32.劉備退場

劉備退場

  

 樊水の畔に喚声がこだましている。
 襄陽が陥ちた。学識豊かな荊襄の士人たちとて、この学業の都が蛮人に蹂躙されるなどと夢にも思っていなかったに違いない。
 みな私塾の奥に引き籠もり、あるいは書院の奥に逃げ込み、
 ――これからどうなることやら
 と蒼白な顔を並べて呟くばかりであった。

呂 布:劉備たちを連れてこい! 

 呂布が大喝すると、鞠のように縛られた劉備一党が、呂布の前に引きずり出される。

呂 布:――劉備! 

劉 備:……。

呂 布:俺様の覇業の目的は、世界征服(※世界ハーレム化政策)と、オマエと曹操への復讐だ!今日、その三つのうち一つが果たされたわけだ!

劉 備:………………。

呂 布:よって俺様はたいそう機嫌がよい!――運が良かったな劉備!

劉 備:………?

呂 布:本来ならオマエの如き変節漢、生かしておけんが! オマエ達は斬るにはちょっと惜しいキャラだ。――生死を選択する機会をやろう。

劉 備:………………。

呂 布:ふたたび俺様の傘下に収まり、俺様の奴隷としてこき使われる覚悟があるなら、右の耳たぶを引っ張れ!――否というならば、左の耳たぶを引っ張れ!


 呂布の苛烈な宣告に、敵味方も一瞬青ざめる。劉備とその一党の生死は、まさに劉備の長い耳の左右選択にゆだねられたのだ…!
 かつて呂布が轅門で戟を射て劉備を救った故事に、形は似てないが魂は通じるであろう。
 

張 飛:兄貴! 俺たちは構わねえ! 構わないから左の長い耳たぶを引っ張れ!その獣の言うことは聞くな!

関 羽:長兄!益徳の申すとおりですぞ!左の長い耳たぶを!

趙 雲:ご主君…!左の耳たぶでございます!


 さすがに覚悟は出来ているのだろう。劉備一党は一斉に左の耳たぶを連呼した。――呂布にこき使われるくらいなら、という意地であろうか。


劉 備:………………。

 劉備、透き通った表情で呂布を見、そして彼が慈しむ半生の部下たちを顧みた。


劉 備:――みんな、ありがとな…。

 ――ポツンと、小さく呟いた。
 そして次の瞬間、物凄い勢いで自分の右耳を引っ張っている劉備の姿を、一同は見ることになる。
 

 

張 飛右かよオイ!

関 羽:長兄――!

 劉備、ソレだけでは足りぬのか、壇上へ駆け上がり、自ら右側の長い耳たぶを呂布へ差し出して哀号した。

劉 備:呂さん、呂さん、いや、義兄上!この通りや! この通り右耳を引っ張りますから命だけは…! 

呂 布:お、お…。

劉 備:さあさ、呂さんも!ホラホラ、こんなに伸びるんや、引っ張って引っ張って!

呂 布:あ、ああ…


 劉備の身投げのような命乞いは、ある意味凄かったと言えよう。
 常世と黄泉の狭間に生命が躍動する、まさにその瞬間に、劉備は自らの長い右耳たぶを物凄い勢いで引っ張った。彼の右耳は、たとえ劉備の肉体が朽ち名が千載の奥裏にひそむことがあろうと、いつまでも人口に膾炙し、唄になり、諺となって数千年を生き続けるに違いない。


呂 布:――よ、よし!じゃあオマエは今日から下僕一号だ! 

劉 備:へへ―――っ!

呂 布:呼び方も改めるぞ!以後オマエは耳にょんと呼ばれるのだ!

劉 備:へへ――っ! 貴方様の耳にょんはココに控えておりまするぅ!

呂 布:がっはっはっは!!

