不思議の国の呂布奉先

 

建安八年(西暦203年)十二月。

 

 激戦の末、曹操軍を破って夏侯淵を斬り、旧都長安を攻略した南蛮王・呂布は、本拠地である益州への凱旋を果たす。呂布は成都宮に入り、益州牧張と群臣にむかい大評定開催の意志を伝えた。

そして年が明け、建安九年。

 ――史実であれば、官渡の決戦で勝利を収めた曹操が、黄河を渡って袁紹の遺児と激烈な戦闘を繰り広げる年度である。

が、いまの中華の状況はどうか。

 

 曹操と袁紹は、あいかわらず黄河を挟んで睨み合ったまま動かず、逆に汝南の草賊と結んだ劉備一党が、長駆して許昌を陥とすという破竹の快進撃を見せていた。

 さらにこれに呼応するかのように、江東の小覇王・孫策は長江を渡渉して曹操領・徐州へ攻め入り、下を占拠。ここから進路を西へ転じて豫州都の沛に攻め込み、こんどは小沛付近での主力決戦で壊滅的な大敗北を喫している。

 

 そして、南蛮王・呂布の動向である。

 荊州攻略の足がかりとして武陵を確保した呂布軍であったが、涼州牧・馬騰の敗死を受け、自ら第二次長安攻略戦に着手。援軍の五斗米教団軍のたすけもあり、とうとう長安を陥としたのであった。……

 

 

 

 

陳 宮:要するに、曹操が現在タコ殴りに遭っているわけですな。

呂 布:…おい。

張 :逆に我が軍は破竹の快進撃。向かうところ敵無しと言えましょう。……

呂 布:……おい。

陳 宮:何ですか?

呂 布:……気のせいかもしれんが、なんか南蛮の版図が縮んでないか

陳 宮:どこがです?

呂 布:いや、どこがって言うか…その、全体的に。

陳 宮:あっはっはっは殿もお正月で寝ぼけていらっしゃるさあ新しい年の始まりですよ。

呂 布:…………。あのさあ。

陳 宮:はい?

呂 布:デジャ・ヴっていうのかなあ…? なんか前に建安九年の正月を迎えた記憶とか残ってるんだが。

張 :あっはっはっは殿もお正月で寝ぼけていらっしゃるさあ新しい年の始まりですよ。

呂 布:…………。

 

 釈然としない顔の呂布、年賀の挨拶もそこそこに、居室へ戻る。

 ……と。

 

呂 布:あれ…?迷った…かな?

呂文姫:あ、父様だーっ!

呂刀姫:父上、どうされたのです?

呂 布:いや、城に迷ったみたいで――ん? 何でお前達ここにいるの?

呂刀姫:何でと言われましても…?私はずっとここにいますよ?

呂 布:へ?だって交州とか武陵のほうに修行に…あれ?

呂文姫:あ~っ!父様がとうとうボケた~!(^0^)

呂 布:あれ?あれ?

 

 狐につままれたような呂布、娘達の奇妙な視線に見送られつつ、フラフラと城外へ出る。

 

 ――成都の市街は、年明けを祝う人々でごった返していた。

 三市のある大街(都大路)など、肩を触れずに歩くのが困難なくらいの雑踏で、衣を並べれば帳になるという諺どおりの賑わいである。

 

 呂布、やはり相変わらず強烈な違和感を覚えながら、ぼんやりと雑踏を歩く。何か違う…何か俺の知らない街のようだ…なんどとぶつぶつと呟き歩いていると、通り向こうから歩いてくる無頼の男に肩をぶつけられた。

 

無頼漢:ぁあ!? 兄ちゃん、どこ目ェ付けとるんじゃ!?

呂 布:…………。

無頼漢:…え? り、呂布様でいらっしゃいやしたか!お見それしやした!

呂 布:……。

無頼漢:では失礼いたしやした…。

 

 そさくさと逃げ去る無頼漢。呂布は懐手に握っていた剣巴を離すと、またフラフラ歩き出した。

 

呂 布:あ、釣の親父だ。

 

 呂布、ホッとしたような表情で呟く。見慣れた顔の親父が、相変わらず竿を携えのんびりと釣に興じていた。

 

呂 布:親父、調子はどうよ?

親 父:なかなか釣れませんねえ…

呂 布:そ、そうか、がんばれ。

 

 やっぱり何となく違和感を覚えた呂布、小首を傾げながらそさくさと河川敷を去る。

 来た道を引き返すと、今度は見慣れない酒楼に出くわした。

 

看板娘:あ、呂布様、今日は寄っていかれないのですか?

呂 布:へ…?いや、今日は…。

看板娘:そうですか。またよいお酒を仕入れておきますね!

呂 布:そ、そうか…。

 

 呂布は、どうにも水の中の光景を歩いているような気がしてならない。

 ――不思議の国の呂布。

 なんとなくそういう言葉が頭に浮かんだ呂布は、メモしておこう、と思った。彼は意外にも枕頭に筆硯を備える癖があり、頭に浮かんだことを、忘れる前にすぐに書き取るようにしていた。

 

 そんなこんなで街外れの里(区画)へ迷い込んだ呂布、ふと豪壮な屋敷の前で足を止めた。

 

呂 布:ム……都心から徒歩圏内の郊外に戸建て一軒家! 男のロマンだな。

 

 腕組みして、妙に重厚な風情でうそぶくと、また歩き出す。

 ――するとそのとき、

 

???:あ、呂布様、おかえりなさいませ!

 

 若い娘の声が、頭上から降ってきた。

 仰ぎ見ると、その屋敷の欄干から身を乗り出すように、まだ少女ともいえる年頃の娘が、小さな体を精一杯に伸ばして、こちらへ手を振っていた。

 

呂 布:……?

  娘 :いま、お部屋のお掃除が終わったんですーっ! あ、これからすぐお茶にしますねー!

呂 布:へ? あの?

   娘 :あ、忠吉さんのお散歩はまだなんです! すぐに行きますから!

呂 布:ただきちさん?

 

 娘の視線を追って邸内の庭を見ると、ピレネー種の大型犬が、こちらへぶんぶんと尻尾を振って飛び跳ねている。

 呂布がぼんやり犬を見ている間に、娘の姿は窓の中へ消えた。ぱたぱたと小気味よい足音が屋敷の奥から聞えてきたと思うと、次の瞬間には玄関から娘が元気よく飛び出してきた。

 

   娘 :ほら、忠吉さん、ご主人様のお帰りですよーっ!

 

 娘は犬の大きな頭を一撫ですると、門前に立つ呂布の前へ駆け寄り、ぺこりと恭手した。そしてにっこりと笑い、

 

   娘 :お帰りなさいませ、呂布将軍。

呂 布:ええと……?

 

 

不思議の国に迷い込んだか、奇妙な体験ばかりの呂布奉先!いったい何が起こったか!?

痛快三国志活劇は、見え見えの展開でしょうがまあ次回真相解明です!