベル。後退の必要性を認めない。 いつもの無表情の下に不退転の決意を淡々と滲ませて、長門は撤退命令を頑として受け付けない。 長 門:……。 頼むから一度戻ってくれ。いったん会稽に戻って、新兵と合流してから来ればいい。まあ、その頃にはこっちも片付いてると思うが。 話している間中、凝っと俺の顔を見上げている長門の硬質な瞳の中に、よく見れば俺の顔が映っているなと気づいた頃、ようやく長門は小さく頷いてみせた。 長 門:…あなたがそう言うなら、後退する。 呟くように答えた台詞は、ハルヒの耳に届いたかどうかわからんが、隣に立っていた董襲さんは片頬の犬歯をむき出しにしてニヤリと笑った。何なんだいったい。 ハルヒ:有希、あんた疲れてるかもしれないんだから、移動中ムリしちゃだめよ。 気を取り直したように掌を打って、ハルヒは下知をとばした。 ハルヒ:さ、攻城戦の続きするわ! あと一息よっ! ――滞陣3ヶ月。 曰く 山越民族の軍勢が、諸県を荒らしつつ、山陰城を目指して進軍中――と。 |
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3 誤解を恐れつつも極論すると、会稽や呉などといった地を含む「揚州」は、本来は越人とよばれる長江文明圏の末裔によって営まれていた土地だった。 で、いま危急に直面しているのが会稽郡だ。なにしろ漢人フロンティアの最前線なうえに、今はハルヒがほとんど全軍をあげて北伐しており、諸県を守る守備兵にも不足している。 山越人の部族長たちは、千載一遇の好機と見たのだろう。 ハルヒ:会稽に戻るわ!有希が、みんなが危ない! 急報がもたらされた時のハルヒは、久々の真剣モードだ。 古 泉:――呉攻めはどうされますか。あと一息なんですがね。 敢えてこういう言い方をしているのは解るが、このときは瞬間的に本気で腹が立った。 ハルヒ:…古泉くん、よく言ってくれたわ。ここまできてあたしが引き上げては意味がないわよね。キョン、古泉くんと董襲さんと一緒に会稽へ戻りなさい。 俺は口を開きかけて、また芸無く閉じた。 ハルヒ:呉を踏み固めたら、あたしもすぐに戻るから。でもそれまでに山越の連中なんかケチョンケチョンにやっつけなさいよ、あんた達! おそらく真っ先に駆け戻りたいであろうハルヒの、強がりに似た発破だ。 ――行軍のうちに年が替わり、西暦195年を迎える。 |
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4 一個連隊にも満たない微弱な小部隊だ。 長門隊が、山越の猛兵たちとバッタリ遭遇したのは、会稽の治府まであと20日弱という地点だった。 一方、ひた走りに帰路を急ぐ俺たちが、ようやく浙江を越え、会稽郡境にさしかかった時。 董 襲:…どうする軍師どの。後ろから攻撃するか? 古 泉:いえ、すぐに反転されて飲み込まれてしまいます。とりあえず、距離を保って後を追いましょう。 古泉の戦術は堅い。こんな山野のど真ん中で孤軍を晒すより、山陰城を視界に納めながら戦端を開くつもりだろう。癪だが、俺も同じ戦術を選択するだろうな。 と、しばらく進軍して、ようやく事態が正確に掴めてきた。 会稽に戻った長門は、臨時に徴収されていた新兵を糾合し、守備兵3千を残して再び4千余の弩兵を率いて出撃。混乱中の敵軍を包み込むように火計を仕掛け、敵は炎と矢に追われて潰走中だという。 古 泉:やってくれましたね、さすがは長門さん。情報統合思念体経由の情報操作能力が無くても、十分に彼女はSOS団一の戦略級ユニットですよ。 古泉が感心したように何度も頷いている。 最初に、このマヌケ中華時空で途方に暮れた顔を見合わせたときを思い出す。 黒煙の正体に面食らっていたのは、俺たちだけではない。 長 門:…。 長門の白い頬が煤と戦塵に汚れている。拭ってやりたかったが、あいにくハンカチもティッシュも持ち合わせがない。――甲帯を解いたら、きれいに洗うんだぞ。…いや、後でいい。今脱がなくていいんだ。 長 門:…。 なあ、本当によくやってくれた。ハルヒの馬鹿がなんにも考えずに徴兵しまくったから、結局こういう事になっちまったんだがな。 長 門:この擬似世界のルールに従い、私に与えられた能力値で、最も普遍的に有効と思われる方法を選択しただけ。――それ以上の選択肢は、あなたの指示に反する事になる。 ああ。そうだったな。どのみちお前は宇宙人的なイカサマを封印してるんだったな。 長門は無表情のまま、撫でられるがままに突っ立っている。 古 泉:僚将どうし仲がよいのは結構ですが、涼宮さんの前でやると微妙な事になりますよ。あまり僕の仕事を増やさないでくださいね。 …。 古 泉:涼宮さんも、ゲーム中のモニター内で巨人が暴れ始めたら、さぞ驚くでしょうね。――さて、潰走している方の部隊を追撃しますので、宜しければ兵の指揮に戻ってください。先程引き上げていった本隊が反転してくるまでに、完全にこの戦場を掌握しなければ。 そうだったな。長門が火を付けて蹴散らした5千程の別働隊は、約半数を失いつつも、どうにか混乱から回復し、数里離れた平地に布陣し直しているところだった。 古 泉:まずあの小隊を殲滅した後、県城内で軍を再編成し、本軍の逆襲に備えましょう。ま、我々がこうして揃っている以上、勝利は目に見えていますけどね。 ――結局。 しかしまあ、今は長門が守りきったこの会稽の復興と残務処理をとっとと終えて、ハルヒの待つ新たなる根拠地、呉の城へ急がないとな。 |
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