  盛り上がる壇上に比して――。   

関 羽:――長兄……。   

張 飛:………………。  


 痛いくらいの沈黙が支配する階下。張遼や公孫楼が、気の毒そうにその様子を眺めていた。

 ともあれ劉備の投降は大きなターニングポイントとなった!
 劉備軍団のうち、出陣していた者は張飛・周倉を除き全員が呂布の傘下におさまる。
 さらに驚くべき事に、ここでバグが発生している。
 大量に捕縛されていた劉表軍の武将たちも、文聘を除いた全員が、この一戦で呂布に従うことになったのだ。地元豪族の蔡瑁はともかくとして、厳顔、黄忠、などという死んでも呂布に降りそうもない連中が、渋々ではあろうけど、呂布に佩剣を差し出し、拝跪するということになった。

(※この現象は、三国志VIII通常版で起こりました。おそらく「劉備放浪軍の滅亡」というフラグに劉表の武将も巻き込まれ、同様の「敗戦処理」が行われたものと思います(^_^;) 珍しかったので、襄陽後始末と一連の騒ぎに関してのみ、通常バージョンのプレイメモを採用してます。ただ疑問なのは、劉備軍団は新野にいたはずだと言うこと。襄陽まで救援に出て、一戦して敗れただけで滅亡してしまうのが、システム通りなのかどうか…。あるいは呂布が攻めるターンに襄陽へ引っ越ししていたのか…)

 ……………
 ………
 建安12年、夏――
 呂布軍は総出で人材サルベージを行うことになる。
 新野や襄陽には、旧劉備軍団の人材が在野としてあふれかえっているのだ。
 新野は劉表勢力の最後の砦であるが、よほど人材がいないのか、あからさまに南蛮人と分かる連中がやすやすと潜入し、酒場で優秀な旧劉備陣営の傑物をスカウトできる。
 さすがに怒っていたのか、劉備自らは張飛の登用に失敗してしまったが、関羽が難なく引っこ抜いてきた。
 ほかにも、麋竺、簡雍、孫乾といった文官三羽ガラス、先刻逃がした周倉、関羽ファミリー、夏侯華(オリジナル武将。淵の娘)などなど、有為の大材が文字通り嚢中の石ころを拾うよりもたやすくゲットできたのだ。
 ――この意義は大きい。これまで、領地はともかく中堅不足に喘いでいた南蛮軍団に、絵に描いたような中堅集団が大量に雪崩れ込んできた事になる。
 人口・商業値力は曹操、袁紹に及ばず、人材も孫策軍の膨張ぶりに届かない状況であったものが、いま荊州の7割を制したことにより、完全に逆転した。
 呂布勢力が、総合数値においてTOPへ躍り出たのである。
 

呂 布:帰ったぞ――。しかし暑いな、オイ。

小間使:あ、おかえりなさいませ――!

呂 布:なんだ、まだこのガキ預かってたのか。

小間使:ええ。

 木陰にそっと置かれた揺籃の中で、赤ん坊がスヤスヤ眠っている。小間使いはと言うと、武器庫の掃除でもしているのか、呂布のコレクションである刀槍・甲をズラリと虫干しし、甲斐甲斐しく手入れまでしてくれているところであった。
 自分の背丈くらいに長大な剣を案外颯々と扱う様子を見て、呂布、しみじみと呟く。


呂 布:なんかこう、「斗(たたか)うメイドさん」っぽいなあ… 

小間使:? 何ですかー、それ? 

呂 布:いや、分からんならいい…  

 呂布、ふたたび揺籃の方へ視線を向けた。


呂 布:悩み無くていいよなあ~、赤ん坊は。 

小間使:あははー。あ、呂布さまは、赤ちゃんお好きですかー? 

呂 布:いや、苦手だ。泣く時に空気読まないからなあ…。オマエは赤ん坊とか好きそうだな。

小間使:嫌いですよ。 

呂 布:へ? 

小間使:子供なんか、好きじゃないです。 

呂 布:…そうか? 将来いいお母さんになれそうだと思うけど。 

小間使:なれないですよー。 

呂 布:…ふーん?  

