28.漢中へ続く道

漢中へ続く道

  

 初陣で荊州屈指の勇将・文聘を手捕りにするという大金星をあげた呂刀姫は、二月、残務処理を張燕らに委ねて帰還の途についた。
 ところがこの刀姫の凱旋より一足早く、武陵の呂布の元へ驚くべき報がもたらされる。
 ――長安駐留の曹操軍が、ついに涼州制圧に乗り出したというのである!
 情報は一刻きざみに飛来し、早くも馬超戦死だの韓遂離叛だのいうネガティブな噂が城内を駆け回っている。
 さすがに陳宮・黄権ら枢密陣は、微塵でも憶測の臭いがする情報は悉く虚報として排し、確定情報のみを採取して状況を詳かにした。
 この時点で確実に分かっていることは、馬超軍は掻き集めても6万強であること、対して出撃した長安軍の兵力は十万強であるということ、総大将は鐘ヨウであること――のみであった。

 よりにもよって、こういう時期に刀姫は凱旋したのだ。
 拍手喝采の出迎えまでは期待していなかったものの、忙中、せっかくの初陣の武勲が霞んでしまったみたいで、ちょっと刀姫は残念だった。
 が、そういう感情はちらりとも顔に出さず、刀姫は帰城早々父親の元へ復命する。ちょうど城内は、呂布の漢中再遠征の準備でごった返しており、父娘謁見に立ち会う者さえいなかった。
 無言の父に対し、刀姫は努めて事務的な口調で戦況と戦果と被害だけを語った。

呂刀姫:――以上です


 

  と、そのまま退出する長女の背中にむかって、はじめて呂布が声をかけた。

呂 布…え、えらい。

呂刀姫:あ、ありがとうございます。


 この醇朴と言っていい一言が、刀姫にとってなによりもの賞賛であった。
 彼女の帰る足は軽い――。

 それからたっぷり一月ほど間をおいて、涼州方面から詳報が届く。
 それは、一同「――ハァ?」という内容であって、陳宮でさえ状況を掴むのにかなりの時間を費やした。
 漢中が、曹操軍に占拠されたというのである。


陳 宮:何がどうなったらこーなるんだ? 

呉 班:それが、我らにも何が何だか…。

  このターンに益州入りしていた呂布の本営は、まず混乱する。取り急ぎ情報を収集して、おおよそ分かったことは、こうであった。

◆1ターン目◆
 1.曹操軍、長安を空けて天水を攻撃。失敗。
 2.張魯軍、長安を攻撃。大敗。

◆2ターン目◆(現在)
 3.張魯軍、長安を攻撃。大敗。
 4.曹操軍、漢中を攻撃。攻略。

 

陳 宮:つまり、長安に色気を出した張魯が曹操にちょっかいを出して、逆に敗れたと。

呂 布め、めでたい…!

陳 宮:めでたかないですぞ! ただでさえ漢中は攻めづらいのに…。

呉 班:というか、何か大切なこと忘れてません、私ら?

陳 宮:あ……。 

 その通り。この状況が生まれる前提として、天水に孤立していた馬超軍が曹操軍を単独で撃退した事実がある。

呂 布ば、馬超は、よ、よくやる…!

陳 宮:確かに…。いい仕事をしましたな。

 もっとも、馬軍団だけでは名将・鐘に手玉に取られていたであろうから、誰か余程な鬼謀の士がこれを扶けたものと見えた。

陳 宮:誰だっけ…?

張 遼:…わざとですか?あっちには法正が飛ばされてたでしょうが。

陳 宮:あ。

 わざとではなく、本気で忘れ(たがっ)ていた陳宮。確かに、馬超軍には法正がいた。

陳 宮:なんだぁ、あいつもたまには役に立つじゃん!

公孫楼:わざとらしい…。

 ともかく、呂布軍としては意外な岐路に立たされる羽目になった。
 このまま曹操軍が扼する漢中を力押しに攻め潰すか、今回はあきらめて荊州へ戻るか――呂布は0.5秒で即断した。

呂 布…せ、攻める。

 前回呂布軍が壊滅したのは教母の「落雷」のせいであり、生身の将兵が守る漢中要塞など、呂布にとっては階段の上に突っ立ったスペランカー程度にしか見えないらしい。
 …ところでこのターン終了間際、荊州からわざわざ劉の使者が訪れ、和平交渉のテーブルを用意したい、と言ってきている。
 呂布は面倒くさそうに会おうともせず、代理の陳宮が「このクソ忙しい時に」と毒づきながら使者と会い、当方が降を容れる以外の交渉は無用である、と追い返した。韓公家もこうなっては無惨なものであった。

