第22章   臥龍覚醒


 

 建安九年(西暦204年)1月――。

 呂布とその直衛軍団はまだ成都にいる。

 

陳 宮:…で、殿。美々ちゃんはもういいのですか?

呂 布:うむ。スッキリした。

 

 さっぱりした顔で群臣の前に姿を現す呂布。やはりその圧倒的な巨躯は、武神の名に恥じぬ風格を持つ。むっつりと黙って居さえすれば、呂布は天下で最強の「存在」なのだ。

 と。軍議が再開された矢先、一同の元へ急報が舞い込んできた。

 書簡の内容は簡潔だったが、あまりに衝撃的な報である。

 

陳 宮:なんだ!? 袁紹が死んだ!?

 

 オオ…!と宮中が響動めいた。

 

 ――曹操を官渡に囲むこと三年余。

 以前より体調が思わしくなかった「北方の覇王」袁紹であったが、中原攻略を目前にして気を急いたのであろうか、俄に病を発し、そのまま不帰の客となった。まだ数えで五一という若さであった。

 

陳 宮:これは……天下の情勢が変わるやも知れませんぞ。

呂 布:おう。

張 :それにしても病没とは無念であったでしょうな…。

 

 感慨深げに呟く張。思えば彼と袁紹の旧誼は、呂布とのそれとは比較にならない。書生時代から理想を共有し、いずれは宦官を駆逐して清流派による政治を行おうと誓い合い、まだ少年だった曹操や許攸らと共謀して地下活動まで行った仲である。

 それが袁紹を離れて曹操に仕え、いまは呂布に従って辺土の宰相となっている。呂布もそうだが、この張の人生も尋常ではない航跡を描いていた。 

  

呂 布:ふん、これで「殺すぞリスト」が一人消えたな。手間が省けたぞ。

 

 なんとなく面白くなさそうな呂布。

 袁紹の後を嗣いだのは、長子である袁譚であった。特に跡目問題が起こる様子もなく、淡々と世代交代が行われつつあるらしい。

 結局呂布は荊州・雍州の各方面への兵員補充を指示しただけで、この月の軍議はお開きとなった。  

 

 ところが、翌月のターンが回ってくるまでの間に、天下は急激に旋回をはじめた!

 まず、曹操が最初の一撃をぶち込んだ。

 陳留あたりに集結している主力軍団を率いて、突如北上したのである。

 袁紹が陣没した為に二万という兵力がごそっと抜け、前線の微妙な均衡が崩れたのであろう。本拠地である魏郡を急襲された袁譚は、各支城を併せて二〇万という大軍団を擁しながらも、これを支えきれず、ぶざまに潰走してしまった。

 曹操は袁紹の死んだそのターンのうちに、念願の入城を果たした。

 

 飛報はこれだけではなかった。

 今度は下の孫策軍が、かつての同盟者である袁家領青州に侵攻し、あっというまに城陽郡を攻め陥としてしまったのである。

 

呂 布:うっわ~。エグ~…。

陳 宮:あんたも似た様なことやってきたでしょ…。

 

 まさに弱り目に祟り目というか泣きっ面に蜂というか、とにかく袁氏勢力に弱体化の兆しが見えた瞬間、まるで申し合わせたかのように曹・孫両者は北上を開始したのである。

 

陳 宮:う~~ん…。孫策としては、袁譚と組んで曹操を挟み撃ちにする方が有利だと思うんだけどなあ…。

呂 布:はっはっは!向こうは知力99の周瑜が側にいるんだぜ? 知力92の貴様が気に病んでど~するんだ!?

陳 宮:COM勢力と私とを一緒にしないで頂きたい!

 

 むくれる軍師を後目に、報は次々と入ってくる。

 こんどは曹・袁の西部戦線ともいうべき河内=上党間で一大会戦があり、袁譚軍はこれまた敗れて晋陽へ逃げ込んだという。

 さらに二月に入って、孫策軍はさらに北上して北海郡を攻略し、青州をほぼ完全に掌握してしまった。

 

            

 

呂 布:ううむ…思わぬ事になったなあ。

陳 宮:まさかたった二ヶ月でねえ…。

 

 しみじみと地図を眺めるふたり。

 南蛮も、そろそろ中原と無関係とはいえなくなってきている。ここらでいい加減、本腰を入れた戦略を据える必要がありそうだった。

 

陳 宮:前回はうやむやになってしまいましたが、とにかく我が軍は、曹操・劉表・孫策の三つの勢力と隣接しているワケで。誰を最初に攻めるか、将軍にはそのあたりを決めて貰わないと。

呂 布:う~ん……主力が出払っている孫策領なんか、攻めやすそうだけどなぁ…。

陳 宮:そうですねぇ…。

 

 久々に水入らずの主従、茶を啜りながらカタログショッピングのような口調で戦略を練っている。

 ……と、その二人のもとへ、劉循が注進しに来た。劉循は前益州牧・劉璋の長子であるが、父と違ってけっこう武略に長け(えぢた~済み)硬骨なのを呂布が愛し、手元に置いているのである。

 その劉循、荊州牧・劉表より使者が参っている、とふたりに伝えた。

 

呂 布:美人か?

