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■ 【SS】沈んだ歌姫 ── un altro Tragedia

1 名前:桜香雪那:2007/11/11(日) 11:31:38 ID:z+Pg/kAk
(2005年04月19日 21時40分55秒) 
 
 
燃え上がるように赤い夕日が差し込む部屋。
窓の向かった壁。落陽に染め上げられたそれを背に。
まばゆいほどの真紅の中に浮かぶ、一点の鮮やかな蒼球を瞳に浮かべ。
隣でしっかりと羽ばたく片翼の存在を感じながら。
 
──彼女は、生涯忘れえぬ二重唱(デュオ)を歌った。
 
 
 
 
「沈んだ歌姫 ── un altro Tragedia」
 
 
 
第一幕「日向 my favorite stage 」
 
芸術の都、フィレンツァ。
その街路の一つを、歳若い女が堂々と歩いている。
見事な金色の巻き毛を揺らし、通り過ぎ行く人々の視線を一身に受け、萎縮することなく気張ることなく進んで行く。
彼女の後ろには、両手一杯に荷物を抱えた青年が続いていた。黒いスーツを瀟洒に着こなした黒髪の彼は、その数々の荷物の重さも感じさせない足取りでついていく。
若き歌姫──ロベリア・マリーア・デッラ・フィレンツァは、唐突に踵を返し、自分の従者に向き直った。
「ジェラルド、退屈だわ」
「これほどお買い物をなされて、まだ足りませんか?」
あまり表情のでないその顔の、片眉を少し上げてジェラルドと呼ばれた青年は言葉を返した。慇懃無礼の感が強いその言葉だが、ロベリアは気にしていない。その態度こそ、彼を気に入った理由だったのだから。
「刺激がない買い物など、無価値と思わなくて?」
「ならば浪費を控えるべきでしょう」
「あら。このフィレンツァが店に赴いておきながら、手ぶらで帰れるとでも?」
くすり、とかすかに口の端にいたずらっぽい笑みを浮かべ、彼女は二、三歩駆け出し、街路樹の下に立った。
上天より陽が降り注ぐ、穏やかな昼過ぎ。木の葉の影の中、ロベリアは大きく息を吸い込む。
再び、その口が開いた時。
道行く者、座りのどやかに景色を眺めていた者、その他ありとあらゆるものが彼女を振り向いた。
ロベリアから紡がれる高く遠く響く歌声。
その美しさ、金糸雀とて足元にも及ばない。歌声の力強さは、燃え上がる烈火にも似て。鋭く、それでいて暖かい生命力に満ちた声に、人々はただただ息を呑み、そして聴きしれた。
しばらく、時間が過ぎた。その場にいた者にとっては短いしばらくが。
歌を終え、ロベリアが広げていた手を下ろす。残響する声が、次第に消えていく。
それが完全になくなったとき、同時に周囲から惜しみない拍手が送られた。芸術の都の住人の一流の感性からしても、先ほどの独唱(ソロ)は賞賛するに戸惑わぬほどの力量であったのだ。
「いやいや、流石は“紅の歌姫”ロベリア嬢だ。鍛錬は欠かしていないようだね、いつ聞いても素晴らしい」
近くのベンチに座っていた老人が、微笑みながら彼女を称えた。この付近に住む画家の老人だ。ロベリアはこの通りの景色が好きで、ジェラルドを従えてよく通い歌っているのですっかり顔なじみとなっていたのだ。
ロベリアは洗練された仕草で一礼し、老人に微笑む。
「ふふ、では歌の礼として一枚絵を描いていただける? 小父様の絵、嫌いでなくてよ」
「喜んで。それは私にも魅力的な提案だよ。気が向いたらここに来なさい。
 うむ、仕事前にいいものを聞かせてもらった」
傍らにおいていたステッキを持って老人はベンチから立ち上がり、思い出したように足を止めた。
ロベリアを振り返り、顎に手をやってにやりと呟く。
「そうそう、君に教えておこうと思った事があったのだった。私も歳だな、すぐ忘れてしまう」
「……なんですの?」
老人が帰るのなら、と帰路に着きかけたロベリアも振り返る。老人は悪戯を仕掛けた子供のように笑っていた。
「そうそう、君に教えておこうと思った事があったのだった。私も歳だな、すぐ忘れてしまう」
「……なんですの?」
老人が帰るのなら、と帰路に着きかけたロベリアも振り返る。老人は悪戯を仕掛けた子供のように笑っていた。
「なに、一昨日の事だがね。夕暮れ時にいつもの様にここに座っていたら、歌が聞こえてきたのだよ。
 素晴らしい歌声だったな。正直に言おう、それは君にも負けないほどだった」
それを聞いたロベリアの顔に、真剣な色が表れた。他の事でもあろうとも、まして歌となればこの“イターニア一の淑女”として負けるわけにはいかない。