 翌ターン。建安十一年夏――。
 呂布軍は怒濤の勢いで漢中盆地を席巻した。
 前回の戦闘時に大地に穿たれた大クレーターを横目に見つつ、呂布率いる騎馬軍団は、漢中の山野を我が庭のごとく駆け回った。二度目の戦闘でだいぶコツが掴めているのである。
 前回は軍を二つに分けるという奇策がかえって裏目に出、陣容の重厚さを失うことになった。今回は最初から最前線に兵力を集中し、「力押し」作戦をとっている。
 敵正規戦力はおよそ5万であり、長安方面の援軍も同程度であろう。
 対する呂布軍は、荊南・益州の安全圏から掻き集めた兵力16万が主力であり、数の上でも圧倒的であった。
 とにかく敵援軍を無視し、正規戦力のみを集中攻撃――これがセオリーである。
 むろん正規戦力「だけ」と交戦するためには、敵援軍をどこかで喰い止めておかねばならない。陳宮は、この最も地味で最も重要で最も危険な任務を、公孫楼と高沛の両騎将に委ねた。

 今回は呂布軍、圧倒的な優勢を保っている。
 緒戦で呂布が陣頭に立つまでもなく、先鋒・張遼らの猛攻で山塞は早々に陥落し、曹操軍はあっという間に戦線をズタズタにされた。この地形での戦闘は、たいがい密集している方が勝ち、分断された方が負ける。口の中で噛み砕かれたアメ玉のようなものである。
 加えて、曹操軍には山岳戦の巧者がいない。以前張魯軍にあれほど苦戦したのは、敵将張衛らの高レベル「落石」があったからだが、今回はそれを心配する必要がない。

 一方、長安方面からの援軍は、公孫楼と高沛の二人がほぼ防ぎきった。阿呆なCOMは、正規軍が壊滅の危機に陥っていても、目の前に敵がいると、とりあえず殴りかかってくるのだ。
 完全に呂布軍に呑み込まれてしまった漢中正規軍は、慣れぬ山岳戦に右往左往している間に、ほぼ全滅してしまった。

 残る敵正規軍は、漢中太守・朱霊ひとりである。


呂 布:…や、奴は、お、臆病者だ。

 最前線の味方が次々全滅してゆくというのに、南鄭城を出もしないのは怯懦である、と呂布は決めつけた。朱霊本人が聞けば歯ぎしりして悔しがったに違いない。

陳 宮:早いところその敵大将を討ち取らないと、別働隊が保ちませぬぞ。

 陳宮が心配げに言うも道理で、そもそも数からして倍の敵援軍を足止めしている公孫楼・高沛隊の苦境は、いかほどか知れない。

呂 布ち、張遼。  

 

 呂布が指名したのは、張遼であった。最前線にいつづけた割に、張遼軍は損耗が少なく、また快速の騎兵集団でもある。
 張遼は、指令を受けるや、まっすぐに南鄭城へ直行した。途中、四千あまりにまで磨り減っている公孫楼隊と合流し、合計二万の騎兵は南鄭城を目指す。
 ここで敵援軍、素直に張遼軍を追いかけて城と挟み撃ちにすればよいものの、COMの阿呆さゆえか、あっさりこれを見逃し、マップ中央部の呂布本軍へ向けてゾロゾロ意味のない進軍を続けた。
 一方、フリーとなった張遼と公孫楼の二軍は、城外まで迎撃に出てきた朱霊軍をあっという間に包囲し、代わる代わるに極レベル突撃を食らわせる。
 …が、崩れない。呂布が見たら前言を撤回するであろうほどの驍勇を発揮し、朱霊は一万六千の大軍を巧みに指揮して、しぶとく抵抗を続けた。
 ――結局、朱霊軍が全滅したのは、漢水を緊急遡上してきた上傭方面の援軍が到着してからであった。

 漢中は、陥ちた。
 マップ中央の呂布本軍と今まさに決戦を挑まんとしていた長安援軍は「えっ、そうなん?」という顔をして振り返り、慌てて撤退を開始する。
 それへ呂布軍は猛烈な追撃をかけた。有史以来、追撃戦とは殲滅戦であり、実際の会戦よりも追撃戦の方が遙かに戦死者数が多い(敵に背を向けているから)。このとき、長安軍は李典という名将をシンガガリに得ていなければ、それこそ全滅していたであろう。

 ――今回は戦の趨勢から最も離れた位置にいた首脳部、追撃戦終了後、ひとまず南鄭郊外の一平野に集合して戦勝を祝賀し合った。

陳 宮:ともあれ、おめでとうございます!

呂 布……

陳 宮:思えばここでズタボロになってからちょうど一年ですなあ、殿。

呂 布……。

陳 宮:こんな時まで黙っててどうするんですか。いつものアレを。ホラ、「め…」

公孫楼:軍師!…変だ…!


 公孫楼が陳宮の袖を引くのとほぼ同時に、呂布の巨体が、赤兎の上から姿を消した。
 ズシャ…っと重たい金属音がして、呂布の巨体は甲冑ごと地面へ叩きつけられていた。

 

陳 宮:と、殿!?。

公孫楼:す、凄い熱…!

 駆け寄った張遼が、慌てて巨体を引き起こして介抱する。
 戦勝ムードは一瞬で吹き飛んだ。司令部は騒然となり、悲鳴とも怒号ともつかなう指示が右へ左へと飛び

張 遼:早く医師を――! 

 
  期間限定の純一戦士・呂布奉先! 漢中で破れてちょうど一年、謎の発熱で人事不省。
次回、南蛮王呂布の痛快活劇、「えいえんはそこにあるよ」 ――お楽しみに!