第十八章   長安無惨

 

 

 

呂 布:ジジイにしてはよくやった。まあ、誉めてやる。

黄 忠:……。

呂 布:陳宮は斬れ斬れうるさいが、俺様は無口っ娘と眼鏡っ娘と老人は斬らんことにしている。よって貴様を生かして放つ。

黄 忠:……どういう基準じゃ。

呂 布:これに懲りて俺様に刃向かおうなどと思わないよ~に。老い先短いんだからとっとと隠居しろよ。

黄 忠:お互い様じゃな。今の儂の姿は8年後の貴様であることを忘れるな。

呂 布:口のへらんジジイだ。介護保険の調査官と真っ先にケンカするタイプだな。

黄 忠:やかましい。

呂 布:ふん。じゃあ用が無いならとっとと失せろ。俺様はこれから村娘たちと踊りに行かなきゃならんのだ!

 

 南蛮王・呂布は、建安八年の収穫祭を南海で過ごすことになった。

 南海は、要するに今の広東省あたりであり、現在ではマカオや香港といった観光地が鈴なりに並んでいる。無論、この当時はやたら魚油くさい未開の蛮地というより他ない。

 だが、呂布陣営にとっては念願の「港湾都市」である。

 

呂 布:ふむ――俺様はココが気に入ったぞ。さっそく内政基盤を整えるべし。

陳 宮:といいますと?

呂 布:せっかくだから香港島を一大要塞にしてしまうのだ!

陳 宮:要塞!?

呂 布:おう。技術力をガンガンあげて島全体を造船廠にする! んで楼船をバンバンつくって無敵の艦隊を創設する!名付けて――

陳 宮:楼船ったって、外洋でしか使い道ありませんよ。

呂 布だから話の流れを折るなあ!(ばきいっ)

陳 宮:痛い……。

 

 楼船艦隊の是非はともかく、南海を要塞化する判断は正しい。なにしろここは「交差点都市」のひとつで、交趾、桂陽、建安と接している軍事的要地であった。おまけに数少ない外洋港でもあり、海上ルートで越(会稽)とも直通している。

 南海を征する者は、江南を征するのだ。

 

 

呂 布:というわけで、楼船を造れ。

陳 宮:技術力が全然たりませんよ…。まあ、会稽から海上ルートで襲撃される可能性がありますから、確かに楼船艦隊の編成は必要ですな。

呂 布:逆に、こちらが一足飛びで会稽を攻撃する事も出来るわけだ。

陳 宮:「水軍」持ってる武将がいないから、危険ですぞ。

呂 布:これから捕獲すればよろしい。さしあたって、技術力を高めつつ、荊州攻略に備えて蒙衝を揃えてだな……

 

 と、急ピッチで建設の進む南海要塞を望みながら議論する二人の元に、いささか緊張した面もちの公孫楼が歩み寄った。

 

公孫楼:……軍師。

陳 宮:なんです?

 

 公孫楼は、びっしりと文字の記された一枚の白帛を陳宮に差し出した。陳宮、素早く目を通して一瞬顔色を変えると、すぐに小声で何事かを命じた。公孫楼は、すぐさま引き下がった。

 無言劇を眺めていた呂布、怪訝そうに、

 

呂 布:なんなんだ?

陳 宮:成都の張様からの急報です。――よい報せではありませんな。

呂 布:ん――?

陳 宮:安定の馬騰殿が戦死されたそうです。

呂 布:……。

陳 宮:如何なさいますか、殿。

呂 布:……安定に行く。ここの指揮は任せる。

陳 宮:はっ。――

 

 涼州牧馬騰死す――の報は、ただちに南蛮全土を駆けめぐった。

 馬騰は、八月末日に七万の騎馬軍団を率いて出撃。長安の迎撃軍は散々に撃ち破ったものの、長安城を攻めあぐねている間に敵の奇略に掛かり、軍団は潰走した……。

 馬超、馬休、馬雲緑ら数名はかろうじて血路を斬り開いて脱出、安定までたどり着いたという。だがそこに、馬鉄、韓遂や成宜、程銀、馬玩らの姿はない。

 

 日夜兼行で南海から猛進した呂布隊、その月のうちに涼州に入り、安定の敗残軍と合流を果たした。

 その惨々たる様子を目の当たりにした呂布直衛軍の将兵が、一斉にうめき声を上げる。

 ……やがて、ボロボロの兵列が開いて、馬超、馬休、馬雲緑の兄妹が姿を現した。

 

馬 超:呂布殿、すまん!――親父を守れなかった……!