かつかつと靴音も高く老人に歩み寄り、ベンチに腰を下ろす。従者はやれやれとでも言いたそうにため息をつきつつも、その隣に侍り立つ。
老人も、したりと再びベンチに座った。ロベリアは、自分が相手の思うままの行動を取らされた事に軽い苛立ちを感じたが、それよりも重要な問題が目前にある。今回ばかりは些事と無視した。
老人は、そんなロベリアの様子に微笑する。
「いやいや、前々から私は、君には好敵手が必要だと思っていたのだよ。それが尊敬できる友を兼ねるのなら最上だ。私も昔はそうやって腕を磨きあったものだったよ」
昔を懐かしむその口調に、一瞬引き込まれそうになる。あぶないあぶない、首を振り、時間を現在に戻して、ロベリアは老人を睨む。
「小父様、私が聞きたいのはその歌を歌っていた方の事です!」
「ははっ、悪戯が過ぎたかな。ジェラルド君にそう長々と荷物を持たせるのも悪い。早急に本題に入るとしよう」
老人の一言に、ロベリアは初めて気がついたとばかりにジェラルドを見やる。小さくごめんなさいと呟くロベリアに、ジェラルドは黙礼した。それで十分なのである。
老人は二人の様子に満足そうに頷き、話を始める。
「まあ、その歌に誘われてふらふらとしばらく歩いていったのだがね。
 そうすればヴェッチア橋の上で、女の子が歌っていたのだよ。近くには君と同じように従者をつけていたから、かなりの身分の子だろう。
 ああ、と言っても私の見立てでは十六歳と言ったところだったな。あどけなさが抜けていないから、ついそう表してしまったのだよ」
老人は挙げた橋は、ここからちょっとした距離がある。それでもここまで届いたと言う事は、それなりの声量はあるという事か。
ロベリアはまだ見ぬ相手の力量を上方修正し、話に耳を傾ける。
「あまりの歌声だったのでね、歌が終わると同時に、無粋だとは思ったがつい声をかけてしまったのさ。
 初めは緊張していたようだが、すぐに打ち解けてくれてね。明々後日──今日からすれば明後日、またいつか歌を聞かせてくれると言ってくれたのだよ。従者君には睨まれたが、あの歌が聞けるのならば安いものだ。
 そういうわけだ、ロベリア嬢。明後日、私と一緒にヴェッチア橋まで散歩といかないかね?」
最初から最後まで、お膳立てされていると言うことか。ここまであからさまだと逆に怒る気も起きない。
起きないが──これは、明らかな挑戦だ。彼は、その女を代理人にして自分に白手袋を投げつけてきたのだ。
ならば、退かない。退いてなるものか。
「承知しました。明後日の夕方ですわね? 万難を排しても参りますわ」
優雅な、しかしその裏に確かな闘志を秘めた笑みを浮かべるロベリア。それでこそ、情熱炎を表す“紅の歌姫”。老人はその意気やよし、と莞爾と笑った。
「では……そうだな、五時頃ここにおいで頂こう。この出会いが、君にとって良き出会いである事を祈っているよ。もちろん、相手の少女にとってもね」
「その子が自分が最高の歌姫だ、なんて思っているのなら、その子にとっては可哀想な事になるでしょうね」
自信たっぷりに言い切り、ロベリアはベンチを立つ。
「それでは小父様、ごきげんよう」
「ああ、ごきげんよう」
座ったままの老人に、淑女らしく優雅に礼をしてロベリアは歩き出す。
その背後に付き従うジェラルドに、幾分硬い声音で命じた。
「帰ったらすこし歌うわ。伴奏を」
「承知致しました」
やはり、この辺りがお嬢様だな。そうジェラルドは短く応じながら思った。
負けず嫌いで、十二分な才能がありながら努力を惜しまない。何事にも全力で取り組むからこそ、完璧でいられる。
周囲が彼女を褒め囃す中に、彼女の努力を称える言葉がないのが彼にとっては常々苦々しい事だった。天才だ天才だ、とまるで才能だけのように騒ぎ立てる。
あの老画家のように、彼女の才能だけでなく努力も賛嘆する人物は、悲しい事にこの芸術の都(フィレンツァ)ですら稀有だ。ロベリアはそれについて、気にかけた素振りすら見せた事はないが……彼に気を許しているのを見れば、やはり思うところがあるのは瞭然である。
まあ、そんな主だからこそ誇りと親愛を持って仕えられる訳だが。
ジェラルドは、今日は何の曲だろうかと思案しながらロベリアの後を追う。


太陽は上天からやや傾いて、フィレンツァの街に柔らかな光を投げかけていた。
 
 
 

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