 …なんとなくイヤそうな話題だったので、ひとまず切り上げる。
 ところで呂布、ここのところ連日、襄陽の人材発掘に精を出していた。
 劉備軍団の回収はあらかた終わったものの、新野・襄陽はもともと未発見武将の宝庫なのだ。
 ちょっと屯兵所や市場を覗いたり、郊外の農村を見聞して回るだけで、荊州の地に安穏と生活している偉材がゴロゴロ出てくる可能性があるのだ。
 そのため、呂布はわざわざ巡邏の末端兵卒にいたるまで、めぼしい人物をマークするように徹底している。
 いちいちそれらを確認するのが、最近の呂布の日課であった。


呂 布:どうだ、めぼしい人材はいたか!

兵士A:はっ。――何やら、優れた風采の人物が、工房のあたりを歩いていたのを目撃いたしました!

呂 布:よし、でかした! 

 呂布、ひさしぶりのヒット報告を受け、自ら工房まで確認しにゆく。このあたり、彼にもようやく君主としての自覚が出来てきたと言うべきだろうか。

呂 布:どれどれ、風采が優れた人物、とな…

兵士A:あ、今あの角を曲がった浪人風の男です!

呂 布:よし、行って来る! 

 呂布、その人物をいきなり呼び止めた。

呂 布:おい!そこの風采の優れた人物!

???:何ですかな? 

呂 布:………!

 呂布、クルリと向きを180度かえると、無言でスタスタ歩み去った。

兵士A:あ、如何でしたか!?

呂 布:………………

 すたすたすたすた。
 ――ぼこっ!

兵士A:ほにょげろ!!

呂 布:ごるあ!! アレのどこが「風采の優れた」人物だ! 二目と見られん醜男だったぞ!

兵士A:俺にそんなこと言われても… 

 問答しているうちに、くだんの人影は大街の人混みに消えてしまっていた。
 あー勿体ない、と呟く兵士Aを蹴飛ばして、呂布はまた政庁へ戻った。
 ――ちなみに今逃した醜男は、後に袁紹軍の総司令として、呂刀姫の北伐軍団を散々苦しめることになる天才軍師・統であった。

 ※ちなみに「発見」→「登用失敗」→「酒場で話す」→「登用」 という煩雑なプロセスのせいで、他勢力に引き抜かれてしまう事が多かった「VIII」だが、パワーアップキット版は多少は改善されている。

 しかしながら、呂布もいっちょまえに人材蒐集癖に目覚めているのだ。
 先日に懲りずに屯所巡りを怠らない呂布、またまた兵士Aと出会う。


兵士A:あ、大王さま!

呂 布:オマエに発言権は無い!

兵士A:いえいえ、今度こそ本物です! 本当に風采に優れた人物を、それほど遠くない農家のあたりで見かけました!

呂 布:……本当だな!

兵士A:もちろんです!俺の100%オススメです!

呂 布:じゃ、行ってみるか…。次ハズレだったら泣かすぞ!

 またまた自ら出かける呂布。兵士Aの先導で、目的地に到着した。


呂 布:ボロい村だな…!で、どのあたりだ!

兵士A:あ、あの岡のあたりで肥を汲んでいる御仁です! 

呂 布:うーわ、くっさー!

 渋々赤兎を降りて、その人物に歩み寄る呂布。



呂 布:………………。 

???:………………。

呂 布:………………。 

???:………………。

呂 布:………………。 

???:………………。

 くるっ。すたすたすた――


兵士A:あ! 如何でしたか!?

呂 布:…………………。

 ――すたすたすたすたすたすた…
 ばきぃっ!!

兵士A:ぐるえしふびふ! 

呂 布オマエはどういう基準で風采というものを捉えてるんだ!? 

 ガクガクと襟首を掴んで兵士Aを揺さぶる呂布。 


兵士A:え、NPCにそんなことを言われても…

呂 布:やかましいわ!  