呂 布:ふん…。

 

 この役立たずどもめ――と言いながらも、がっしりと彼らの肩を抱く呂布。堪らず、嗚咽を漏らす馬超、馬休。こうゆうのが苦手な呂布、

 

呂 布:しっしっ! 俺様は野郎に貸す胸を持たんわ!

 

 と、二人を邪険に振り払う。顔から地面へ突っこんだ馬超たちは、痛い痛いぞと、何が可笑しいのか泥と涙でべとべとになった顔で笑いだした。

 一方の呂布は、馬雲緑の方に向き直っている。馬雲緑は、本能的に一定の距離を保ちつつも呂布と向き合い、

 

馬雲緑:私は悔しい……。

 

 と、ぽつりと呟いた。

 この一言をこらえていたのだろう。わっと、その場に座り込んで泣き出してしまった。

 それに呼応するかのように、矛を捨て、盾を擲ち、一斉に泣き出す涼州軍将兵たち。さすがに呂布も閉口して、赤兎に飛び乗るとその場を去った。

 ……陣幕では、すでに天水駐留軍が到着して軍議の準備を進めていくれていた。

 

呉 懿:長安の主将は鍾です。これを曹操の従弟・夏侯淵が補佐し、于禁、徐晃、韓浩らがそれに従っております。

呉 班:敵の総数は、現在五万ほどですが、隣の弘農に七万もの大部隊が集結しています。

 

 

 旧劉璋陣営の諸将が率いる無傷の大軍を見るだけでも、安定方面は大いに甦生の思いをしたことだろう。

 

孟 達:逆撃の心配はないが、これから急襲するというのも難しい話ですぞ、殿。まずは、敵陣営に取り込まれている諸将を連れ戻すことから始めるべきでしょう。

 

 面々の中には、旧劉璋陣営きっての謀将・孟達がいる。劉璋滅亡後、どういう経緯か孫策に仕えていたものを、最近になって法正が引き抜いたのである。義理は皆無に等しいが、バランスのよい能力値を持ち、味方にすればこれほど頼りになる者はない。

 

呂 布:誰がいま曹操に飼われているんだ。

孟 達:まず、馬鉄殿。そして韓遂殿ですな。あとは確認できるだけで成宜、楊秋です。

呂 布:他は移動したか斬られたか、だな。

孟 達:今なら確実に引き抜けます。私めにお任せ下さいませ。

呂 布:おう……金に糸目はつけるな。少なくとも馬鉄と韓遂は連れて戻ってこい。

 

 帳を払って天幕を出てゆく孟達。この工作に平行して、軍の再編成を行わねばならない。

 

黄 権:まず、我らの軍四万余。これに敗残軍三万を併せて七万…。あとは後方都市の予備兵を集結させれば。

呂 布:いんや。俺様は、そもそも内政官たちに兵を持たさぬ主義なのだ。彼らの軍兵をここへ回して貰おう。全部足せば十万はいくだろう。

  

 呂布のこだわりというべきか、戦場で兵を指揮するのは「武将」の仕事、と割り切り、「内政官」は前線都市に出さない方針なのだ。無論彼らも後方都市で勝手に兵を集めてしまうのだが、イザというときはこれを取り上げて戦線に回す事が出来る。

 

 その月の末、続々と兵団が集結する安定に、曹操の虜将となっていた韓遂と馬鉄、成宜が到着した。呂布はデコピン一撃ずつで彼らの帰参を許し、即座に新たな軍兵を与えた。

 

呂 布:獅子親父の弔い合戦だ! 

馬 超:おう! 親父の仇はかならず俺が討ってやる!

馬雲緑:呂布将軍っ、先鋒はぜひ私たちに!

 

 揚々たる士気のなか、着々と長安攻略の準備が進む。翌月、呂布は家老格の成都令・張を漢中へ急派した。五斗米教団にも、兵を出して貰おうというのである。

 むずがる教祖・張魯と軍師・閻圃を、やんわりと教母がたしなめたのかもしれない。張魯は、「共同作戦」に正式に合意してくれた。

 ――そして翌月、諸事万端整った呂布陣営は、11万という大軍団を催して安定を発する。攻略目標は、関中への玄関口である旧都・長安であった。

 
 いよいよ中原争覇の第一戦か!舞台を南から北へ移して、因縁の地・長安へ攻め入る呂布奉先!痛快読み切り三国志Ⅶ活劇は、いよいよ佳境です!