第五章   成都攻略戦(下)

 

 

 成都攻略戦の状況はなお混沌としている。

 敵陣奥深くで壊乱状態にある南蛮王呂布の本軍。それを救援するべく突撃をつづける張遼隊。その後を追う軍師陳宮の部隊。

 一方で、マップの中央部でも新たな戦場が発生している。前衛部隊と交戦状態に入った孟獲、木鹿の両大王の元へ、敵の援軍が急行しているのだ。後方の遊軍に控えていた高順隊も、戦列に加わるべく北上を開始した。

 

 梓潼郡から急行してきた敵部隊は、劉璋の義兄呉懿とその族弟呉班、智勇抜群の孟達である。兵力は合計で4万ちかい。対する南蛮軍の大将は、孟獲と木鹿の二人だけ。兵力は1万そこそこ。しかも敵支城の守将・王累と交戦状態にある(費詩は木鹿が捕らえた)。

 

陳 宮:まだ敵は渡河の途中なんだな!? ふたりとも、絶対に河に入らないように河辺に移動して敵を待て。

 

 陳宮の指示に従い、敵城を打ち棄て川沿いに布陣する孟獲、木鹿。

 ぎりぎりのタイミングで、呉懿たちの渡河部隊が姿を現した。

 

陳 宮:よーし!間に合った。勝った!

 

 その言葉通り、戦局はふたたび急変した。

 水上から猛攻撃を加えてくる敵救援軍に対し、南蛮二軍は終始有利に戦いをすすめ、とうとうその兵力差が逆転してしまったのだ。

 COMユニットは、要するに阿呆である

「水軍」を持たない武将には圧倒的に不利な地形「河」からでも、平気で陸上へ向けて突進してくるのだ。

 兵書に云う「敵半バ渡ラバ、撃ツ可シ」の金言を、端的(極端?)に表現しているともいえる。……つまり渡河戦は最初に渡った方が負ける!

 

 このままでは全滅も必至と見た梓潼軍は、(相変わらず水上に遊弋しながら)計略の連発をはじめた。

 これがなんと知力18を誇る木鹿大王に通用してしまった!

  

木 鹿:なんか、後方が危ないらしいので、雲南へ戻る。

 

 と、勝手に戦場を離脱してしまったのだ。

 呉懿にしても呉班にしても、能力値はオール70代(えぢたー済み)という玄人好み仕様であり、孟達に至っては智勇ともにほぼ80(過大評価…かな?)。陸に上がられては、孟獲ひとりで何とかできる相手ではない。

 

高 順:申し訳ない。遅れてしまった。

 

 そこへ、間一髪セーフで遊軍の高順隊1万が滑り込む。急行してきたため、途中落とし穴に引っかかるというハプニングがあったのだが、それでも穴は塞がった。

 

 こうなると勝負は南蛮軍ムードだ。「突撃」を持つ孟獲にとって、河面に漂う呉懿・呉班・孟達の三将軍はさしずめクルージング中の松方父子の前に現れたカジキマグロの群に等しい。

 まさに功名の掴み取りとばかり、孟獲は狂ったように突撃を繰り返し、とうとう勇将呉班を手捕りにする。前後して孟達も高順隊に捕らえられ、最後まで粘った呉懿隊もまた、自ら孟獲隊に最後の攻撃を加え全滅した。

 

 …孟獲がキーパーソンになるとは意外な展開であったが、とにかく梓潼からの援軍を殲滅することに成功し、南蛮軍としてはまず一息入れたいところ。

 そして敵陣最深部でもまた、戦局に変化が起こり始めていた。

 

法 正:まさかそれがしが捕虜になるとは…。

 

 張遼が法正隊4千を打ち破ったのである。

 軍師の身柄を奪われた時点で、劉璋軍は士気喪失も甚だしい。南蛮軍の勝利が確定したのは、まさにこの瞬間であろう。

 劉璋との間に割って入り、なんとか城を守ろうとする張任。

 と、そのとき!

 

呂 布:復っ活~~ッ!!

 

 えんえんと混乱の極みにいた呂布隊が、ようやく秩序を取り戻したのだ。

 そこへ何も知らない公孫楼の白馬義従が突撃してくる!

 

呂 布いい加減にしろ~~っ!!!!

公孫楼:え…っ?

 

 まさに瞬殺。

 あれほどの猛威を振るった新白馬義従3千騎は、わずか1ターンで全滅した。公孫楼など、何が起こったかさえも理解できなかったであろう。

 これが南蛮王、呂布なのだ。

 

 呂布は白馬義従を突き抜けるや、そのまま張任隊に突撃し、これもわずか2ターンで潰走させた。

 

呂 布:張遼、挟み撃ちだ。手伝え。

張 遼:押忍、ごっつあんです!

劉 璋:ひいいいいいい。

 

 地上最強のコンビが、劉璋の籠もる砦を息もつかせぬ勢いで攻め立る。劉璋のような平凡人に耐えられるはずもない。

 砦に突入した呂布軍は、あっというまに劉璋を手捕りにした。

 

劉 璋:まさかこのわしが捕虜になろうとは…。

 

 「敵君主隊の全滅」により、成都攻略戦の勝敗は決する。

 最後まで抵抗を続けていた張任隊、存在を忘れられていた王累隊、援軍に来ていたのに見つかることがなかった高沛隊もまた、敗北ルールに従って潰走を始めた。

 成都を放棄して、東の江州方面へ落ち延びる劉璋麾下の文官・武官たち。 

 機を逃がさず猛追する呂布軍。

 そのすさまじい追撃行のなか、張松、劉循、黄権などという主立った重臣たちが、次々と傷つき、捕らえられてゆく。

 

 建安5年、11月。

 益州の治府として栄華を誇った成都に、南蛮の軍旗が翻った。

 

 ようやくあこがれの大都会・成都を手に入れた南蛮王・呂布。痛快読み切り三国志Ⅶ活劇・「後世中国の曙!?」は、序幕のクライマックスです!