???:あのー

 見ると、先刻の青年が、呂布のすぐ側に立っている。

  

???:南蛮王・呂布様でいらっしゃいますね。フフ…(横光風)ご無沙汰しておりました。

呂 布:何だ!俺様はオマエのような奇人に知り合いはおらんわ!

 ぴるぴるぴるぴるぴるっ…びしっ

呂 布:いてっ

 青年、やおら鼻ストローで呂布の額を撃つ。

???:お分かりにならないのもムリもありません。私が初めて御意を得たのは、もう三年も前のこと。しかも夢の中扱いになっておりますれば。

呂 布:うさんくさい奴。何を言っても覚えなど無いぞ。

???:フフフ…将軍、美少女は長じて美女となりまするか…?

 呂布、ようやく思いだしたのか、パンと掌を打った。

呂 布:おお!あのときの幻術使いか! 俺様もなぜかリアルに覚えているぞ、あの初夢は!

諸葛亮:フフフ…。私は諸葛亮、字は孔明と申す者です。

呂 布:ふむ、諸葛亮か!なんだか見ない間に雰囲気変わったなあ!

諸葛亮:フフ…

呂 布:うむ!ではさらばだ! 

諸葛亮:…って、ちょっとちょっと! 

呂 布:何だよ?

諸葛亮:フツーこういうとき、登用とかしないものなんですか? 

呂 布:俺様は変態に用はないぞ。


 無造作に言いすてると、また兵士Aを小突きながらもと来た道を戻ろうとする呂布。  


諸葛亮:…羽扇ビームっ!

呂 布ぅ熱いっ!

諸葛亮:つれないではありませんか、大王様。

呂 布:い、今オマエ、何した…?

 背中からもくもくと煙をあげている呂布。諸葛亮は艶然と微笑み、羽扇で軽く風を撫でた。
 ――諸葛亮、孔明。
 このとき二六歳。
 先に逃した「鳳雛」こと統とならび、「伏竜」すなわち眠れる竜とさえ称される偉材である。
 呂布が自ら三度赴いて出廬を促した――という美談が後世に伝わるが、実際のトコロ、この後二回ほど酒場で合い、次のターンに自ら任官を申し出てきた、というのが実情であった。

  建安12年(206年)! とうとう呂布陣営の革まる時が来た! 劉備一党に加え、謎の青年・諸葛亮も幕下におさめ、逐うは中原の天下鹿! 次回、いよいよ第5部クライマックスです! 


呂刀姫:それにしても…お前、もっと強くなれないのか? 

張 虎:く、訓練すれば僕だってなれるよ! 

呂刀姫:確かに、もうちょっと頑張らないとなー。

???:おお、張虎、そこにいたのか! 

張 虎:あ、関平さん! 

関 平:ちょうどよかった。張虎、これからしばらく、訓練がてら私と手柄で勝負しないか? 父が言うには、歳も近いし、調度よかろうって事でね。

張 虎:ぼくが、…関平さんと? 

呂刀姫:あははは!ちょうどいいじゃないか、虎! いいライバルが出来て!

張 虎:う…うん。

     ………………

呂刀姫:あーあ、お前はライバルが出来ていいよな。 

張 虎:姉上も、自分でつくればいいじゃないか。 

呂刀姫:そういうシステムならそうするよ…。

???:呂刀姫様はおられぬか!? 

呂刀姫:な、何だ…!? 

魏 延:俺は兵士A…じゃなかった、魏延、字を文長と申す者です!大王に言われ、姫様のライバルになった! 以後よろしくお願いいたす!

呂刀姫:あ…ああ? こちらこそ… 

魏 延:では、また後日に!  


呂刀姫:………………。

張 虎:ライバルってこういうふうに出来るものなのかな? 

呂文姫:違うような気もする…(^_^;) 

呂刀姫:ふーん。…魏延、かー。

呂文姫:なんかテンション高いお兄ちゃんだったね~ 

張 虎:何なんだよ、主君の姫にいきなりため口叩いてさ… 

呂刀姫:うん…。