陳 宮:わけねえだろ。

呂 布:それはそうと、貴様らは美少女と美女、どちらを好む?

陳 宮:…は?

呂 布:だから美少女と美女がいたとして、どちらが好みかと訊いているのだ!

陳 宮:何をいきなり……そりゃあ、そっちの趣味はありませんから、美女を選びますな。

劉 循:私も軍師と同感ですが。

呂 布:フッフッフ…これだから田舎モノは智慮が浅いというのだ。俺は迷わず美少女を選ぶ。そして言うまでもないが、それは俺がロリ入ってる事を示すわけではないぞ!

陳 宮:そのココロは…?

呂 布:それはな――

???:「美少女は長じて美女になる」と仰せられるのでございますね――。

 

 得意そうに続けようとする呂布を、ふいに第三者の涼やかな声が抑えてしまった。

 呂布、さすがに唖然として声の方を見遣ると、一人の若者がいつのまにか笑みを湛えて佇んでいた。

 

劉 循:莫迦な…いつの間に。

 

 帯剣に手を掛ける劉循を片手で制して、呂布は闖入者を見据えた。陳宮は隣で、ココの警備体制はどうなってるんだ、とぼやいている。

 

呂 布:まずは誉めてやろう。よくぞ俺の深慮遠謀を云い当ておった。

 

 どうやらまだ美少女の話をしているらしい。

 若者はクスっと笑って羽扇を口元にあてた。妙に色っぽい。

 

???:私と将軍は、同じ匂いがします。

呂 布:同じ匂いだと……!

???:――将軍は、かつて「コロコロ」と言えば横を向き、「ボンボン」といえば唾を吐き、ただ「わんぱっく」のみを耽読されていたでしょう――?

呂 布:貴様、何故それを知っている!?

???:そして「リップルアイランド」のコミックスを後生大事に保管しているでしょう。 

呂 布:貴様、何者だッ!?

 

 言うよりも早く、傍らの方天画戟がうなりをあげて青年に襲いかかった!

 戟は寸分違わず青年の胸を貫通し床に深々と突き立った。

 

陳 宮:あ……っ!?

呂 布:ふん…やっぱりな。

 

 串刺しにされながら、青年は平然と微笑んでいる。……が、よく見ると、身体が透けて向こう側の風景が見えている。 

 

呂 布:教母もこういう悪趣味なイタズラをよくやっていたからな。

陳 宮:げ、幻術使いか?

???:さすがは飛将軍と呼ばれる御方。仰せの通り、私は「神算」「鬼謀」を所有しております。

呂 布:ふん、光栄が四文字熟語をヘンに分けるから、こいういうワケのわからんヤツが現れるのだ。……で、貴様の名前を聞いておこうか。

???:名乗るほどの者ではありませんよ。いずれまたお逢いすることになるでしょう――。願わくばそれが戦場でありませんように……。

 

 青年の姿と声が、だんだんと薄れてゆく。

 

呂 布:……貴様、結局何をしに来たんだ?

???:ああ、忘れてました。実は荊州様(劉表)の言いつけで、友好を深めるつもりで参りました。

陳 宮:……深まるのか?

???:フフフ……将軍、私は「消えたプリンセス」攻略本を持つ男。そして「臥龍」と号する男。

劉 循:自分で言うな。

???:では御機嫌よう。劉表様からのお土産を置いてゆきます……フフフ…。

 

 轟っ、と一陣の妖風が堂中に吹き荒れ、三人が思わず目を閉じた瞬間、青年の姿は掻き消えていた。そして床に突き立つ画戟の下には、金一千が無造作に放置されていた。

 

陳 宮:…………。

劉 循:…………。

呂 布:………………。

 

 まるで夢でも見ていたかのような一時であった。時間にすれば3分にも満たぬであろう。

 

陳 宮:……何だった…のでしょう?

呂 布:臥龍とやら、この俺様に汗をかかせやがった。次はこうはいかんぞ…。

 

 ズシリと底響きのする声で、しかし心なしか楽しそうに言い、劉循が差し出した戟と金を受け取る呂布。

 この男の次なる目標は、すでに決したかのようであった。

 

 ……建安九年、春。

 呂布軍の動きはにわかに活発になった。「飛燕」こと張燕の部隊を主力とする軍団が成都から永安へ次々と移動を開始し、武陵都督の張遼が副将として高順軍と合流する。

 想像以上の長きに渡る荊州争奪戦が、この年、始まろうとしていた。

 

 いよいよ主役がそろい踏み!?謎の男、臥龍の出現で江南俄に風雲来る!――痛快読み切り三国志Ⅶ活劇は、そういえば歴史SLGです!