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■ 【SS】魔法使いサラバント -空白-

1 名前:永久:2007/11/11(日) 13:29:22 ID:z+Pg/kAk
(2005年04月20日 19時11分19秒) 
 
 
 
 
 忘レモノハ在リマセンカ……―――
 
 
 
 
 
「御主人様(マスター)……どうして、私を」
 黒髪の少女は戸惑い、問いかけてくる。
 それに応えることはせず、俺は、ただどこまでも続く茜色の空を見上げた。
 広く、澄み渡る、無限の世界。
 やがて瞼を閉じ、そしてゆっくりと開く。
「声が」
 見上げていた空から少女に視線を移し、そして呟いた。
「そう……彼女の声が聞こえたから、かな。失われたモノの為に願うより、今目の前にあるモノを見つめて、って」
「大切な人……だったのですね」
「ああ」
 俺の全てだった人。
 今はもう失われてしまった輝き。
 だから取り戻したいと。そう願ったのに。
 彼女は言った。
 それは、俺の見た幻なのかもしれない。暗い闇の中で聴いた、微かな奇跡。
 だけど確かに。
 あれは、どれだけ経ってもあせる事のない、懐かしい、愛しい、彼女の声だった。
「君は、これからどうする?」
「私、は」
 困惑する少女の瞳。
 こんな展開など考えもしなかったのだろう。だがしかし、少女を縛り付けていた鎖は、もうどこにも無い。
「貴方は、どこへ……?」
「俺、か」
 彼女を失ってから今まで、ただ死者を甦らせる秘法を探すだけの毎日だった。
 必死に、がむしゃらに、彼女に会えるのならと、無茶なことも平気でしてきた。
 だが、そんな日々も、もう終わったのだ。これからどうするか。俺の方こそ当てなんてもの、ありはしない。
「ははっ、分からないや。どこか、気の向くままにでも、さすらってみるかな」
 そんな生活も、悪くはないだろう。これからは自由に……
「――――」
 ……あれ、俺、今、自由って……思ったのか?
 ふいに出た一つの言葉。束縛から解放された今の少女には言い得て相応しいが、俺には……
 ―――ああ、そうか。そうだったんだ。
 そのとき、俺は、声しか聴こえなかった彼女の表情が鮮明に脳裏に焼きつくような感覚を覚えた。
 泣ながら、微笑んでいる。黒髪の少女が見せたような、そんな彼女の顔。
 少女だけじゃない。ある意味で俺も、自ら彼女という呪縛の鎖を作り上げ、それに縛られていたのだろう。だから、彼女はそんな俺に耐えられなかったのかもしれない。
 死んだ後に行くところと言えば天国。単純な思考だが、彼女がいるとしたら間違いなくそこだろう。
 だから、俺は目を細め、悠然とそこにある朱色の世界を仰いだ。
 死んだ後でまで、迷惑を掛け続けていたんだな。ごめん。
 遅くなるかもしれないけど、いつか俺もそっちに行くから。待っててくれなくてもいい。絶対に見つけ出して、ちゃんと謝るよ。だから、その時は、許してくれよな?
 ふっと、俺は微笑む。彼女も、微笑んでくれただろうか。
 視線を戻す。
 さあ、もうここにいる意味もない。夜が来る前に、街に戻ろう。
「それじゃ、俺はもう行くよ。君は、これから自分の行きたい所へ行って、自分のしたいことをすればいい。もう、自由なんだから、な」
「あ……」
 背を向けて歩き出そうとした俺に何か言いたげな表情で、しかし少女は口をつぐむ。
 戸惑うのも無理はない。籠の中に長い間閉じ込められていた鳥が、外へ離されてもしばらくは辺りを彷徨うのと同じだ。
 だが、じきに一人でも歩んでいけるようになるだろう。その間、どれだけ時間が掛かるかは、俺には分からないけれど。
「街までは、付いていこうか?」
 この娘は、もうランプの魔神ではなく、ただの普通の少女なのだ。
 久しぶりというには永すぎるほどの時を経て出た外で、一人では心細いこともあるだろう。街まで行けば、一人でも何とかやっていけるはずだ。
「ありがとう、ございます」
 少女は恥ずかしそうな、嬉しそうな表情で微笑んだ。
「いや。さあ、そうと決まれば、夜が来ないうちに行こう。早く戻らなければ宿の親父も心配するだろうからな」
「はい」
 俺と少女は、砂丘を降りて歩き出した。二人の砂を踏む音だけが、この無音の世界に響く。
 それから少しだけ歩いた後、ふと。
 俺は歩みを止め、何気なく後ろを振り返った。
 少女は不思議そうに、俺の見つめる先に視線を向ける。
 そこは、今はもう砂の下に埋もれてしまった、洞窟のあった場所。
 少女が幾千もの年月を孤独に過ごし、ランプを求めた数え切れない者達の魂が眠る、俺が彼女の声を聴いた……この先、二度と誰も触れることのできない永遠に失われた地。
「やはり、後悔されているのですか……」
 とても申し分けなさそうに、震える声。
 何かに耐えるように、少女は自らの腕をギュッと掴む。
「していない、と言えば嘘になる。俺は彼女を愛していたし、だからこそ生き返ってほしかったんだから。でも……」
 俺は視線を戻し、少女に向かって微笑んだ。
「これで良かったんだ、とは思ってるよ。あのまま願いを叶えていたら、俺は彼女に一生許して貰えなかった気がする。そして、君もまた暗い砂の中で」
「私は罪を犯したから……。こんな私に、情けを掛ける必要なんて―――」
「そんなこと、言わないでくれ」
 少女の言葉を遮り、その瞳を見つめる。
「俺は、君を選んだんだ。彼女ではなく、君を。失われたモノではなく、今目の前にあるモノを。それは、間違いなんかじゃない。間違いだなんて、思いたくない」
 驚いたような瞳で俺を見ると、少女は顔を伏せた。
 その華奢な体が、ふるふると小さく震える。
 そして、ゆっくりと。顔を上げた少女の表情は。
 ―――初めて見た時のように……しかし、その感情はまったく異なるモノからだと一目で解るように。
 
 
 
 
 
 泣ながら、微笑んでいた……―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 吹き荒ぶ風は砂を巻き上げて、若い旅人の行く手を阻む。
 旅の道連れは二頭の駱駝。長い黒髪の少女が一人……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
魔法使いサラバント -空白- ..........end



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二度目の投稿が小説の永久です。皆さん、二度目まして。今回の作品は、かなり個人的な考え方の集大成です。一ファンの魔法使いサラバントの世界だと受け取って下されば幸いです。 - 永久 (2005年04月20日 19時18分09秒

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